最終話 旅路の果てに何をしましょう
大陸を巡る旅路の果てに、帝都の中央駅へと滑り込んだ。
蒸気の音と共に扉が開くと、ホームには溢れんばかりの人だかりができていた。
「皇帝ルーカス陛下万歳!」
「アイリス皇妃万歳!」
「我らが繁栄の女神に祝福を!」
歓声がドーム状の天井を揺るがす。
出迎えた民衆の姿は、かつての帝国とは様変わりしていた。
平民たちはパリス製の鮮やかな赤や青の既製服を纏い、エルフの農場から届いた豊かな食料で血色を良くし、手には、ソフィア製の魔導カメラを持って笑顔を弾けさせている。
一方、赤絨毯の脇に整列した貴族や官僚たちは、皆一様に、アイリスがパリス花王国で流行させた『フォーマル・ブラック』のスーツや、ドレスに身を包んでいた。
かつての過剰な装飾は消え、洗練された黒が、帝国の新たな権威と知性の象徴として定着していた。
「おおっ……! あれが噂の『鉄の馬車』か!」
民衆が指差す先、列車の後方に連結された貨物車両から、ドワーフの整備士たちによって、一台の『装甲車』が慎重に降ろされる。
砂漠の砂と、激戦の傷跡が残るその武骨な車体。
それこそが、アイリスたちが大陸を切り拓いてきた証だった。
「やれやれ、凱旋パレードか。戦争に勝ったわけでもないのにな」
タラップを降りながら、黒の軍礼服を着こなしたルーカスが苦笑いを浮かべる。
隣を歩くアイリスは、漆黒のドレスをなびかせ、扇子を開いて優雅に微笑んだ。
「いいえ、陛下。私たちは戦争よりも遥かに困難な戦いに勝ったのですわ。『貧困』と『停滞』という、人類最大の敵に」
アイリスの背後から、大量の荷物を抱えたアレクセイがよろよろと降りてくる。
その顔はやつれ、目は虚ろだが、民衆からは黄色い悲鳴が上がった。
「キャーッ! アレクセイ様よ!」
「クールでミステリアスな『沈黙の貴公子』だわ!」
「あの虚無的な瞳……素敵!」
パリス花王国でのアイドル活動と、ベガスでの伝説的なギャンブル勝負により、アレクセイは有名人となっていた。もっとも、本人は「早く帰って寝たい」としか考えていないのだが。
◇
帝城、謁見の間。
重厚な扉が開かれると、そこに懐かしい顔が待っていた。
「お帰りなさいませ、ボス! いやあ、首を長くしてお待ちしておりましたよ!」
満面の笑みで揉み手をしながら歩み寄ってきたのは、ソフィア支社長として現地に残した商人、ゴルド。
以前よりも身なりが良くなり、指には高価そうな魔石の指輪が光っている。どうやら相当に羽振りが良かったようだ。
「久しぶりね、ゴルド。少し肥えたかしら?」
「これは『貫禄』とお呼びください。ソフィアでのプラットフォーム事業は絶好調。魔導具の普及率は、この半年で三百倍。特許管理料と手数料だけで左団扇の生活ですよ」
ゴルドとの再会も程々に、宰相たちに分厚い報告書をドサリと提出した。
宰相が震える手で報告書をめくる。
「こ、これは本当なのですか……?」
「ええ、鉄道網による物流独占、石油エネルギーの掌握、ドワーフの工業力、ソフィアの魔法特許、エルフの農業ブランド、パリスの繊維産業、そしてベガスの金融……」
宰相が眼鏡の位置を直し、信じられないものを見る目でアイリスを見上げた。
「これでは大陸の全経済圏が帝国の掌の上ではありませんか……!」
「ええ、その通りですわ」
アイリスは涼しい顔で頷いた。
「武力による征服は古いのですわ。土地を奪えば反乱が起き、管理コストがかかるだけ。ですが、『経済』で依存させれば、彼らは喜んで帝国の下請けとなり、税を納めてくれます。これこそが最も効率的で平和的な『世界征服』です」
重臣たちは言葉を失った。この令嬢は頭脳と交渉術だけで、世界を帝国の色に染め上げてしまったのだと。
「さすがはボス……ところで、私の査定も期待していいんでしょうね? これだけの利益を上げたんですから」
ゴルドがニヤニヤと笑う。
アイリスはジト目で彼を見下ろした。
「ええ、評価していますわ。……ただし報告書にある『接待交際費』と『使途不明金』の精査が終わってからですわね?」
「っ……! さ、流石ボス、お目が高い……」
ゴルドが冷や汗を流して視線を逸らす。どうやら中抜きしていた分はバレていたようだ。
「さて、論功行賞の続きですわね、陛下」
「ああ、そうだな。まあ、あいつしかいないがな」
ルーカスがアイリスに頷くと、アレクセイを呼んだ。
「アレクセイ、貴方の功績は多大です。過酷な労働環境に耐え、広告塔として民衆を扇動し、時には盾となり、時には代打ちとして、私の手足となりました」
「は、はい……。では、やっと自由の身に……?」
アレクセイの目に微かな希望の光が宿る。
だが、アイリスは慈悲深い聖女のような笑顔で、地獄への片道切符を差し出す。
「ええ、貴方を『帝国・国営企業群・総括理事長』に任命します」
「……はい? ボス、今なんと……?」
「鉄道、石油、工場、農業、繊維、カジノ。これら全ての事業を統括し、現場を視察し、トラブルを解決する責任者です。アレクセイ。これからは『大陸一忙しい男』として、死ぬまで帝国のために尽くしなさい」
ドサッ。アレクセイが膝から崩れ落ちた。自由などない。あまりに便利になりすぎた彼は、この巨大な経済システムを回すための『人柱』として、永遠に組み込まれてしまった。
「……よかったですね、総括理事長とは、大出世ではないですか……」
ゴルドが同情と優越感の入り混ざった顔で、アレクセイの肩を叩く。
「ちなみに、私は『財務統括顧問』を拝命しました。アレクセイ様が稼いだ金を、私が管理する。……これからも良いコンビになりそうですな」
「あ、ああ……ゴルド、助けてくれ……」
「無理ですな。ボスの命令は絶対ですから」
無表情のアレクセイが涙を流した。
かつて、ランカスター王国の第一王子と呼ばれ、時に事務官、時に404番、時に炎のプリンス、時にミステリアスな貴公子、時に被験体など、多くの二つ名で呼ばれた波乱に満ちた従者の旅は、皮肉にも、『世界で最も不自由な権力者』という、煌びやかな檻の中で幕を閉じる。
「ありがとうございます、ボス。この身が砕け散るまで働かせていただきます……」
それを生暖かい目で見守るゴルドに、会場からは万雷の拍手が送られた。
◇
その夜、王宮の最上階にあるバルコニーで、アイリスとルーカスは並んで夜景を見下ろしていた。
帝都の夜は明るい。
ベガスから導入した魔導ネオンと、石油火力発電による街灯が、街を宝石箱のように輝かせている。
かつて薄暗く、静まり返っていた帝都は、今や大陸の心臓として力強く脈打っている。
「美しいな。私が剣で守ろうとした国は、君の手によって想像もしなかった姿へと変貌した。……正直、私が統治するよりも遥かに強固だな」
「あら、ご不満ですか?」
「まさか。評価していると言ったんだ、アイリス」
ルーカスはグラスを置き、アイリスに向き直った。
その瞳に宿っているのは甘い恋情などではない。
獲物を見定める猛獣のような、あるいは有能な武器を愛でるような鋭い光だ。
「これで君が最初に提示した『帝国の国力強化』という契約条件は満たされたな」
「ええ、基盤は整いましたわ。次は何をお望みになられますか?」
「次か、そうだな……『世界』だ。この大陸だけでは狭すぎる。海を越え、空を越え、帝国の旗を……いや、君の『市場』を世界の果てまで広げようではないか」
妻に家庭の平穏を求めるのではなく、共に修羅の道を歩むことを求めている。
アイリスにとって、それは何よりの愛の言葉だった。
「ふふっ、随分と大きく出ましたわね。世界の果てですか。……謹んでお受けいたしますわ。ただし、覚悟していただきますよ? 貴方には、私の覇道を切り開く『最強の盾』として、死ぬまで働いていただきますから」
「ふっ、望むところだ。君が地獄の底まで開発するというなら、魔王にでもなってやろう」
二人は月明かりの下、グラスを軽くぶつけ合った。
甘い口づけなどない。あるのは世界を変えてしまった共犯者同士の、乾いたグラスの音だけだった。
◇
数年後。
帝国は『産業革命』と呼ばれる劇的な進化を遂げ、人々の生活水準は飛躍的に向上していた。
執務室で、アイリスは山積みの書類を片付けながら、窓の外を見上げる。
空には新たなプロジェクトである『大型飛行船』が悠々と浮かんでいる。
「アイリス様、午後のスケジュールです。ソフィア大学での講演と、エルフ自治区の新商品試食会、その後はベガス支部の定例報告会です」
秘書官たちが慌ただしく動き回る中、アイリスは不敵に微笑んだ。
かつて婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれた女。
アイリスは王子と結ばれる『幸せな結末』など鼻で笑い飛ばし、自らの手で『世界そのもの』を支配した。
「さあ、行きましょうか。まだ見ぬ市場が、私たちを待っていますわ」
この世界は停滞を許さない。
ならば進むしかない。
悪役令嬢アイリスは笑う。
「世界は、まだ伸びしろだらけですわ」
これにて完結です!
最後までお読みいただき、また、応援していただきまして、本当にありがとうございました!
話の終着点は難しかったですが、ひとまず個人的には満足です。
そしてそして、明日(2025.12.26)から、↓のタイトルで新連載を始めます。
タイトル:悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました
https://ncode.syosetu.com/n2525ln/
[日間]総合 - すべてで、15位の物語。
こちらもよろしくお願いしますm(__)m
それではまた( ´∀`)ノ




