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インターナショナル・セレスティアル・アカデミー  作者: 鹿ノ内


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15/15

14.午後のカフェテラス  Afternoon Resonance



 翌日。

 ノアは市場通りを歩いていた。

 昨日、メリアが帰った後もなかなか眠れず、もらったネックレスを弄っていて、そして気づけば夜が明けていた。


 「新しいポータ、買いにいかなきゃ」


 旧型はおそらくセントラル・ハルトの社員の持ち主で、このまま永続的に使えば向こうからアクションが来るはず。落ちてたとはいえ、届け出ず、勝手に使用して、なんならめちゃくちゃ活用していて、ちょっと勝手が悪い。データをバックアップして、新しい機種に移行するのがいいだろう。その後、データをクリーンしてから届け出ることにしよう。そうしよう。



 瓦楽街の中心にある大型デバイスショップ――《LINK ARK》。

 ショーウィンドウには最新型のポータがずらりと並んでいる。

 ホログラムには《拡張メモリ搭載》《AI認証強化》《IDチップ自動連携》の文字が踊る。


 ノアは店頭の価格表示を見て思わず目を細めた。

 〈標準モデル:4,000クレド〉


 (……ギリギリ、出せる)


 決意して入店する。

 だが、カウンターに立つ販売員の視線は、明らかに軽く彼女を見下ろしていた。

 この服で来たのはちょっと不味かったかな?

 店主から買った中古のワンピースだった。結構な頻度で気回しているし、端はほつれていて、ちょっとばかしみっともない…かも。


 「…いらっしゃいませ。どんな商品をお求めですか?」

 「あの、表に出ている最新モデルのやつを、」

 「分かったわ。じゃあ保証とかもつけた方がいいわね?初期設定費用込みで……そうだな、6,800クレドでどう?」


 ノアは一瞬、呆気に取られた。

 あからさまな上乗せ価格。

 けれど、強く言い返す気にもなれなかった。


 「……確かに、こういう見た目じゃ、そう思われても仕方ないか」

 苦笑して、ノアは踵を返した。


 「すみません、また来ます」

 「冷やかしで来るならもうやめてね」


 店を出ると、強い昼の光が目に刺さった。

 ふと向かいの通りに視線をやると、

 緑に囲まれたガラス張りのカフェが目に入る。


 テラス席には笑い声が溢れ、

 白い皿の上では鮮やかなケーキが光を反射していた。


 (……すごいにぎやか)


 通りすがる人々の笑顔。

 甘い香りとコーヒーの湯気。

 ノアの胸が小さく鳴った。


 「……入ってみよう、かな」


 ドアを押すと、小さな鈴の音が響いた。

 店内は思った以上に混んでいて、

 案内係の店員が申し訳なさそうに言った。


 「申し訳ありません、只今満席でして……相席でもよろしいでしょうか?」


 「……はい」


 心の中でちょっとやだなと思ってはいたが、今更踵を返すのもなと思い返し、ノアはぎこちなく頷いた。

 案内されたテラス席には、すでに一人の女性が座っていた。


 顔を見た瞬間、息が止まる。


 「……ミナ、さん?」

 「……ノアちゃん?」


 二人とも驚きで固まった。

 周囲のざわめきが遠くに霞む。

 しばしの沈黙の後、店員の「こちらでよろしいですか?ご注文お決まりでしたらお伺いします」の声が現実を戻した。


 ノアは軽く会釈して、向かいの席に腰を下ろした。

 ミナも動揺を隠せないまま、メニューを開く。


 「……ケーキセットを」

 「私も同じもので」

 「はい、お飲み物はいかがいたしますか?」

 「アイスティーを、えっと2つ」

 「かしこまりました」


 注文が済むと、テラスに風が吹き抜けた。

 光が二人の間に置かれた水の入ったコップに反射し、木のテーブルにゆらゆらと模様を作る。


 「……偶然、ですね」

 ノアが恐る恐る小さく話しかけるとミナはふっと笑った。

 「ほんとに。まさかこんなところで会うなんて」


 また沈黙。

 ノアは視線をテーブルの端に落とした。

 何を話せばいいか分からない。


 やがて、ミナがゆっくりと口を開く。

 「……この前は、本当にありがとう」


 ノアが顔を上げる。

 ミナの瞳はまっすぐだった。

 「私、自分でも分かってた。あれは無茶だった。あなたが来てくれなかったら、ソーマも私も……」


 その言葉に、ノアは小さく息を飲んだ。

 「……無事でよかったです」


 ミナは首を振る。

 「あなた、こう言っちゃなんだけどほんと不思議な子だよね。誰かを助けたのに、よかったですで終わるなんて」


 ノアは戸惑い、わずかに笑った。

 「うまく、言葉が伝えられなくて」


 店員がケーキセットを運んできた。

 淡いクリームの層、フルーツの艶、

 テーブルが一気に華やかに彩られ、香りがふわりと広がる。


 ミナはフォークを手に取りながら、ふとノアの胸元を見た。

 「……それ、ハルカさんの?」

 ノアはネックレスを指でつまみ、頷く。

 「はい、制御が安定するらしいです」

 「へえ、似合ってる。……ハルカさん、嬉しいだろうな」


 少しの沈黙のあと、ミナが微笑んだ。

 「私にはハルカさんみたいなお礼はできないけど、

  もし何か困ったことがあったら、言ってね」


 その言葉に、言いようのないむずむずとした感じが迫り上がって、ノアはケーキに視線を落とした。

 「ありがとうございます」


 風が通り抜け、レゾナイトの欠片が光を返す。

 透明な石の奥で波が揺れた気がした。


 ふと顔を上げると、

 ミナがグラスを傾けて笑っていた。

 その笑顔は、あの旧都環層の闇とは正反対の明るさだった。

 そこで本当に心から、よかったと、そう思った。


 そこからどちらからともなく2人でぽつりぽつりと会話を交わす。

 ミナはフィールドワークが禁止されていて暫く休暇続きだと、メリアから聞いたことを本人からも詳しく聞いたり。

 今更だけど、ノアちゃんってメリアさんたちみたいに呼んでいい?とフランクに言われたり。

 ノアも休暇中で今日は買い物に来ていてポータの新機種を買おうとしている話をしたり。


 ――そして、思い出した。


 「あ……そうだ、服」

 ミナが瞬きをした。

 「服?」

 「私、服あんまり持ってなくて。

  興味もなくて、買うの付き合ってくれませんか…?」


 ミナの口角が上がる。

 「なるほどね〜、それが原因であの販売員に見くびられたのね」

 ノアは「う」と言葉を詰まらせた。

 「……ちょっとだけ、そうかもしれません」


 ミナがテーブルを軽く叩く。

 「じゃあ決まり! これから服、見に行こ!」

 「えっ、今!?」

 「今!」


 ノアは完全にペースを掴まれた。

 けれど、断る理由もなかった。

 カフェを出ると、瓦楽街の風が心地よかった。そう感じたのは初めてだろうか。


 ミナが慣れた様子で路地を抜け、

 「こっちこっち」と案内した先にあったのは、

 カラフルな看板のブティック《aer》。


 ショーウィンドウには街歩き用の服から戦闘対応のジャケットまで並ぶ。

 ミナが店員に声をかけ、ノアの肩を押す。

 「この子に合う服、見繕ってくれます?」


 「ちょ、ミナさん!?」

 「いいのいいの。こういうのは勢い!」


 試着室に押し込まれたノアは、

 次々と渡される服に翻弄されながら、

 鏡に映る自分を何度も見た。


 「……これ、なんか変じゃないですか?」

 「全然! むしろ可愛い!」

 「……ほんとに?」

 「ほんと!」


 そんなやり取りが何度も続き、

 気づけばノアの頬が少しだけ緩んでいた。


 最終的に選んだのは、

 落ち着いた白のブラウスにグレーのしっかりした生地のジャンパースカート。可愛い青の飾りボタンが付いていた。それに黒の実用的な編み上げブーツ。


 店内の照明が髪に反射して、黒の中に淡い灰の光が滲む。陽の下ではきっとアッシュグレーに見えるだろう。前髪が少し目にかかるたび、瞳の奥のグレイッシュブルーが光を拾って、どこか儚げに揺れた。


 「うんうんうん、本当によく似合ってる!お人形さんみたい!」

 ミナが満足そうに言う。

 ノアは鏡越しに自分を見つめた。

 少しだけ世界が違って見えた。


 「……ありがとうございます」

 「いいって。どうせ暇だったんだし」

 鏡越しに目があってお礼を言うと、ミナは軽やかに笑いながら手をパタパタと振った。


 店を出たとき、夕陽が街を橙に染めていた。

 風がワンピースの裾を揺らす。

 新しい布の感触が、少しだけくすぐったい。


 ノアは心の中で呟いた。

 (こんな時間、知らなかったな)


 戦うためでも、生き延びるためでもない時間。

 ただ、自分が“女の子”であることを思い出すような、

 柔らかな午後だった。



 くすぐったいような、知らない温かさが胸の奥に残る。


 そのままミナがノアの手を引っ張る。

 「じゃ、ついでにポータも見に行こっか。どうせ買うなら、私が付き合うよ〜」


 「……いいんですか?」

 「もちろん! この街のぼったくり販売員、放っとけないし!」


 ふたりで歩いた大通りは、夕陽のオレンジが差し込んでいて、

 瓦楽街の喧騒もどこか穏やかに聞こえた。


 再び足を踏み入れた《LINK ARK》。

 朝とは違い、客の姿も多い。

 だが、ノアの隣にミナがいるだけで、店員の態度はまるで別人のようだった。


 「ようこそ、スフィア認定ユーザー様。新型ポータでございますね?」

 「はい。こちらの子が購入します」

 「かしこまりました! こちら、限定カラーもございます!」


 ――朝は、あんなに冷たい目をしていたのに。

 ぺこぺこと頭を下げる店員に、ノアは苦笑した。


 (……人って、こうも変わるんだ)

 もう2度と、この店には来ないな。

 心の中でそう決めた。


 ミナが横で口元を押さえて笑っている。

 「ね、だから言ったでしょ? 一緒に来てよかったって」

 「……ほんとに、助かりました」

 「いいって。こういうのは助け合いでしょ?」


 ノアはポータを受け取ると、深く頭を下げた。

 「今日は、ありがとうございました」

 「こちらこそ。久しぶりにリラックス出来て私も楽しかったよ」


 店を出る前、ミナがふと立ち止まって言った。

 「ノアちゃん」

 「はい?」

 「もし気が向いたらでいいんだけど、ソーマに連絡してあげてほしい」

 さっきとは打って変わって真剣な目で私のことを射抜く。


 「?」

 「あなたに助けられたこと、結構気にしてるの。

  “年下の女の子に守られた”とか、“自分が何もできなかった”とか。あの子、真面目で正義感バカだから、放っておくと一生一人反省会しちゃうタイプなの」


 ノアは少しだけ目を伏せた。

 「……わかりました。気が向いたら」

 ミナが苦笑する。

 「はいはい、気が向いたら、ね」


 ふたりは笑って別れた。



 宿へ戻ると、部屋の中は夕陽の残光で淡く照らされていた。

 窓の外では、遠くの広告ホログラムがまだ輝いている。


 ノアはベッドの端に腰を下ろし、

 購入したばかりのポータをゆっくりと開封した。

 滑らかな金属の質感、画面を撫でると青い光が走る。


 《初期設定を開始します》

 《IDチップ認証完了》

 《データ移行開始》


 転送ログが次々と流れていく。

 ID、通信用コード、討伐記録。

 システム通信を終えたポータが、かすかに音を立てて再起動した。


 (……やっと落ち着いた)


 ベッドにもたれながら、ノアはスライド操作で登録リストを開いた。


 画面には、見慣れない数の名前。


 ――ハルカ。

 ――メリア。

 ――ソーマ。

 ――ミナ。

 ――“親” SERA KANZAKI

 ――DFマルク



 指先が止まる。

 (……こんなに、増えたんだ)


 数ヶ月前まで、知り合いと呼べる知り合いなんていなかった。暖かく笑い合う関係なんてわからなかった。


 今は違う。

 誰かと関わって、誰かに名を呼ばれて、

 ちゃんと自分がここにいることが繋がっている。


 ノアは小さく息を吐いて、画面を閉じた。

 胸の奥が、少しそわそわする。

 慣れない感情。

 でも悪くない。


 枕に頭を預けた瞬間、

 システムの画面が一度だけ微かに光った。


 《未確認の信号を受信しました》


 けれどノアは気づかない。

 まぶたの裏で、今日の光景が浮かんでは滲んでいった。


 

 そして、まだ知らない明日の音を楽しみに、ノアは今日もソワソワしたまま、小さく笑って眠りについた。



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