7. 旧都環層 Depth Loop Field
朝。
宿の窓の外は、いつもより少しだけ明るい。
ノアはベッドの上で体を起こし、前夜買っておいた瓦楽街フリープレスを広げた。
薄い紙の端は油で少し透けている。読み回されたのか印刷は古く感じ、インクの匂いは薄い。
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《瓦楽通信 第1387号》
【コア形態変化ランキング/週刊】
1位:ブレード系(42%) 2位:ガントレット系(28%)
3位:シールド系(15%) 4位:弓・銃器系(10%)
特集:次世代型《コア適応インプラント》、若年層で流行拡大中。
「心の波形を安定化させる」副作用報告も──中央薬品社。
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「……やっぱりブレードって使い勝手いいんだな」
ノアは小さく呟き、記事の隅を指でなぞった。
早く私のコアも他の形態変化が出来るようにしてあげたい。
ページをめくると、求人広告が並ぶ。
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【セントラル・ハルト討伐会社】
初心者歓迎/訓練支援制度あり/福利厚生◎
登録費無料キャンペーン中(今月末まで)
【スフィア・ファーマ】
回復薬発売10周年!
副作用ゼロ、即効回復率97%(※個人差あり)
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その横に載っていたのは、
「旧都環層フィールド、進入者行方不明」の見出しだった。
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《旧都環層フィールド(Depth Loop Field)》
かつて都市交通の中心だった地下環状線跡地。
近年、深層部での電磁異常と幻聴報告が相次ぐ。
討伐会社セントラル・ハルトは新入社員の一時的なフィールドワーク禁止令を検討中。
ノアは記事の隅に印字された写真を見つめた。
崩れかけた鉄骨、ねじれた線路、暗闇に沈む電光掲示板。
そして、その写真の下にはその話題を待っていましたと言わんばかりの広告、広告、広告。
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照明が機能していないため、対策をしていくようにしましょう。おすすめアイテムはこちら!
光沢のある印刷。黒と緑のコントラストがやけに目を引く。
【特集:暗所フィールド攻略アイテム】
《旧都環層フィールド》探索者に聞いた——“暗闇で生き残るための5選”。
① ナイトビジョン・スコープ〈Noctis-X〉
――暗闇に光を。あなたの射線を逃さない。
② 暗視ゴーグル〈ShadeLens〉
――夜はあなたの味方に。
③ IRレーザーサイト〈LockAim〉
――撃つより早く、狙え。
④ タクティカルライト〈Pulse-Torch〉
――一瞬の閃光が、生死を分ける。
⑤ 低照度補助モジュール〈EyePatch〉
――高度な補助をお求めのあなたに。
右下には、小さな文字でキャンペーン文が添えられていた。
「セット購入割引中! 旧都環層に潜るなら、備えを忘れずに」
(提供:セントラル・ハルト討伐会社/スフィア・テック共同PR)
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ノアは指先で紙の端を押さえた。
広告の中の写真には、暗闇を背景に銃を構えるシルエットが写っている。
スコープに青白い光が反射し、瞳がわずかに輝いていた。
――きっと、こういう人たちは怖くないんだろうな。
ノアはふと窓の外に目を向けた。
瓦楽街の喧噪の奥、遠くの空に浮かぶ広告ホログラムには、同じ文字が揺れていた。
《旧都環層フィールド・一部臨時閉鎖中》
「深く沈んだ地下街に、光を灯せ」
もう一度フリープレスに視線を落とす。
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特集:旧都環層フィールド——光なき地下に、共鳴の鉱脈あり?
【社会面】
旧都環層フィールドで、今週も探索者の行方不明が3件確認された。
管理局は「マルファビーストの出現頻度増加に加え、地層崩落による事故の可能性が高い」と発表。
それにもかかわらず、現場への潜入者は後を絶たない。
目的はただひとつ――“共鳴石”の採掘である。
【サイエンス面:専門家コメント】
「レゾナイトは、生体コアが発する電磁波“レゾ波”を蓄積・共鳴する結晶体です」
そう語るのは、スフィア・テック物理研究部主任ハルド・ニーレ博士。
「旧都環層は、かつて発電線や地下鉄が集中していた都市圏。
崩壊後も高密度の電磁残滓が地層に滞留し、レゾナイトが自然生成されやすい環境になっているんです」
【トレンド面】
「最近、“レゾナイトアクセサリー”が流行してるんです」
そう話すのは、瓦楽大通りのコア工房〈アリオライト〉の店主。
「自分のコア波に合うレゾナイトを身につけると、共鳴効果で集中力が上がるとか、波の安定が得られるとか言われてて。
討伐職だけじゃなく、学生や事務職も買いに来るんですよ」
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【PR広告】
《旧都環層発掘キャンペーン実施中!》
主催:アークライト・フロンティア討伐社
登録者特典:探索保険50%OFF+簡易レゾ波測定ポータ進呈!
“制限区域”の向こうに、本当の報酬がある。
地下に眠る“共鳴”を掘り起こせ。
あなたのコアが、新たな調律を待っている。
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ノアはページを閉じて、しばらくその広告を見つめていた。
崩れた線路と光る鉱脈の写真。
そして、ひときわ大きく書かれる“レゾナイト”の見出し。
ノアは無意識に、自分の手の中のコアを握った。
透明な石の奥に、微かな光が宿る。
強くなりたい。
「旧都環層に行くためにはああいうのがいるのか」
ぼそりと呟いて、ノアは立ち上がる。
ポータの今の残高を確認する。
《残高:1,815C》
宿代を引いても、まだ少しは残る。
狙撃銃、暗視装備までは届かなくても、旧都環層対策で何かは買えるかもしれない。
「……行ってみよ」
ノアは新聞を畳み、肩掛けの布袋を掴んだ。
外に出ると、街の光が強すぎて一瞬目が眩む。
でも、その奥――大通りの武器屋の看板が、朝陽を反射して光っていた。
街のざわめきはいつもより乾いていた。
瓦楽街の大通りから少し北へ抜けると、金属と油の匂いが強くなる。
人の声よりも、工具の音の方が多い通りだ。
ノアはその中でも特に賑わっている一角に立ち止まった。
ガラスの向こうで、銃器やナイフ、補助装備がずらりと並んでいる。
看板には《武装工房・ガロス》の文字。
ドアを押すと、鈍い電子音が鳴った。
店内は狭く、天井近くまで棚が積まれている。
油と火薬の匂い。
壁には旧式の銃や、コア装填型のライフルが並んでいた。
カウンターの奥で、白髪混じりの男が顔を上げる。
「おや、嬢ちゃん。何を探しに?」
ノアは少し躊躇ってから言った。
「…暗い場所で遠くから戦えるものがほしい」
「ほぉ、なるほど。旧都環層か?」
男の口元に笑みが浮かぶ。
「最近多いんだよ、あそこ行くヤツ。物好きが多いねぇ。」
旧都環層は広く、長く、満足に照明が届かないフィールドだ。それと線路の関係性でどうしても直線性が多いため、視界さえ取れれば射撃が有利になることがよくあると考えられている。
それを考慮して男はさがしているのはこういうのか?と見せてくれた。
ノアは頷いた。
カウンターの上に拳銃を数丁並べてくれた。
その中で、ひとつだけ目を引いたものがあった。
古びた金属、少し擦れた銃身。
けれど、他のどれよりも形がきれいだった。
「……これ」
ノアが指差すと、男は笑って鼻を鳴らした。
「リヴォルヴ・コアガン。旧式だ。
今じゃ見ねぇが、これが一番壊れにくい。
弾は自前で詰めろよ、嬢ちゃん」
「弾って、コアですよね?」
「そうだ。小型のクズコアでいい。
ただし間違って容量の合わないものを詰めると手ごと吹っ飛ぶから要注意だ」
ノアはごくりと唾を飲み込んだ。
「これ、いくらですか?」
男は顎でカウンターの札を示す。
〈中古整備品:1,200C〉
ノアの頭の中で、残高が弾かれた。
何日かの宿代を引いて、食費を考えて……。
けれど、銃を持つことで見える世界がある気がした。
「これください」
「おっと、決断が早いな。いい目してる」
男は笑いながら、弾倉を確認して手渡す。
「玉も要るだろ。サイズ感の目安になる。おまけで三発分つけてやる」
差し出されたのは、小瓶に入った黒い欠片。
ノアが見慣れたクズコアと違い、光が脈打っている。一度誰かがエネルギーを通した痕跡だ。そうやって使うのか、と独りごちた。
「……これ、撃つときは」
「大体は普通の銃の装填方法と一緒だ。構えたらこう、左手はここ、右はーーー」
男は丁寧に銃の扱い方をノアに教えてくれた。そしてホルスターに入れて渡してくれる。
「こいつは特別サービスだ。あとは、暗所で撃つなら、ライトも要るよな」
必要なものを勝手に悟り、矢継ぎ早にカウンターに出してくれる。ノアが圧倒されているうちに結構なものが揃っていて、見ると銃の下部には小さな金属製のライトも装着されていた。
「Pulse-Torchの旧型だ。充電は一晩ありゃ十分。
……お前さん、いい子に見えて案外やる口だな」
ノアは苦笑した。
「そう見えます?」
「見えるさ。目が覚めてる奴の目だ。
眠ってる連中は、コアを光らせることしか考えてねぇ」
ノアはよく分からなかったが、悪い言葉じゃないと思ったため、小さく「ありがとうございます」と頭を下げ、袋にホルスターと銃、ライトをしまった。
支払いを済ませて、外に出ると、風がひやりと冷たい。
袋の中の金属の重みが、不思議と心地よかった。




