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【完結】【連載版】断罪された悪役令嬢ですが、真実の愛よりも大切なことを教えてさしあげますわ  作者: 上下サユウ
第三章

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第三十七話 あなたが勝てば帝国の全財産を差し上げましょう

 勝負開始から一時間が経過した頃、部屋の空気は一変していた。

 当初、余裕の笑みを浮かべていたカジノ王ジラルド・スパーダの額には、大粒の脂汗が浮かんでいる。


 一方、アレクセイの目の前には、チップが山のように積み上がっていた。


「チッ……また貴様らの勝ちか」


 ジラルドが絞り出すような声で言った。

 彼の手元に残ったチップは、当初の十分の一まで減っている。


「イカサマだ……。何かのトリックを使っているに違いない……!」


 ジラルドは認めたくなかった。

 自分の『透視』と『読心』が通用しないだけでなく、ディーラーと結託して積み込んだはずのカードが、いつの間にか不利なカードに変わっているなど、魔法ですらない。

 ただ純粋な指先の神技。

 アレクセイの虚ろな瞳は、ディーラーの筋肉の動き、カードが擦れる音、空気の流れを完全に捉え、魔法が発動するコンマ数秒前に物理的に対処していた。


「往生際が悪いですわね。イカサマ? いいえ、これは『確率の収束』です」

「何……?」

「『大数の法則』をご存知かしら? 試行回数を増やせば増やすほど、事象の出現率は理論上の確率に近付くという数学の定理です」


 アイリスは扇子でアレクセイのチップの山を指した。


「通常、カジノのゲームは胴元が必ず勝つように確率が歪められています。ですが、私の記憶術と計算、そしてアレクセイの技術があれば、その有利不利を逆転させることができるのです」


 アイリスは、この一時間で配られた全てのカードを記憶していた。

 残りの山札に何が残っているのか。次に出るカードの確率は何%か。

 全てが見えている彼女にとって、これはギャンブルではない。答えの分かっている作業に過ぎない。


「貴方がイカサマをしようとすればするほど、不自然な偏りが生まれます。私たちはその歪みを突き、確率の女神をこちらに引き寄せているだけ。数学という名の神の前では、貴方の魔法など子供の奇術ですわ」

「黙れッ! 魔力を持たぬ分際で魔法を愚弄するか!」


 ジラルドが激昂し、テーブルを叩いた。

 プライドを粉々にされた彼は理性を失いかけていた。


「次だ! 次の勝負ですべて取り返してやる! 掛け金の上限を外せ!」


 破滅に向かうギャンブラー特有の思考。

 アイリスは獲物が罠にかかったように、口元を歪めた。


「よろしいでしょう。では、提案があります」


 アイリスは手元のチップを全てテーブルの中央に押し出す。


「『倍プッシュ(ダブル・ダウン)』です」

「なっ……!?」

「現在、貴方の負けは金貨50億枚相当。次の勝負、私が勝てば、その倍の100億枚相当を頂きます。もし貴方が勝てば、私の負け分は帳消しにし、さらに帝国の全財産を差し上げましょう」


 100億枚。カジノの全資産、いや、この都市の権利書まで含めなければ払えない金額。

 だが、勝てば一発逆転。アイリスの莫大な資産が手に入る。


(ふはははっ! 勝てる……奴らは調子に乗っているだけだ!)


 ジラルドは懐に隠していた最後の切り札に触れる。

 『運命操作のダイス』。

 一度だけ必ず望んだ目を出すことができる禁忌の魔道具。カードゲームではなく、ダイス勝負に持ち込めば物理的な手技など関係ない。


「いいだろう! その勝負乗った! ただし、種目は『ダイス』だ!」

「ダイスですか。別に構いませんわ」


 アイリスは即答した。


 テーブルの中央に、黒い壺と二つのダイスが置かれる。

 ルールは単純。二つのダイスの合計数が大きい方が勝ち。


「先攻は譲ろう」


 ジラルドが余裕の笑みで言った。

 後攻の自分が相手の目を見てから『運命操作』を使い、それ以上の目を出せばいい。必勝だ。


「では、アレクセイ。振りなさい」

「はい……」


 アレクセイが無造作に壺を振る。

 ――カラン、カラン。壺が伏せられ、開けられる。出目は、『6』と『6』。合計12。これ以上ない最強の目だ。


「なっ……!?」


 ジラルドが絶句する。

 イカサマではない。アレクセイはただ振っただけだ。

 だが、アレクセイの異常な動体視力と身体制御は、壺の中でのダイスの回転すら完全にコントロールし、狙った目を出すことなど、呼吸をするより容易かったのだ。


「12です。さあ、オーナー。貴方は12を出せば引き分け。それ以外なら負けですわ」


 アイリスが冷酷に告げた。

 ジラルドの手が震える。

 『運命操作』を使えば、自分も『6・6』を出すことはできる。だが、引き分けにしかならない。

 そして次のターン、アレクセイはまた確実に『12』を出すだろう。

 勝てない。永遠に引き分け続けるか、いつかミスをして負けるか。


(馬鹿な……魔法が、運命が、ただの『技術』に負けるというのか!?)


 ジラルドは壺を掴んだ。

 振る手が定まらない。

 プレッシャー、恐怖、数学的敗北の予感。

 彼の手から壺が滑り落ちた。

 ガシャーン! 壺が割れ、中からダイスが転がり出る。

 出目は――『1』と『1』。

 蛇の目(スネークアイ)

 最低の目だった。


「ああ……あ、あぁ……」


 ジラルドが膝から崩れ落ちる。


「勝負ありですわね」


 アイリスは立ち上がり、ジラルドを見下ろした。


「100億枚。耳を揃えてお支払いいただけますわよね? カジノ王ジラルド・スパーダ様」


 ジラルドは震えながら顔を上げた。

 その目に宿っていたのは、もはやギャンブラーの誇りではない。追い詰められた獣の凶暴な殺意だった。


「……払えるか」

「はい? 今、なんとおっしゃいましたか?」

「そんな金、払えるわけがないだろうがぁぁぁッ!!」


 ジラルドが絶叫し、懐から信号弾を取り出して発射した。

 赤い閃光が天井に弾ける。


「金も、命も、ここから持ち出させるものか! 殺せ! こやつらを殺して死体を砂漠に埋めろ!」


 隠し扉が一斉に開き、武装したマフィアたちと、魔獣キメラが雪崩れ込んできた。

 ルール無用の暴力。

 テーブルがひっくり返され、チップが散乱する。

 だが、アイリスは眉一つ動かさなかった。


 アイリスはゆっくりと後ろに下がると、今まで沈黙を守っていた黒衣の男に声をかける。


「交渉決裂ですわ。陛下、お願いします」


 皇帝ルーカスが前に出ると、ネクタイを緩め、獰猛な笑みを浮かべた。


「チップの支払いは済んだようだな。……ならば、ここからは私の時間(ターン)だ」


 その身から放たれた覇気が、室内の空気を振動させる。

 確率の神が去り、破壊の神が降臨する。

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