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インターナショナル・セレスティアル・アカデミー  作者: 鹿ノ内


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0 序章:ノイズの胎動(The Birth of Noise)



 2XX5年、世界は急変した。


 大地は震え、海は荒れ、空は裂ける。

 地震、台風、津波といった天災が、まるで約束されたかのように次々と世界を襲った。


 その異変は一過性のものではなく、実に八年程の歳月に及んだ。

 やがて天変地異は陸と陸を引き裂き、海の流れを掻き乱し、ついには自然の理そのものを歪めた。


 重力が変質し、天には大地が浮かび、海流が乱れ、海は割れ、地を分かち、島々が生まれた。

 陸は海に、海は陸に。


 ——世界が変わった。

 いや、人類が変わらざるを得なかった。

 新たな“進化”は、祝福ではなく淘汰だった。

 八年間の犠牲は甚大だった。死者十八億。行方不明六億。だがそれは、まだ少ないとも言えた。

 絶え間なく襲い来る災厄に、人々はただ耐えたのではなく、抗い、生き抜いた証でもあるのだから。


 当然、代償は大きかった。人口の激減に伴い、経済は瓦解。女性と子どもの急減による深刻な少子化。労働者の不足。生産地の崩壊。企業の連鎖的縮小。飢餓に喘ぐ地域は拡がり、金融は機能を止めた。


 それはつまり世界の終焉そのものだった。


 文明が立ち直るまでに、何百もの時が必要となった。人々はその時を、畏怖を込めてこう呼んだ。


 ——暗黒時代、と。


 ◇ ◇ ◇


「いいか、乃愛。これはお前が親になった時、必ず子へ伝えるんだ」


 父はその夜、いつもと違う声で私に語った。

 仕事で使うような、硬い言葉遣い。


 五歳の私にとって、それは重すぎる話だった。

 けれど父は真剣だった。

 歴史は繰り返す。ならば、繰り返さぬように人は問い続けねばならない。何を守り、何を変えるのかを。


 父の横顔は薄暗い照明に照らされ、いつもよりも険しく、少し怖かった。

 その夜の記憶は、忘れようとしても忘れられない。

 むしろ時間が経つほどに、ますます鮮烈に私の胸に刻まれていった。


 ◇ ◇ ◇


 やがて、災厄は天変地異に留まらなかった。


 “異形物体”——。

 後にアビス種と呼ばれる存在が姿を現した。

 その出現は唐突だった。

 黒く濁った霧のような塊が、ある日、街の片隅に芽吹くように現れる。形を定めず、呻くような音を発し、ただ生き物を喰らう。人の肉も、家畜も、植物も、家さえも。赤い血と黒い泥が混じったようなそれを啜り、際限なく膨れ上がっていく。


 人々は初め、その未知の存在が理解できなかった。

 それは地震や洪水のような意思を持たない“天災”ではなく、明確に我々に“敵意”を持った脅威だった。


 だが、その混乱の中で立ち上がる者たちがいた。

 滅びの真っ只中で、人々はひとつの異変と希望を見つけたのだ。


 天変地異の長期化によって、地磁気と大気の層構造が崩壊した。

 空気中の電子濃度が上昇し、すべての生物の神経に微弱な電流が流れ始めた。


 ある日、ひとりの新生児が、手の中に光る石を握りしめて生まれた。その石は心拍に呼応して淡く明滅し、やがて“宝石-コア-(Core)”と呼ばれるようになる。


 この現象は瞬く間に全世界で報告された。

 新生児の約一割が、生まれながらにしてその結晶を握っていた。それは胎内に流れ込んだ異常な電磁波が胎児の生体波と融合した結果とされる。


 コアは外界の周波数エネルギーを吸収し、人間の体内に新たに形成された器官フィルターを通して変換される。それによって、人は風を操り、電撃を生み、物質を分解・再構築する力を得た。


 人はそれを奇跡と呼び、神の恩寵と讃えた。

 だが、すべての個体がその力を制御できたわけではない。

 コアを持たずに生まれた者は弱者として蔑まれ、

 コアに適応できなかった者は精神を侵されて死に、

 コアを暴力的に使った者は体内のフィルターを壊して暴走した。


 その変化を良しとするか、悪とするか、それはただ神のみぞ知る。


 また、天変地異によって突如生まれた天空の大地——天空城。

 そこに降り立ち、人智を超えた力を振るい、アビス種を打ち倒す者たち。


 人は彼らを畏敬を込めて異能力者ヒーローを特殊天空防衛隊と区別して名前を付けた。


 空に浮かぶ都市は楽園の象徴であり、また最後の希望の砦。人類は歓喜し、そこに救いを見いだした。


 ——だが、それでも。


 世界は救われなかった。

 街は食い荒らされ、屍は積み上がり、空は晴れることなく曇り続けた。血と煤と絶望が混じり合い、黒と赤の大地だけが広がっていく。


 希望は確かにあった。

 だがその希望をも嘲笑うように、異形物体アビス種や他者のコアを奪い喰らう獣、マルファビーストたちが際限なく溢れ出した。


 そして


 誰に見られることもなく、瓦礫に覆われた街の片隅に、奇妙な光が走った。


 虚空に浮かび上がる、見たこともない文字列。

 赤黒いノイズを背に、無数の記号と数字が乱反射しながら縦横無尽に走る。


   >> SYSTEM ALERT  >> CORE ACCESS VIOLATION  >> ERROR CODE: 0x00A9_ABYSS/ROOT  >> STACK OVERFLOW…  >> RESPAWN: [INCOMPLETE]  >> USER: N……  >> INIT SEQUENCE_  >> INIT SEQUE――――  



 ビリ、と世界が軋むような電子音。

 文字列はそこで途切れ、残骸のように掻き消えた。


 ただ誰もいない瓦礫の街に、曇天のノイズだけが鳴り響いていた。


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