9.International Celestial Academy
夜。
宿の窓の外では、瓦楽街のネオンがかすかに明滅していた。
ノアはベッドに横たわり、銃を胸に抱いたまま、ゆっくりとまぶたを閉じた。
呼吸が、波に似ていた。
浅く、深く。
その境界が消えていく。
――沈む。
音が遠のき、視界が白に溶けた。
《――起動プロセス確認》
《メインサーバー、オンライン》
《プロローグデータを再生します》
機械の声。
目の前に光の粒が集まり、やがて文字の列を作り始める。
世界の果てに、空へと続く階段があるという。
そこを登り切った者だけが辿り着ける場所――《セレスティアル》。
雲より高く、地上の喧噪から遠く離れたその都市には、
選ばれた者しか入れない学園がある。
人々はそれを、敬意と畏れを込めてこう呼ぶ。
〈インターナショナル・セレスティアル・アカデミー〉。
各国の天才たちが集い、
未知のエネルギーを操る術を学ぶ場所。
その力は、世界の均衡を保つために必要不可欠――
けれど同時に、最も危うい“人の心”に触れるものでもあった。
誰かを信じること。
誰かを守ること。
そして、誰かを――愛すること。
それはこの学園において、
最も尊く、最も禁じられた行為だった。
私はまだ、その意味を知らなかった。
入学の朝、雲の裂け目から差し込む光の中で、
ただ息を呑んで、広がる空を見上げていた。
――ここから、何かが始まる気がした。
遠くで鐘が鳴る。
その音が、私の胸の奥を震わせる。
運命なんて、信じていなかったのに。
どうしてだろう。
あの空の向こうに、
まだ見ぬ誰かの瞳が、私を待っている気がした。
風が吹く。
制服の裾を揺らしながら、私は一歩を踏み出す。
光が瞬く。
翼の影が地面をかすめ、世界が淡く反転する。
その瞬間――すべてが、始まった。
INTERNATIONAL CELESTIAL ACADEMY
―恋と使命が交わる、天空の学園―
石畳を踏む音が、空の都市に響いた。
風の匂いが違う。地上では感じたことのない、
冷たくて、それでいてどこか甘い香り。
見上げれば、透明な塔がいくつもそびえていた。
陽光を受けて淡く輝くそれは、まるでガラスでできた神殿のようで――
私は思わず息をのむ。
ここが、《セレスティアル・アカデミー》。
空に浮かぶ学園。
世界中から選ばれた異能者たちが集う。
胸の奥が高鳴る。
憧れと、不安と、ほんの少しの孤独が混じったような感覚。
――ここで、私は何を見つけるんだろう。
遠くで鐘が鳴った。
その音に導かれるように歩き出したその時――
「……そこの君、こんなところで何をやっている?」
低く落ち着いた声が、背中に届いた。
振り返ると、日差しの中に立つひとりの青年。
黒いコートの裾が風に揺れて、光を反射する銀色のバッジが見える。
整った顔立ち。けれどどこか冷たくて、
鋭い瞳の奥に、深い何かを隠しているようだった。
「は、はい!今日から、その……」
「新入生だな?」
青年は私の胸元のバッジに目をやると、静かに頷いた。
「ここでは、迷子になっても誰も助けちゃくれない。
ただ、上を向け。空が見えてる限り、まだ道はある。」
そう言って、彼は歩き出した。
その背中がやけに遠く見えて、私は思わず声をかけていた。
「……あなたは?」
青年は一瞬だけ足を止め、
振り返らずに小さく答えた。
「ーーーー……」




