第二十三話 私にとって地下牢は特等席ですの
ソフィア学術都市、正門ゲート前。
一触即発の空気が張り詰めていた。
「強制執行による差し押さえを行う」
徴収官の事務的な宣言と共に、周囲を取り囲んだ白ローブの魔導師団が一斉に杖を構えた。
「……貴様ら、帝国に戦争を売る気か?」
皇帝ルーカスが低い声で唸り、腰の剣に手をかけただけで、最前列の徴収官たちが本能的な恐怖に後ずさる。
だが、指揮官らしき男は鼻で笑った。
「……野蛮ですな。ここは『学術中立地帯』。皇帝といえども、我々の定めた『知的財産法』の下では一介の特許侵害者に過ぎません。抵抗するなら、国際条約違反として処断します」
「なんだと……」
「お待ちください、陛下。ここで剣を抜けば相手の思う壺ですわ。『野蛮な帝国が暴力で知的財産を奪おうとした』という既成事実を作られてしまいます」
「しかし、アイリス。このままでは車も荷物も奪われるぞ」
「奪わせませんわ。少し話し合いに行くだけですから」
アイリスは徴収官に向き直り、平然と言い放つ。
「貴方がたの主張は理解しました。その『特許侵害』とやらについて、最高責任者の前で申し開きをさせていただきます。案内なさい」
「……ほう? 大人しく降伏すると?」
「いいえ、『異議申し立て』です。貴都市の法律に基づいた正規の手続きですわ」
徴収官は眉をひそめる。
この女は怯えるどころか、こちらの法律を使い、逆に揺さぶりをかけてきている。
だが、彼はすぐに歪んだ笑みを浮かべた。
「よろしい。最高評議会議長、大賢者メルキオール様がお待ちだ。……その減らず口がいつまで続くか、見ものですな」
結界の一部が解除され、道が開かれると、アイリスたちは都市の中枢へ案内された。
◇
都市の中心にそびえ立つ『真理の塔』。
最上階の大講堂には数百人の賢者たちが、すり鉢状の席から見下ろしていた。
中央に立たされたアイリスたちの正面に、一際高い玉座に座る老人が口を開く。
「よく来たな、帝国の泥棒猫どもよ」
ソフィアの最高権威、大賢者メルキオール。
彼は不快そうに鼻を鳴らし、手元の魔導端末を操作する。
「貴様らが持ち込んだ内燃機関とやらを調べさせてもらった。実に見事だ。だが、その根幹技術は我々が特許登録済みの『高密度エネルギー変換理論』を盗用している。これは重大な国際法違反だ」
「盗用ではありませんわ。既存の理論を必要としない、純粋な物理現象の応用です」
アイリスは一歩も引かずに反論した。
その堂々たる態度に、周囲の賢者たちからざわめきが起こる。
「物理現象だと? 笑わせるな。この世のすべての事象は、我々ソフィアが定義した『魔法体系』の中に集約されるのだ。我々の許可なく火を出し、車輪を回すことは真理に対する反逆も同然よ」
「定義という名前付けさえすれば自分たちの所有物になるなど、随分と安上がりな『真理』ですこと。それは学問ではなく、ただの強欲というものですわ」
「だ、黙れ!」
アイリスの冷徹な挑発に、メルキオールが顔を赤くし、杖を床に突く。すると、講堂内に張り巡らされた重力制御回路が低い音と共に起動した。
「ん? ボス、体が重くなって……がはっ……!」
「……ひぃっ! こ、これだから学者は嫌いなんですよ……!」
突然、数倍もの重力が襲いかかり、アレクセイとゴルドが床に叩きつけられた。
石床に這いつくばりながら悲鳴を上げる二人。魔力抵抗を持たない者にとって、重力場は致死的な暴力に等しい。
対してアイリスとルーカスは、何事もないように立っていた。
ルーカスは純粋な力で押し返し、アイリスはドレスに仕込んだ干渉装置で重力の歪みを受け流していた。
「ほう、この程度の出力で、私を跪かせるつもりか?」
「暴力で屈服させようとは、大賢者も所詮は野蛮人だったということですわ」
足元の石床が砕け、亀裂が走る。
涼しい顔で立つ二人を見て、メルキオールが目を見開く。
「な、何……!? 負荷は通常の五倍だぞ!? 人間など容易く骨が砕け、内臓が潰れるほどだ……」
「老いぼれが。貴様の『真理』とやらは、私の力よりも軽いようだな」
「……記録しろ。『皇帝が審理の場で威圧した』とな」
「ふっ、先に仕掛けて来たのは貴様の方だろう、メルキオール」
「我々の重力制御は秩序維持のための措置に過ぎぬ。だが皇帝よ、貴様の威圧はただの暴力。違いが分からぬか?」
「なんだと……?」
ルーカスが目を細め、半歩だけ前に出る。
たったそれだけで壇上の賢者たちは悲鳴混じりに身を引く。
「陛下、おやめください。床が抜けては議論になりませんわ」
「……野蛮なのはどちらだ? 法の場で剣に手を掛けたのは貴様だ。……だが、その『無力なサンプル』はどうかな?」
メルキオールの杖が、床で呻くアレクセイを指した。
「私の新たな研究テーマがあるのだ。高密度魔力の強制浸透が、非適格者の肉体に与える影響。交渉の担保として、この男は預かるとしよう。連れて行け!」
「アレクセイを担保ですか」
ルーカスが再び剣を抜こうとしたが、アイリスがその腕を制した。
アイリスの瞳には、怒りよりも深い底冷えするような『計算』の光が宿っていた。
「陛下、今は泳がせましょう。必ず、彼ら自身の手で『返却』させて差し上げますから」
アイリスは扇子で口元を隠し、ルーカスにだけ聞こえる声で囁いた。
アレクセイは研究員たちによって、奥の扉へと引きずり込まれていく。残された三人もまた、数百人の魔術師たちに杖を突きつけられ、抵抗することなく連行されていった。
◇
地下牢。
重厚な鉄扉が閉ざされ、カビ臭い空気が充満する中、ルーカスは部屋の隅に転がされたゴルドを見下ろして息を吐いた。
「ゴルドは気絶しているな。一般人には少々荷が重かったか」
ゴルドは先の重力魔法のショックで意識を失っている。
ルーカスは上着を脱いでゴルドにかけてやると、埃を払って立ち上がり、アイリスに向き直った。
「それで、まんまと牢屋に連れられてきたわけだが、ここが本当に『特等席』なのか?」
その口調に悔恨の色はない。あるのは、共犯者として作戦の推移を確認する冷静さのみ。
アイリスはハンカチを敷いてベンチに腰を下ろすと、パチンと扇子を閉じて微笑んだ。
「ええ、最高のポジションですわ。彼らは『魔力を遮断する部屋』は『無力化できる牢獄』だと信じ込んでいます。皮肉な話ですわね」
アイリスは壁の石材をコンコンと指で叩く。
「魔力感知に頼り切った彼らにとって、魔力が一切流れていないこの部屋は、監視網の『空白地帯』。ここなら誰にも邪魔されずに仕込みができますわ」
「なるほどな。だが、アレクセイを預けたのは少し危険な賭けだったのではないか?」
「彼らが欲しがっていた『サンプル』をあえて渡すことで、こちらの『本命』から目を逸らさせるためです。それに、アレクセイなら耐えられますわ。何せ、ドワーフたちに鍛え上げられた、鋼の社畜精神を持っていますから」
アイリスは淡々と答えるが、隠し持っていたペンを取り出した瞬間、その瞳に底冷えするような光が宿った。
「とはいえ、計算外だったのは、彼らの品性が想像以上に下劣だったことです」
カリ、カリ、と硬質な音が響く。
彼女が壁に書き始めたのは、ソフィアの根幹を成す魔法特許を根底から覆すための証明式。
「人を実験動物のように扱い、私の部下を傷つけた罪。アレクセイが壊されるのが先か、この都市の権威が崩壊するのが先か。時間との勝負ですが、たっぷりと後悔させて差し上げましょう」
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