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インターナショナル・セレスティアル・アカデミー  作者: 鹿ノ内


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13.再会と温度 The Trace of Warmth



 扉をノックする音がしたのは、午後の光がカーテン越しに差し込んでいた頃だった。

 ノアは図書館で借りてきていた本を読む手を止め、ポータを確認する。

 〈訪問:メリア・クレイン〉――その文字を見て、小さく息を吸った。


 「……早いな」

 急いで上着を羽織り、扉を開けた。


 そこに立っていたのは、翠界フィールドで出会った女性――メリアだった。

 淡いベージュのジャケットの肩は上下に呼吸していて、あの連絡をした後から随分と急いでここまで来てくれたことがすぐに分かった。


 「やっと連絡着いた、ノアちゃん」

 メリアはほっとしたように笑う。

 その笑顔を見て、ノアは少し緊張がほどけた。


 「ハルカさんは?」

 「今は整備課の方でね。旧都環層の後処理と、

  討伐部隊の装備チェックでしばらく忙しいの」

 メリアはそう言って肩をすくめる。


 ノアは小さく頷き、部屋の中へ案内した。

 冷蔵庫からよく冷えた飲料水を2本持ってきて一つをメリアに渡した。

 「これしか出せないけど……」

 「十分よ。喉乾いていたの、ありがとう」


 メリアが椅子に腰を下ろすと、静かに息を吐いた。

 「まず、改めて言わせて。本当にありがとう。あなたがいなかったら、ソーマもミナも、あの子たちは……」


 ノアはカップを持ったまま、小さく首を振る。

 「私は、なにも」

 話を聞いて助けようとして行ったわけではない。偶々だ。偶然そこを通ったのが私だっただけで、誰にだって出来たことだ。


 「いいえ、誰でも出来たことじゃないわ。あなたが戦ってくれたおかげで、私たちはあの子たちを見つけられたのよ」


 メリアの声はやさしいけれど、どこか芯があった。その真摯な目にそれ以上謙遜するのは辞めることにした。彼女の言葉の続きを、ノアは黙って聞いた。


 「ソーマとミナは無事。

  今は装備の点検と自分たちの治療を優先してる。

  ただね、勝手に行方不明者を探しに行ったことで大層怒られて、今はほとんど“禁参勤”みたいな状態なのよ」


 ノアは思わず苦笑いした。

 「そりゃ怒られますよね」

 「当然よ。でも、あなたの話をしたらソーマが直接お礼を言いたいって。ノアちゃんが迷惑がるだろうと思って、一応は止めたから連れては来なかったんだけど、」


 メリアはポケットから小さなカードを取り出す。

 「一応、連絡コード。ソーマの。連絡するかしないかはノアちゃんが決めていいわ」


 ノアはそれを受け取り、そっとテーブルに置いた。

 「はい、お気遣いありがとうございます」


 「それと、報告があるの」

 メリアの声が少し真剣になる。

 「あなたが倒したアビス、そこに残っていた体内から、行方不明者の痕跡が見つかったの。銃弾よ」


 ノアは目を見開いた。

 「セントラル・ハルトが解析したところ、弾丸の材質と刻印が行方不明になっていた社員のものと一致した。さらに、ノアちゃんのはうちには登録してないから分からないけど、ソーマとミナの討伐データ座標から、本来マップには登録されていなかったステーションの存在も判明したの」


 ノアは静かに続きを聞いて促した。

 メリアは水を一口飲み、続ける。

 「その地点に突撃部隊が派遣されて、ステーションの奥で生存者が発見されたの。あのアビスから隠れて逃げ延びて、旧い宿舎だと思われるところに身を潜めていたらしいわ」


 ノアは、無言のままゆらりと揺れるペットボトルの水面を見つめた。

 胸の奥がじんわりと熱くなる。

 自分のしたことが、確かに誰かを救ったんだと、

 そんな実感がゆっくりと心の中に広がっていく。


 「……助けられたんですね」

 「ええ。あなたのおかげでね」

 メリアは穏やかに笑った。

 「それとね、あなたが倒したアビス、

  体内にレゾナイトをいくつも抱えていたみたい。

  討伐後の採掘班が、あのフィールドで

  “鉱脈反応が異常に高かった”って言ってたわ」


 ノアは首を傾げた。

 「そんなこともあるんですか?」

 「滅多にないわ。だからその分析もあって会社は大忙しよ。それでね、こんなんじゃお礼にもならないけどって、これ、ハルカから預かってきたものよ」

 メリアは笑いながら、ポケットから小さな箱を取り出した。


 ノアが箱を受け取り開けると、光が小さく弾けた。

 中には細い銀の鎖と、透明なレゾナイトの結晶がひとつ真ん中に配置された上品なネックレスだった。

 内部に淡い波紋のような光が揺れている。


 「……きれい」

 「制御安定度を上げるタイプのレゾナイトよ。あなたのコア、透明体でしょ?波の影響を受けやすいわよね。この鉱石がうまく共鳴さえすれば、負荷を抑えて不安定さも和らげてくれるはずよ」


 ノアはそっと指先で触れた。

 ポケットで眠るコアがトン、と小さく反応するのが分かった。


 「これ……ハルカさんが?」

 「ええ。整備課の人間だけど、こういう細工も得意なの。ソーマとミナもだけど、ノアちゃんもちゃんとした休息を取らないと、コアが悲鳴を上げるって言ってたわ」


 ノアは静かに笑って照れ隠しか目を伏せた。

 「最近似た様なこと言われました」

 「同感よ。私もノアちゃんのこと、なんだか放っておけないって感じがするわ」


 二人の間に、少しだけ心地の良い沈黙が流れた。

 外の風がカーテンを揺らす。

 ノアは小さく息を吐いた。


 「……こうやってゆっくり人と話すの、変な感じです」

 「そうなの?」

 「あんまり、仲良い人いなくて戦ってばかりだから」


 メリアはその意味深な言葉には突っ込まず、優しく微笑んで

 「戦ってる時のあなたも強く凛として素敵だと思う。けど、たまには休息を取るためにも私たちと会ってくれたら嬉しいわ」


 ノアは頷いて、そのまま少し俯いて笑った。

 胸の奥が、ほんのりと温かい。

 まるでこの部屋の空気ごと、心が柔らかく溶けていくようだった。


 外では夜風が吹き抜けていた。

 けれど、二人の間に流れていたのは――静かなこころの共鳴。


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