第二十七話 大衆向けの野菜は帝国が作ります
聖樹の森に隣接する『死の荒野』。
かつて、エルフたちが呪われた地として見捨て、草一本生えないと嘲笑ったその場所に、異様な巨塔がそびえ立っていた。
鋼鉄のパイプが複雑に絡み合い、巨大な釜からは白い蒸気が噴き上がる。
ドワーフの国から取り寄せた耐熱合金。
学術都市ソフィアで解析した『大気固定術式』。
それらを組み合わせた、大陸初の『肥料生成プラント』だ。
「あの死の荒野が壮観だな」
視察に訪れたルーカスが、砂埃よけのマントを押さえながら息を呑む。
目の前ではドワーフ製の巨大自動耕作機が岩盤を砕き、砂を掘り返している。
「これらは植物の根を支える土台に過ぎませんわ」
アイリスはプラントから吐き出された白い肥料をつまみ取り、さらさらと落とす。
「エルフたちは落ち葉が腐り、土が肥えるのを数百年待ちます。ですが、私たちにそのような時間はありません。だから空気中に漂う『窒素』を錬金術で強制固定し、純度百%の『栄養の塊』を作り出しました」
「まさか空気から肥料を作り出すとはな。相変わらず、君の発想は常識を超えている」
苦笑するルーカスの瞳には、確かな期待が宿っていた。
この肥料があれば痩せた土地でも作物は育つ。帝国の食糧問題を根底から変える力になるのは間違いない。
「種も特別ですわよ」
アイリスは研究所で培養された種子袋を掲げる。
「異なる品種の長所だけを掛け合わせた『一代交配種』です。味、大きさ、病気への耐性など、すべて最高水準で統一されています。ただし、この種の『次世代』は親と同じ性質を持ちません。農家は毎年、私から種を買わなければなりませんが」
「……なるほど。商売も抜かりない」
一度広まれば、誰もが依存せざるを得ない。
それがアイリスのシステムだった。
「さあ、植え付け開始です。水は砂漠の国からパイプラインで引いてあります。太陽はタダ。あとは育てるだけですわ」
合図と同時、散水機が一斉に水をまき始める。
白い肥料を含んだ水が砂地へ染み込み、死んでいた大地が、見る間に『緑の生産工場』へと変貌していく。
しかし作物が育ち始めた瞬間、新たな問題が浮上した。
豊かな香りに誘われ、森から害獣が押し寄せてきたのだ。エルフの森の動物たちは魔力を帯び、巨大で凶暴。普通の柵などは簡単に食い破る。
「陛下! イノシシと巨大鳥の群れが接近しています! このままではトマトが食い荒らされます!」
管理兵が悲鳴を上げた。
「仕方ない。駆除するか」
「お待ちください、陛下。殺生を行えば、エルフたちに『やはり人間は野蛮だ』という攻撃の口実を与えます。彼らには『平和的』に退散していただきましょう。……アレクセイ、出番ですよ」
アイリスは広大な畑の中央を指差す。
そこには一本の杭のそばで、直立不動のまま立ち尽くすアレクセイがいた。
ボロボロの作業着を身に纏い、虚ろな目で空を見上げている。
「……あいつが?」
「ええ、見ていてください」
森から飛び出してきた巨大な鳥たちは、真っ赤なトマトに見向きもせず、向かった先は、アレクセイだった。
襲うのではなく、鳥たちはアレクセイの肩や頭に止まり、羽を休め始める。
「……え?」
続いて現れたイノシシの親子も足元でごろりと横になり、くつろぎ始めた。
ウサギ、リス、シカ。あらゆる動物が野菜を無視して、アレクセイに集まっていく。
「……あいつは自然の使徒か?」
「ただの『無害な物体』と認識されているだけですわ」
アイリスは淡々と説明した。
アレクセイはソフィアでの過酷な実験により、人間特有の殺気や生気、そして自我さえ希薄になっている。今のアレクセイは岩や枯れ木と同等の存在。
つまり、動物たちにとって最高の止まり木だ。
「ボス、シカが角をこすりつけてきます……」
「我慢なさい。貴方が立っているだけで結界魔法を使わずに済みます。立派なエコ活動ですわよ」
こうして『世界で最も悲しいカカシ』が誕生し、帝国農場は害獣被害ゼロを達成した。
◇
数週間後。
帝国周辺の人間の村々の市場に、異変が起きていた。
「いらっしゃい! 帝国の『太陽トマト』だよ!」
「エルフのトマトより大きくて甘いよ! それで、お値段、なんと百分の一!」
山積みの真っ赤なトマトに、飢えた村人たちが半信半疑で手を伸ばす。
「……こんなに安くて食べられるのか?」
「ロゼア様は『人間の野菜は毒だ』と言っていたが……」
その時、一人の子どもが我慢できずにかぶりついた。
じゅわっと果汁が弾ける。
「っ……!? 甘い!」
「え?」
「母ちゃん、これすごく甘いよ! 果物みたい!」
アイリスが開発した品種は、酸味やえぐみを極限まで減らし、糖度を高めることに特化していた。
エルフの野菜は『素材本来の味』や『大地の苦味』が売りだ。
だが飢えた民衆が求めていたのは、分かりやすいカロリーと糖分、そして幸福感だった。
「うめぇ! こんな美味いものが銅貨一枚!?」
「あるだけくれ! 子どもたちに腹いっぱい食わせるんだ!」
市場は熱狂に包まれ、帝国野菜は飛ぶように売れていく。
その隣で、エルフ商人の『聖樹トマト(金貨一枚)』は誰にも見向きもされず、陽に晒され傷み始めていた。
◇
エルフの宮殿。
女王ロゼアの元へ、悲痛な報告が次々と届く。
「へ、陛下! 野菜が売れません! 人間たちが『エルフの野菜は高くて苦い』と言っており、買おうとしないのです!」
「帝国の野菜が市場を埋め尽くしています! 我が国の農家からは、『在庫が腐る』『生活ができない』と悲鳴が……!」
ロゼアは顔面蒼白になり、玉座の肘掛けを握りしめた。
「馬鹿な……。あの死の大地で作った薬漬けの野菜などが、我々の聖なる恵みに勝るはずがない……!」
とても信じることはできなかった。
数千年の信仰と伝統に守られたブランドが、たった数週間の『科学』と『価格破壊』で崩壊するなど。
その時、扉が静かに開く。
現れたのは、アイリスとルーカス。
二人は悠然と歩み寄り、ロゼアの前に並べて置く。
『エルフの腐りかけたトマト』と、『帝国の艶やかなトマト』。
「勝負ありですわ、女王陛下。貴女は『自然の摂理』とおっしゃいましたね? これが経済における淘汰です。消費者は正直ですわ。信仰で腹は膨れませんから」
アイリスは扇子を開き、冷酷に告げた。
ロゼアは震える手で帝国のトマトを取る。
一口かじった瞬間、認めたくないほどの甘さと濃密さが口いっぱいに広がった。
「……くっ……うぅ……!」
涙をこぼす女王へ、アイリスは最後の契約書を差し出す。
「提案です。貴国の農業を帝国の管理下に置きなさい。我々が欲しいのは、貴女たちの『ブランド力』だけです」
アイリスは微笑む。慈悲ではない。支配者の笑みだ。
「大衆向けの野菜は帝国が作ります。エルフの皆様は、その繊細な技術で金持ちだけが食べる『超高級野菜』を作ってください。住み分けをしましょう」
もはや、ロゼアに拒否権はなかった。
聖樹の森は帝国の『高級食材部門』として再編されることになった。
お読みいただきありがとうございます!
書き殴りの毎日で、誤字脱字などが目立つようになってきました(汗)
いつも、ご指摘ありがとうございますm(__)m
より良い話を書くコツは、肉を熟成させるかの如く、寝かせるのが一番いいと思いますが、その前に私が寝ます。おやすみなさい(´-`).。oO




