「昨日」を洗う洗濯機
その男が経営する古びたクリーニング店には、一台だけ奇妙な洗濯機があった。客が持ち込むのは衣類ではない。目に見えない「昨日」という時間だ。
「昨日の失敗を、なかったことにしたいんだ」
そう言って訪れた若者は、青ざめた顔をしていた。大事なプレゼンで失態を演じたのだという。店主は黙って、若者の右手の指先から「昨日の記憶」を数滴、透明な瓶に抽出した。
それを洗濯機の投入口に入れ、スイッチを押す。
「いいかい、この機械は汚れを落とすだけじゃない。不要な後悔を『漂白』し、明日への『糊付け』をするんだ」
洗濯機がゴトゴトと回る。若者の脳裏から、冷や汗をかいた記憶や、上司の怒鳴り声が淡い泡となって消えていった。
やがて「チーン」と音がして、乾燥まで終わった。店主が若者の頭に手をかざすと、真っ白に洗い上げられた「昨日」が戻される。若者は憑き物が落ちたような笑顔で店を去った。
ところが、その夜、店主は自分自身の「昨日」を洗濯機に入れようとして、ふと手を止めた。
店主の昨日には、亡き妻との最後の日が含まれていた。悲しくて、辛くて、泥のように汚れた一日。それを洗ってしまえば、心はどれほど軽くなるだろう。
しかし、店主はスイッチを押さなかった。
「……汚れのない人生なんて、まるで着古していない新品の服のように、味気ないものだからな」
翌朝、店主はあえてシワの寄ったままの「昨日」を抱きしめ、新しい一日を始めた。店の外では、昨日を真っ白に洗った若者が、また新しい汚れを恐れずに、元気に歩き出していた。




