表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/54

第9話 ″不知火″ 揺らめく


 金ちゃんの言葉を聞いたカマキリはクククと喉を震わせると高笑いを始めた。


 侮蔑を込めた瞳で、金ちゃんを見下ろしながら呆れたように言う。


「ナニ言い出す思たら魂!? 笑わせるネ!! オカマ全員三文役者カ!? 気持ちで解決スル、そなの漫画の中だけネ!!」



 カマキリは壁と天井の角に張り付いたまま身体を左右に揺らして金ちゃんを迎え撃つ構えを見せた。

 

 頭上、背後、左右の死角を押さえて地の利を活かしたカマキリの位置取りは、素人目に見ても隙がない。

 

 その上、余った二本のアームが遠距離を担当し、それを掻い潜って懐に入った相手には両腕の鎌が襲いかかる二段構え……

 


 それに引き換え、金ちゃんに許された戦法は限られている。

 

 正面から攻め込み、襲い来る二本のアームを捌き、接近戦に持ち込んだうえで二本の鎌に打ち勝たなければならない。

 

 しかしそんな圧倒的に不利に思える状況でも、侍の目には恐れや焦りの色は微塵もなかった。

 

 紫のシャドウの奥に燃えるのは、己の(カタナ)を信じて止まぬ、狂気と紙一重の信念の炎。

 

 侍は刀を肩の上に構え、切っ先をまっすぐにカマキリの眉間に向けると、大きく股を割って地面を踏みしめた。

 

 焼け付くような緊張が一気に空気を張り詰める。

 

 するとカマキリの表情からも笑みが消え、二本のアーム高く掲げると、両腕の鎌を小刻みに左右に揺らし始めた。

 


 金ちゃんは前触れ無く後ろ足を強く蹴ってカマキリに突進していく。


 踏み込みの威力で床が砕けて破片が舞い散った。


 

 カマキリは目を見開くと二本のアームをミサイルのように放って金ちゃんの頭上から鋭い突きを見舞う。


 金ちゃんのうなじに切っ先が迫った。


 完全に金ちゃんを捉えたかに見えた切っ先は、なぜか金ちゃんの目の前の床に突き刺さる。


 しかしすぐさま二本目の切っ先が金ちゃんを襲う。


 今度こそチタン合金の刃が金ちゃんを捉えたかに思われたが不思議なことに二の矢も金ちゃんには当たらず、金ちゃんの背後の床に突き刺さった。



「忌々しい動きネ……」


 カマキリが吐き捨てた言葉でさくらは気づく。


 金ちゃんは速力を落とすこと無く、前後左右に陽炎のように揺れていた。


 両足にかかる体重の抜き差し、軸を支える強靭な体幹、緩急に耐えうるしなやかな身体が、変幻自在な重心移動を可能にする。

 

「名付けて……!! 漢女(おかま)流……女擬人(メギト)の型 ”不知火(しらぬい)”」




 ちょっとかっこいい……


 さくらの心の声がつぶやく。



 揺れ動きながら迫りくるオカマ侍を、次々とアームが襲った。

 

 蒸気を噴き出しながら、伸縮を繰り返す超硬度炭素繊維(ナノアラミドカーボン)のアームは、さながら追尾ミサイルから噴出される排煙のように縦横無尽の軌跡を描く。

 

 しかしその切っ先が金ちゃんを捉えることは遂になかった。

 

 連携が乱れ、アームの動きが重なった刹那を見逃さず、侍の刀が頭上に半円の閃きを描く。

 

 弾き飛ばされたアームが天井に突き刺さるや否や、金ちゃんは左足を高く振り上げ、全体重を乗せた剛腕の唐竹をカマキリに叩きつけた。

 

「むぅぅぅんっっ……‼‼‼‼‼」

 

 カマキリは咄嗟に両手の鎌を頭上に掲げて刀を受けたが、あまりの重たい一撃に受け切ることが出来なかった。

 

 肩に食い込んだ刃からは血に混じって金褐色の機械油(マシンオイル)が流れ出す。

 

 金ちゃんは勝負を決めようと自身の肩を柄に覆いかぶせるようにして、更に深々と刀をめり込ませた。

 

 

该死的ちくしょうがあぁっぁあああ‼‼‼‼‼」

 

 カマキリは叫ぶと壁に刺さったアームの一本を抜いて金ちゃんの背中に突き刺した。

 

 しかし金ちゃんは微動だにせずメリメリと刀を食い込ませていく。

 

「‼‼‼‼????? オカマ痛み無いアルか!? お前狂ってるカ‼‼‼⁉????」

 

 カマキリが半狂乱で怯えた顔を浮かべながら何度アームを抜き刺ししても、金ちゃんはそんなことは微塵も気にする素振りを見せずひたすらに刀に力を込めた。


 やがて刃は内部機関(サイバネシステム)の中枢にまで届き始め、バチバチと火花を散らせ始める。


「|白痴死得很快《馬鹿はさっさとくたばるネ》……!! 我很好(ワタシここで死ぬナイ)……!!」



 一本、また一本と機関部を破壊されたアーム達が、項垂れるように力を失っていく。


 魂を吐き出すように蒸気を吹き出し、とうとうアームはカマキリの身体を支えることができなくなった。



 地面に押さえつけるようにして、侍は男に覆いかぶさると、低い声で言う。



「機械の腕でどれだけ突き刺そうが、命の宿らぬ刃ではそれがしの魂に届きはせぬ……」

 

「ふざけるないネ……!! そんな馬鹿な話ナイヨ……!!」

 

 その時金ちゃんの刀が内部機関の中枢に触れた。


 バチ……と小さな音がして、カマキリのアームが全ての機能を消失する。


 それを確認すると金ちゃんは刀を引き抜いて鞘に仕舞った。


 

「まだやるってんなら、あんたも魂賭けなさいな……!! 見たとこ螳螂拳の使い手でしょう? 両手の鎌を使った真剣勝負なら、受けて立つわよ?」

 

 カマキリはギリギリと歯噛みしながら立ち上がると切られていない方の腕を構えた。

 

 金ちゃんもそれに応えるように柄に右手を添える。



 するとカマキリはニタリと嗤って言った。

 


「魂無くても殺せる命あるヨ……」

 

 そう言うなり、遠く離れたさくら目掛けて右手の鎌を振り上げた。

 

 金ちゃんはそれを見るなり、直ぐ様刀を逆手で抜刀し、やり投げのような構えを取る。

 


「お前のガキ道連れネ……!!」


 カマキリは叫ぶと右手の鎌を振り抜いた。


 回転しながらさくら目掛けて飛ぶ鎌を、金ちゃんの投げた刀が弾き飛ばす。

 

 すると丸腰になった金ちゃんを見てカマキリは勝ち誇った顔で襲いかかった。

 

 

「単細胞の馬鹿ネ……!! 刀無い侍怖くな……ぷぎゃっ」

 

 

 怒りの形相を浮かべた金ちゃんの掌底がカマキリの顎を打ち抜いた。


 金ちゃんは掌底をカマキリの顎に食い込ませたまま、勢いをゆるめる事無くさらに一歩足を踏み込む。


「おんどりゃぁあああ゙!!」


 気合の掛け声と共に、金ちゃんは肩を入れて無動作(ノーモーション)で掌底を追撃する。


 それは発勁と呼ばれる体重移動を旨とする体術に類似していたが、放った本人はそんなことは気にしていない。


 追撃を受けたカマキリの頭は壁の中にめり込み見えなくなった。

 

 壁に頭を突き刺さしたまま、カマキリは首から下をだらりとぶら下げ、ピクリとも動かない。

 


「何処までも救えない男……!! あんたは完全に婚活対象圏外よ!! 顔も見たくない!! シッシッ!!」

 

 金ちゃんは垂れ下がったカマキリに舌を出してそう言うと、さくらの方を振り向き、目を見開いて叫び声を上げた。

 

 

「ぎゃああああああああああああ……!! ちょっと!! それ!?」

 

 きんちゃんが指差した先では、先程弾いた鎌が突き刺さりパソコンが煙を上げている。

 

「どうしようさくら!? これ修理できんの!?」

 

 するとさくらは呆れたように自分のラップトップを開いて言った。

 

「金ちゃんが夢中で()()してる間に、とっくに権利書は取り返してるから」

 

 それを見た金ちゃんは嬉しそうにさくらをつついて言う。

 

「やーん!! さくら天才〜!! あんたって生意気だけど案外やるじゃな〜い!!」

 

「生意気は余計だし……!!」

 

 そう言って金ちゃんの指をはたき落とすさくらの頬は、わずかに桜色に染まっている。

 

「ついでに……近くの闇医者も呼びつけたから……」

 

 そう言ってさくらはスキンヘッドと眼鏡を指差しそっぽを向いた。

 


「あんた……もしかして眼鏡に惚れた?」

 

「はぁ……!? なんでそうなるわけ!? 馬っ鹿じゃないの!?」


 思わず金ちゃんを振り向きさくらが大声を上げる。

 


「じゃあもしかしてハゲちゃんの方!?」

 

「オカマって頭ん中どうなってるの!? 花でも咲いてんじゃないの!?」

 

「やーん!! やっぱりお花が似合うってことかしら!? あんたもちょっとは分かってきたじゃない!」

 

 

 さくらが言い返そうとしたその時、壊れた扉を潜り抜けて、白衣を纏ってサングラスをかけた白髪の老人が入ってきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ