第二十二話 学術都市『ソフィア』ですわ
イグニス山の工房に滞在してから十日後。
アイリスの徹底的な指導により、ドワーフの鍛冶場は劇的な変貌を遂げていた。
職人の勘に頼っていた現場は、完全な『ライン生産方式』へと生まれ変わった。
ドワーフたちは定時で働き、定時で上がり、食堂で美味い飯を食う生活を謳歌している。
生産ラインも安定し、物流ルートも確保したアイリスたちは、次なる目的地である学術都市『ソフィア』を目指し、装甲車を走らせていた。
運転席でハンドルを握るのは、げっそりと頬がこけた元王太子、アレクセイ。彼はつい数時間前まで、ドワーフの工場で『人力送風機』として、二十四時間酷使されていたはずだった。
「……死ぬかと思いました。ドワーフの親父さんたち、俺が少しでも休むと、『おい、炉の温度が下がるぞ!』ってハンマーを投げてくるんです……」
「おかげで少しは痩せられましたわね。感謝なさい」
後部座席で優雅に書類を整理するアイリスに対し、隣に座る皇帝ルーカスが呆れたように尋ねる。
「アイリス、こいつはドワーフに労働力として売ったのではなかったか?」
「ええ、売りました。ですが、工場に『自動冷却魔道具』の設置が完了しましたので、『不要在庫』として返品されましたの」
「……返品、か」
「機械の方が文句も言わず、性能も安定していますからね。それに、次の相手は『学術都市』です。万が一の時の『肉壁』として、彼にはまだ使い道がありますから」
アイリスの冷徹なリサイクル精神に、ルーカスは戦慄しつつも納得した。
すると、アレクセイの隣、助手席に座っていたゴルドが力なく声を漏らす。
「……私の扱いも大概だと思いますがね、ボス」
かつては贅沢三昧していたその体は、ドワーフの工房で数万個の鋼球を検品させられたせいで、アレクセイ同様に引き締まり、その目は深い虚無を宿していた。
ゴルドは膝の上に広げた膨大な書類と格闘しながら、カタカタと震える指で魔導算盤を弾いている。
「おや、終わりましたの? ゴルド、ソフィアの『特許関連判例集』三千ページ分の要約は」
「……たった今終わりましたよ。寝る間もなく読み込まされましたから。そもそも、私は外交官であって、速読機でも計算機でもないのですがね」
「あら、ドワーフたちに『複式簿記』を教えていた時よりはマシでしょう? 計算を間違えたらハンマーが飛んでくるわけでもありませんし」
「アレクセイ殿と比較して『マシ』と言われるのが、これほど悲しいとは思いませんでしたよ……」
「ゴルドよ、そう嘆くな。アイリスに使い潰されるのは、お前にそれだけの利用価値があるという証拠だ」
「は、はい、陛下……」
ルーカスの慈悲のない励ましに、ゴルドはさらに項垂れた。
片や『人力送風機』、片や『人間計算機』。
アイリスにとって、前列に並ぶこの二人は便利な備品に過ぎないのだ。
装甲車が峠を越えると、眼下には異様な光景が広がっていた。荒涼とした大地の中、そこだけが別世界のように白く輝いている。
「ほう、あれが『ソフィア』か。噂には聞いていたが、なんとも鼻につく街だな」
盆地の中央に鎮座する学術都市は、巨大な半透明の『魔力結界』に覆われている。
結界の内部には、天を衝くような白亜の塔が林立し、流線型の魔導船が行き交う。
大陸中の賢者や研究者が集う『知の聖地』であり、同時に魔法技術の特許を独占し、高額なライセンス料で各国から金をむしり取る『知財の要塞』でもある。
「鼻につくとは失礼ですわよ、陛下。あそこには世界中の叡智が眠る『大図書館』があるのですから」
アイリスは手元の『魔法技術ライセンス料請求書』の束を見つめながら言った。
「もっとも、その叡智を『自分たちだけの財布』だと勘違いしている節はありますが。特許法の穴を突いてでも知識を解放して差し上げなくては」
「ボス! あの壁の手前に検問があるみたいです。止まりますか?」
結界の手前に設けられたゲートには、すでに数名の影が待ち構えていた。
「ええ、正規の外交ルートでアポイントメントは取ってあります。堂々と入りましょう」
通常なら通行証を持つ外交車両は通れるはず。
だが、車がゲートに近づき、アレクセイがブレーキを踏んだ瞬間だった。
突然、地面が爆発し、警告の魔法弾が撃ち込まれた。
砂煙が晴れると、ゲートの奥から数十名の集団が整列して現れる。
純白のローブを纏い、手には杖ではなく、分厚い法令全書と計算機を持った『事務官』たち。その中心から、眼鏡をかけた男が一歩進み出て、拡声魔法で告げる。
「車両を停止せよ! こちらは『ソフィア魔導特許管理局・徴収課』である!」
男は眼鏡の位置を直しながら、アイリスたちを冷徹に見下ろした。
「貴殿らの乗り物は当都市が保有する『魔導車輪駆動特許(第402号)』及び『排気浄化術式(第108号)』に対する重大な侵害の疑いがある。よって、これより強制執行による差し押さえを行う!」




