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【完結】【連載版】断罪された悪役令嬢ですが、真実の愛よりも大切なことを教えてさしあげますわ  作者: 上下サユウ
第三章

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第三十八話 改革は単純ですの

 カジノホテル『ロイヤル・フラッシュ』の最上階、VIPルーム。

 豪奢な調度品で飾られたその部屋は、瞬く間に戦場へと変貌していた。

 隠し扉から現れたのは、魔導短機関銃を構えたマフィアと、涎を垂らす二頭の合成獣(キメラ)


「殺せ! 殺せぇぇぇ!」


 ジラルドの叫びは、敗者の醜い悲鳴に過ぎなかった。彼は賭博師としての誇りを捨て、盤面を物理的にひっくり返すという『最低の悪手』を選んだのだ。


「……やれやれ。これだから、三流の賭博打ちは嫌いなんだ」


 ため息と共に、皇帝ルーカスが一歩前へ出る。彼にとって、眼前の武装集団は『対等な敵』ですらなく、商談の邪魔をする『害虫』に過ぎなかった。


「ここからは私のルール(流儀)でいかせてもらおう」


 ルーカスが動いた。

 それは戦闘というより、精密な『解体作業』だった。

 帝国の軍隊格闘術を駆使し、最小限の動きで急所を突く。魔法の弾丸を紙一重で回避し、襲いかかるキメラを片手で投げ飛ばす。


「陛下の邪魔をしないでいただけますか? 時間は貴重なのです」


 アイリスが涼やかな顔で傍観する中、わずか数分で部屋は静まり返った。

 特筆すべきはアレクセイだ。100億枚相当の小切手が入ったトランクを抱えたまま、ただの『置物』のように立ち尽くしていた。そのあまりの影の薄さに、凶弾も爪も彼を認識することすらなく通り過ぎていった。 

 床には、もはや再起不能となった男たちが転がっている。ルーカスは乱れた袖口を整え、何事もなかったかのようにアイリスへ視線を戻した。


 アイリスはドレスの裾を払い、腰を抜かしたジラルドの前に立つ。


「残念ですわ、オーナー。貴方が切った『暴力』というカードより、私の『ジョーカー』の方が強かったようですわね」


 アイリスが突きつけたのは、銃口よりも恐ろしい一束の『債務承認弁済契約書』である。


「さあ、精算の時間です。負け分の100億枚。さらに迷惑料、器物破損、精神的苦痛への慰謝料。……高くつきますわよ?」

「そ、そんな金、あるわけが……」

「知っています。ですから、身を粉にして払っていただきますわ」


 アイリスは冷徹な微笑みを浮かべ、絶望に震えるジラルドに宣告した。


「本日をもって、このカジノ、及びラスト・ベガスの全経営権は帝国が接収します。貴方の街は、今日から『帝国の集金所』です。そして貴方には地下の計算室で死ぬまで確率計算をしていただきます。その『イカサマの才能』は、計算機としては優秀そうですから」


 カジノ王が帝国の所有する『生体演算機』へと転落した瞬間だった。

 

 ◇


 翌朝、イカサマと欲望の澱に沈んでいた『ラスト・ベガス』は、一夜にして姿を変えていた。

 カジノホテル『ロイヤル・フラッシュ』の入り口には、巨大な垂れ幕が掲げられている。

 『帝国営グランドリゾート・ベガス』。

 そのスローガンは、『確率公開。イカサマなしの公正な夢を』。


「信じられんな。昨日まで殺るか殺られるかの魔窟だった場所が、まるで遊園地だな」


 ルーカスが、テラスから眼下の光景を見下ろしながら、苦笑いを浮かべた。

 大通りには、これまでの殺伐としたギャンブラーたちに混ざり、家族連れや観光客の姿が見える。

 彼らは笑顔でチップを買い、スロットマシンやルーレットに興じている。


「人間という生き物は不思議なものですわ」


 隣に立つアイリスは、優雅に紅茶を啜った。


「『絶対に勝てる』と囁かれる怪しい賭場よりも、『貴方が勝つ確率は48%です』と、正直に明記された賭場の方に、安心してお金を落とすのです」


 アイリスが行った改革は単純だった。

 全てのゲームの確率(勝率)を計算し、公表した。

 その上で胴元の取り分を数%に設定し、残りを客に還元する。

 そこにイカサマも魔法による操作もない。ただ、数学という神が定めた『大数の法則』に従い、回数を重ねれば重ねるほど、確実にカジノ側が数%ずつ儲かる仕組み。


「薄利多売ですわ。一人から全財産をむしり取るのではなく、一万人から少しずつ『遊び代』を頂く。その方が、長く、安定して莫大な富を吸い上げられます」


 悲鳴も絶望もない。

 客は「楽しかった」「負けたけど惜しかった」と笑って帰る。

 だが、カジノの金庫には以前のジラルド時代よりも、遥かに大量の金貨が積み上がっている。

 これが、アイリスが仕掛けた最も洗練された搾取の形だった。


 ◇


 地下深層、旧・拷問部屋。

 そこは今、カジノの心臓部である『集中演算室』に改装されていた。

 薄暗い部屋の中で無数の計算機を叩く男たちの姿がある。


「おい! 第3ルーレット台、玉の出目に偏りが出ているぞ! 機械の水平が狂っている。すぐに整備班を送れ!」

「第8ポーカーテーブル、客の勝率が理論値を超えている! カードカウンティングの疑いだ。マークしろ!」


 怒号を飛ばし、血走った目で指揮を執っているのは、かつてのカジノ王、ジラルド・スパーダだった。

 彼は今や、帝国の『雇用店長』として、死ぬまで働かされている。


「くそっ! 休む暇もない……!」


 ジラルドは悪態をつきながら、書類の山と格闘していた。

 かつてイカサマの限りを尽くした彼だからこそ、客のイカサマやディーラーの不正を誰よりも敏感に見抜くことができる。

 アイリスは、その才能を『防犯システム』として再利用したのだ。


「働きなさい、ジラルド。貴方の唯一の価値は、その『悪知恵』を正義の天秤として機能させることなのですから」


 集中演算室の重厚な扉が開くと、アイリスが冷徹なまでの美しさを湛えて現れた。

 ジラルドは椅子から転げ落ちそうになりながら、真っ赤な目でアイリスを仰ぎ見る。


「ア、アイリス様……! もう限界です! 三日も寝ていない! この数、この計算量……とても人間業では……」

「あら、それを効率化するために『対数表』と『計算尺』を与えたはずですわ。文句を言う暇があるなら、スロットの『設定差』による収益期待値を算出しなさい。それとも、あちらの部屋に戻りますか?」


 アイリスが指差したのは、ジラルドが政敵を始末するために使っていた『処刑用の大釘』が並ぶ壁だった。ジラルドは「ひいっ!」と短く悲鳴を上げ、再び血を吐くような勢いで計算機を叩き始めた。


「健全な経営というものは、これほどまでに疲れるものなのか……」


 ジラルドが小さく呟いた背後で、アレクセイがいつの間にか用意していた紅茶をアイリスに差し出す。


「ボス、ジラルドの演算効率は理論値の八割を維持しています。これなら、今日中にベガス全域の『収支予測モデル』が完成するとのことです」

「上出来ですわ。暴力で支配する時代は終わりました。これからは数字が世界を支配するのです」


 アイリスは紅茶を一口啜ると、満足げに踵を返した。

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