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第51話 雑踏の孤独ニモマケズ

 

 貴様を屠る。


 そう宣言した侍を睨みつけるミスター劉のこめかみがぴくぴくと痙攣した。

 

「大層な口をきく……オカマのそういうところが実に気に食わん……」

 

 ミスター劉はそう吐き捨てると両肘にある龍の眼を開眼した。

 

 青い稲妻が両腕を通じて青龍刀に迸る。

 

 バリバリと稲光を纏った青竜刀を無造作に構えてミスター劉は首をかしげる。


 

「はっ……!! そういうところ? あんたにオカマの美学が一ミリでも理解るわけ?」 

 

 敵の流儀に倣うように右手に刀を握っただけの自然体で、侍はツカツカと躊躇いなくミスター劉に歩み寄りながら言った。

 

「美学? 男としても女としても半端な化け物にどんな美学がある? けばい厚化粧か? 男と見れば誰にでも尻尾を振って媚びる浅ましさか? 無い物ねだりの弱者の極みが大層な口を叩くことが……私は甚だ気に食わんのだよ……!? ああああ!?」



 そう叫ぶなりミスター劉は雷神の如く飛び出した。


「受け太刀不能の帯電した青竜刀だ……!! 半端者の弱者らしく、せいぜい無様に転げ回るがいい!!」

 

 振り抜いた大刀の太刀筋には雷が蒼い尾を引き、触れるもの全て無作為に焦げ付かせる。

 


 さあ……躱してみろ……?


 懐に飛び込んで来い……!!


 その時は雷来天の餌食にしてくれるわ……!!

 

 両雄(まみ)える一瞬の中で、ニヤリと笑ったミスター劉が見たのは、真っ直ぐに自分を睨めつける侍の鋭い眼差しだった。

 

 侍は右手に力を込める。

 

 氣と血が右手に集中し、膨張した筋肉と浮き上がった血管が、その太刀に宿る覚悟を物語っていた。

 

「ぬぁああああああああああああ……!!」

 

 侍は怒号を上げながら青く光る青竜刀を迎え撃った。

 

 激しい火花と共に、稲妻が散る。

 

 身体を駆け巡る電撃にも怯まず、侍は両手で刀を握りしめた。

 


「オカマが半端!? もういっぺん言ってみろ!! こんちくしょうがぁぁああああああ!?」


 

 侍の渾身の一撃をミスター劉は咄嗟に青龍刀で受け止めた。

 

 ギャリギャリと音を立てて、刀が青龍刀の腹に爪痕を刻む。

 

「馬鹿な!? なぜ電撃が効かない!?」

 

 思考が追いつかないミスター劉を置き去りに、侍は被雷するのも構わず次々と斬撃を繰り出していく。

 

 嵐を思わせる猛烈な太刀筋の中には侍の纏う金色の氣が吹き乱れていた。

 

 春雷の如き鮮烈な光が、刃が触れ合う度に暗い部屋を照らし出す。

 

 ストロボのように瞬間を切り取る閃光に照らされた漢女侍(オカマザムライ)が、モノローグのように言葉を紡いでいく。

 

「あんたみたいな下衆に言われなくてもね……自分がどういう存在かなんて……こっちは痛いほど理解ってんのよ……!!」


「それでもねえ……!! スワン達はっ……!! 愛されようと……毎日必死で……!! 《《生きてんのよ》》……!!」



 力強い言霊と共に放たれた剛剣がミスター劉の青竜刀の一振りを弾き飛ばした。


「ちぃいいいいっ……!!」



 ミスター劉は残された一振りを両手で握る。


 一振りに集約された強大な電圧で、青龍刀が赤く熱を孕んだ。


「一極集中で倍増された雷で……消し炭になるがいいわぁぁ……!!」



 鋭い横薙ぎを侍は地に伏せて躱すとそのまま脛を狙って地を這わせるように刀を滑らせた。


 咄嗟に跳んでそれを躱したミスター劉の鳩尾(みぞおち)に侍の肘打ちが突き刺さる。


「かハッ……!?」


 呻き声をと共に、肺の空気を根こそぎにされたミスター劉は、たたらを踏んで後退した。


 好機を見てとった侍は、刀に全身全霊を注ぐ。


 同時に眩い黄金の光が刀身を包んだ。


「綺麗……」


 誰かの誇りを守る為に振るわれるその刃は、さくらの目に強く、優しく、美しく焼き付いた。



 そしてそれは、対峙するミスター劉の目にもしかと焼き付けられていた。


 ミスター劉は青竜刀を握る自身の手が、微かに震えていることに気付くと、歯ぎしりして剣を振るう。



 雷に燃える大刀を捌くと、再び侍が攻めに転じる。


 焼かれ、焦がされ、皮膚が裂け、それでも攻撃の手を緩めぬ侍に、とうとうミスター劉は恐怖した。


「ば、バケモノ……!?」


 受け太刀しながらジリジリと後ずさるミスター劉に、漢女侍の言葉までもが、尋常成らざる圧を背負って迫りくる。



「オカマはね……!! いつか……!! 本当の自分を……!! 丸ごと愛してくれる……!!」


「そんな人が現れる……!! そんな日が来るって信じて……!!」 


「雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雑踏の孤独ニモマケズ……来る日も来る日も……泣け無しの女ぁ……磨いとるんじゃあああああああ!!」


 真下から逆風(さかかぜ)に斬り上げた刃が、青竜刀を跳ね上げた。


 侍は天高く昇った刀の刃を返し、顔の横にそっと構え直す。


 その姿に罪人の首を刎ねたとされる、御試御用の姿が重なり、ミスター劉の顔が歪む。


「御免……!!」


 大刀の背に左手を添え頭上に構え、来る一撃に備えたミスター劉だったが、侍の剣は青竜刀を真っ二つに切り裂いた。


 驚愕するミスター劉の額から顎には新たな刀傷が刻まれ、鼓動に合わせて血を吹き出していた。


 侍は男を睨みつけたまま、ゆっくりと刀を鞘に仕舞い、同時にパチ……という鍔鳴りが静寂に響く。



「勝負は決した。いかがなさる……?」



 ワナワナと震えながら俯くミスター劉の顔面から、ポタポタと血が滴り、大理石の床に血溜まりが広がっていく。


 ミスター劉は切っ先を失った青竜刀を脇に放おって顔を上げ、叫んだ。




「焼け焦げろぉおおおおおおおお……!!」



 得物を失ったミスター劉が胸の眼を開眼する。


 至近距離で放たれた最大出力の雷を前にしても、侍は微動だにせず、深く落とした腰から居合を抜いた。


 それは黒澤の脱力から放たれる居合とは異質極まる、踏みしめた地面を力に変える豪の居合。



「雷如きがなんぼのもんじゃい……!! ぬしは、決して踏んではならないオカマの地雷を踏んだ……!! オカマの覚悟は……嵐も荒波も……常識さえも越えて征く……!!」


漢女流(オカマりゅう)……!! 男魂(だんこん)の型……!! ”地雷勁”……!!」

 

 

 摩天楼全ての質量を抗力に変えて解き放たれる、黄金の氣を纏った爆裂の剣は、稲妻諸共ミスター劉の胸の瞳を切り裂いた。



 鮮血が飛び散りミスター劉が膝を付く。


 それと同時に駆け出した黒華(ヘイフォア)が、机の引き出しから何かを抜き取った。


 ミスター劉は口からゴボゴボと血を吐きながら黒華(ヘイフォア)の方を振り向く。


 黒華は示し合わせたようにミスター劉に何かを投げた。


 その正体を見たさくらの血の気が引く。





「金ちゃん……!! 回復薬……!!」

 


 そう叫んだ時にはミスター劉の背中にシリンダーが刺さっていた。

 

 沸騰するように傷が癒えると同時に、ミスター劉は黒華に向かって叫んだ。

 

「《《そのガキを殺せ》》……!!」

 


 コクリと頷いた黒華が電気椅子のレバーに手を掛けたその時、侍が投げた刀が地面のケーブルを切断した。


 

「残念……!! ケーブルからの電気で動く、昔ながらのポンコツなんでしょ?」

 


 ニヤリと笑う金ちゃんに、ミスター劉も満面の笑みで応えて言う。

 

 

「ポンコツは貴様だ……!! 情にほだされ刀を失くした侍など……私の敵ではないぃいいいいいい……!!」

 

 ミスター劉の雷を纏った貫手が、侍の肩に深々と突き刺さる。



「金ちゃぁぁああああああん……!!」


 さくらの絶叫が響く中、電流で硬直する筋肉を無理やり動かし、侍は懐に手を差し入れた。

 

 

「サヨナラ……(リュウ)青龍(チンロン)……!!」

 

 そう囁いて、侍は懐から取り出した何かをミスター劉の首に刺した。

 

 

 カシュ……

 

 小さな音がした。

 

 ミスター劉がゆっくりと自身の首に目をやると、そこには回復薬のシリンダーが刺さっている。

 

 

「な……に……!?」

 



 ボコボコボコ……

 

 不気味な音が部屋に木霊した。

 

 それはミスター劉の細胞が泡立つように異常な増殖を繰り返す音だった。

 

 メリメリと音をたて肥大した筋肉が、ミスター劉の皮膚を突き破って、醜く真っ赤に膨れ上がった肉塊へと姿形を変えていく。

 

「ば……ばきゃなぁあ……!? きょ…んな……きょんなはじゅでは……!?」

 

 内臓を圧迫し、気道を塞ぎ、それでも細胞の増殖は止まらない。

 

 激しい痛みと異常な再生を繰り返しながら、膨れあがるミスター劉が黒華に振り向き何かを叫んだが、もはやそれは言語の体を保っていなかった。

 

 

「ばじゅる……げっテロ……へ……ぴぎ……」


 やがて限界を迎えた肉体が、弾けて肉の花火となり、そして散った。



 侍はさくらのもとに歩み寄り、拘束を解くと刀を手にして黒華に向ける。



「次はあんたが相手なわけ?」


 すると黒華はクスリと嗤って首を振った。


 ゾッとするほど美しい笑みに、さくらは思わず息を呑む。


「いいえ。電話をかけても? あなた方のお仲間に差し向けた従者に、戦闘を止めるように指示を出さなくては……右猴……左猴……引き上げよ。サヨナラお侍さん。御機嫌よう」


 そう言って手を振りながら、黒華は闇に溶けるように姿を消した。

 

 それを確認した侍は大きく息を吐いてどさりと倒れ込むと、大の字になって天井を仰ぐのだった。

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