第二十一話 本日より『専属部品工場』となります
「勝負ありだな、小娘。いくら数だけ作っても、一本の質が悪ければ無意味。これが『質』の差よ!」
アイリスは眉一つ動かさず、静かにゴルドに合図を送る。
「次」
ゴルドは欠けた剣を惜しげもなく放り捨て、山から新しい剣を抜いた。
二撃目。また浅い傷がつき、剣が欠ける。
「次」
ゴルドは次々と機械的に剣を取り替え、鉄柱を叩き続ける。
十本、二十本、三十本。
最初は笑っていたドワーフたちの表情が、次第に凍りついていく。一本一本の威力は低いが、鉄柱の傷は確実に深くなっていく。そして何より恐ろしいのは、その均一性だった。
そして五十本目の剣が振るわれた時、ついに鉄柱がへし折れた。
「……さて」
アイリスは扇子を開き、青ざめるバルドラ王を見据えた。
「陛下、貴方の剣は国宝級ですわ。ですが、その一本を仕上げるのに鍛造から焼き入れ、研磨まで数時間は要します。戦場で折れれば、その時間がもう一度、失われます。対して私の剣は、一本三十秒で作れます。もし折れても、足元の箱から新しい剣を抜けばいい。……戦場で兵士が求めているのは、一生飾っておく美術品ではなく、使い潰せる『消耗品』です」
「ぐぬ……」
「それに、ご覧になりましたか?」
アイリスは地面に散らばった剣の残骸を指差す。
「五十本すべて同じ箇所が同じように欠けています。重心も、硬度も、耐久限界も、すべてが均一。これが『工業』という魔法ですわ」
ドワーフたちが息を呑む。
職人だからこそ理解できてしまった。五十回叩いて、五十回とも寸分違わぬ結果を出すことの異常さを。それは彼らが一生かけても到達できない、冷徹なまでの精度の極致。
「これが私の提示する『システム』です。個人の才能や体調に依存せず、常に七十点の合格点を出し続ける不死身の軍隊。陛下、名剣は尊い。ですが、折れてしまえば、持ち主が死ぬ。こちらは折れる前提で用意する。死なせないための数です。陛下、どちらが戦を続けられますか?」
バルドラは言葉を失った。
脳裏に浮かんだのは、自分の最高傑作を持った戦士が、無尽蔵に湧き出る安物の剣によって、なす術もなく押し潰される光景だった。
「み、認めん……認めんぞ!」
バルドラは震える手で『竜殺し』を握りしめた。
「剣は心なのだ! 効率などで語ってたまるか! こんな味気なく魂のない剣など、ワシは絶対に認めん!」
バルドラの絶叫は悲痛だった。
確かに、アイリスの剣は鋭利だが、職人が打った剣のような『個性』や『美しさ』は皆無。
王はそこを突いた。これなら勝負を引き分けに持ち込める、と。
「味気ないですか。……ええ、おっしゃる通りですわ」
アイリスはあっさりと認めた。
「所詮、これらは兵士に配る『消耗品』。質より数が求められる道具にすぎません。芸術性を求めるのは野暮というものです」
「な、なら……!」
「ですが、陛下。貴方は『魂』ともおっしゃいましたね? 職人の魂が込められるからこそ、鉄は至高の輝きを放つのだと」
「そうだ! その日の気温、鉄の声、そして職人の息遣い! それらが混ざり合って『唯一無二』の名剣が生まれるのだ!」
アイリスは冷ややかに微笑み、パチンと指を鳴らした。
「その『唯一無二』こそが、工業においては排除すべき『誤差』なのですわ」
「なんだと?」
「ゴルド、第二の箱を」
ゴルドが運び込んだのは、先ほどよりも、ずっしりと重い木箱。
アイリスが箱を傾けると、ジャラジャラと硬質な音と共に、無数の銀の粒が
「こ、これは鉄の玉か?」
「『鋼球』と呼ばれるものですわ」
ドワーフの一人が、震える手でその粒の一つを摘み上げる。わずか直径1センチほどの小さな鉄の球。
だが、そのドワーフは息を呑んだ。
「歪みがない……?」
熟練した職人がハンマーで叩いても、完全な球体を作ることは不可能。必ずどこかに打撃の跡や、微細な歪みが残る。
だが、アイリスが持ち込んだ鉄球は鏡のように滑らかな球体だった。
「ここにある1万個の鉄球は、すべて誤差0.01ミリ以下で統一されています。陛下、貴方の自慢の『魂』で、これと同じものを二つ作れますか?」
「ぬぅ……」
「無理でしょうね。魂とは『揺らぎ』です。職人の気分、体調、手癖……それらは芸術には必要ですが、精密機械には『ノイズ』でしかないのです」
アイリスは二つの鉄球を手に取り、カチリとぶつけ合わせた。
「私のシステムには魂も感情もありません。だからこそ、神の領域である『完全な均一性』を生み出せる。これを『味気ない』と笑いますか? それとも『美しい』と認めますか?」
バルドラは手元のベアリングを見つめ、黙り込んだ。その銀の輝きは職人が一生かかっても到達できない、冷徹なまでの精度の結晶だったからだ。技術者として、これを否定することはできなかった。
「ワシの負けだ……」
アイリスは業務提携書を差し出した。
「ヴォルカニア工業地帯は、本日より帝国の『専属部品工場』となります。対価として、帝国は食料とインフラを提供しましょう。悪い話ではないはずですが?」
バルドラは周囲を見渡した。
幸せそうに肉を頬張る部下たち。家出していた若者たちも、この飯を食って育ったのだろうか。
王は深いため息をつき、ハンマーを置いた。
「……冷えているな、その酒は」
「ええ。最高の喉越しですよ」
バルドラはエールを受け取り、一気に飲み干した。
喉を焼くような炭酸と冷気が、彼の頑固なプライドを溶かしていく。
「……完敗だ、小娘、いや、アイリス殿。ドワーフの国は帝国の下請けになろう。……ただし! 条件がある!」
「なんでしょう?」
「その『人間送風機』……アレクセイと言ったか。あやつを寄越せ」
バルドラが指差した先では、アレクセイがドワーフたちに囲まれていた。
「すげえ……この熱気の中で一つかかねえなんて!」
「兄貴! 俺たちの炉の温度管理をしてくれ!」
調子に乗ったアレクセイが、エール片手にマッスルポーズを決めている。
「あやつのスタミナと熱耐性は異常だ。あやつがいれば工場の稼働率は三倍になる。……どうだ?」
「ふふっ、交渉がお上手ですね」
アイリスは笑った。
元婚約者を『工場の設備』として売り渡すことに、一秒の躊躇もなかった。
「いいでしょう。彼は『名誉工場長兼・冷却装置』として、この国に駐在させます」
「決まりだ! 者ども! 今日は宴だ! 明日からは帝国のための部品作りだぞ!」
「「「うおおおッ!!」」」
ドワーフたちの歓声が上がり、火山の夜は更けていった。




