第二十五話 プラットフォームビジネスへの転換です
予約投稿と投稿話を間違えてましたので、こちらは埋め合わせ分です。次回は17時に投稿します
ソフィア学術都市は、かつてない熱狂に包まれていた。
街頭モニターには、地下牢から配信するアイリスの姿と、公開された『魔法のソースコード』が流れている。
「すげえ……帝国の『簡易術式』、マジで詠唱がいらないぞ!」
「特許庁が燃えているぞ! これでライセンス料を払わなくて済むんだ!」
学生たちは教科書を破り捨て、研究者たちは古い論文を火に放り込んだ。
既得権益の堤防が決壊し、知識という名の奔流が都市を飲み込んでいく。
◇
ソフィア魔導研究所、第3実験棟。
アイリスたちが足を踏み入れると、そこは死のような静寂に包まれていた。
研究員たちは床に膝をつき、怯えきった目で震えている。
その中央、破壊された実験台の上に、アレクセイがボロ雑巾のように横たわっていた。
「アレクセイ!」
真っ先に駆け寄ったのは、ルーカスだった。
ルーカスは上着を脱ぐと、アレクセイの体にそっと掛けた。
「……酷いな、よく生きていたものだ」
「……陛下、俺、なんとか……耐えましたよ……」
アレクセイがうわ言のように呟いた。
アイリスは冷静に、後ろに控えているゴルドに指示を出す。
「ゴルド、最高級のハイポーションを手配して構いません」
「承知しました。……高価ですが、これでは仕方ありませんね」
ゴルドは手際よく、アレクセイに薬を飲ませた。
「……議長」
アイリスは立ち尽くすメルキオール議長に向き直った。
「精算の時間です。彼の治療費、慰謝料、そして……私の時間を奪った代償。高くつきますわよ?」
◇
数時間後。真理の塔、最上階。
かつての威厳を失った会議室で歴史的な調印式が行われていた。
テーブルにはアイリスが作成し、ゴルドが細部を詰めた分厚い契約書が置かれている。
ルーカスは帝国代表として、重々しく署名を行った。
「……これでソフィアは生まれ変わる。知識を独占するのではなく、世界に広める発信地としてな」
ルーカスがペンを置くと、メルキオールは震える手でそれに続いた。
契約内容は、ソフィアの『特許権放棄』と『帝国への賠償金支払い』。そして『市場の開放』だ。
「……終わった。ライセンス料がなくなれば、我々の収入源はゼロだ。ソフィアは破産だ……」
嘆くメルキオールに、ゴルドが数字を弾きながら割り込む。
「いえいえ、議長。破産どころか、これからが稼ぎ時ですよ」
「なんだと?」
「特許は無料になりましたが、それを使うための道具が必要です。見てください」
ゴルドが窓の外を指差す。
街では、アイリスの魔法を使おうとする人々が、魔道具店に殺到していた。旧式の杖では、新しい術式に対応できないからだ。
「帝国はソフィア公認の『新型魔導デバイス』を独占販売します。製造はドワーフ、販売は我々。そして、その『公認シール』を貼る権利と、検定料の一部を貴方たちに配分しましょう」
アイリスが補足する。
「薄利多売ですわ。魔法を簡単にして、使用者を100倍にすれば、特許でちまちま稼ぐより、遥かに巨大な利益が出ます。いわゆる『プラットフォームビジネス』への転換です」
メルキオールは呆然とした。
彼らは特権を奪われたのではなく、より巨大な帝国経済圏の門番役として組み込まれた。
「……完敗だ。貴女は魔法使いより恐ろしい錬金術師だ」
◇
翌日、ソフィアの正門ゲート前。
修理と補給を終えた装甲車が、内燃機関の暖気を行っていた。
運転席には包帯だらけのアレクセイが座っている。
「アレクセイ、本当に運転できるのか? 無理なら代わってやるぞ?」
「平気ですよ、陛下。ハンドルを握っている方が、手が震えないんです。これが俺の『安定剤』みたいで……」
アレクセイは虚ろな目で笑った。社畜の業は深い。
後部座席に座ったアイリスが、窓の外に立つ男に声をかけた。
「ゴルド、任せましたわよ」
「もちろんですよ。ここは今、大陸一の『ゴールドラッシュ』ですし」
そこにはスーツの襟を正したゴルドが立っている。
ゴルドはニヤリと笑い、背後の学術都市を見上げた。
「特許開放による魔導具需要、学生向けのローン事業、出版諸々、商機が山のように転がっています。私がここで『ソフィア支社長』として、利益をきっちり回収し、帝国へ送金いたします」
「頼みましたわよ。それから……中抜きは程々にしなさい」
「……人聞きの悪い。では、ご武運を」
ゴルドが一礼し、装甲車が砂煙を上げて走り出す。
有能な商人を現地に残し、アイリスたちは次なる目的地へ向かう。
車内で、ルーカスが手帳のチェックリストを埋めた。
「資源、工業、そして知識か。国家の基盤は整ったな」
「陛下、人が生きていく上で、最も基本的で、かつ絶対的なものがまだですわ」
「……『食料』か」
「ええ、その通りです」
アイリスは地図を広げた。
大陸の西部、深い森に覆われた領域。
「聖樹の森『エルヘイム』。世界最高品質の農作物を産出する、エルフの森です」
「エルフか、排他的だと聞くが?」
「ええ、彼らは『オーガニック信仰』を盾に、食料価格を吊り上げています。飢饉の時でさえ『自然の摂理』と言って、見捨てるような連中です」
アイリスの瞳が険しくなる。
「食料を武器にする者は、食料によって敗北する。……行きましょう。エルフの女王に科学と品種改良による『本当の豊作』というものを教えて差し上げなくては」
車が加速する。
目指すは聖樹の森。
次なる戦場は『青果市場』だ。




