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第5話 さくら萌ゆ


 ズンズン前を征く金ちゃんを追いかけさくらが言う。


「ちょっと……!! 待ってよ!! ほんとに行くの!?」


漢女(オカマ)に二言は無いのよ!! あんたも危ないからみんなと待ってなさいな」


 さくらはわずかに俯くと、意を決したように金ちゃんの前に踊り出た。

 

 金ちゃんの行く手を遮りさくらが言う。

 

「わたしも行く……!!」

 

「お黙りションベン娘!! 何言いだすかと思えば……今からマフィアと喧嘩すんのよ? あんた意味分かってんの!?」

 

「そっちこそ意味分かってないし!! 今の権利書はほとんど電子書類で厳重にセキュリティがかけられてるんだよ!? 金ちゃんパソコン出来んの!?」


 思いがけないさくらの気迫と言葉に、思わず金ちゃんは言葉に詰まった。


 それでもなんとか体勢を立て直して言い返す。


「ぱ、パソコンくらい出来るわよ……!? ワープロ……で……文字書いたりでしょ?」



「全っ然、話になんない!! そんなんじゃ絶対権利書取り返せないから!!」


 腕を組んで金ちゃんを睨みつけながらさくらは続ける。


「わたしの隠れ家にラップトップがあるから!! まずはそこに寄るから!!」



 そう言って前を歩き出したさくらに金ちゃんが叫んだ。

 

「待ちなさい《《さくら》》……!!」

 

 不意に名前を呼ばれたさくらは驚いた顔で振り返った。

 

 すると真剣な目をした金ちゃんがこっちを見つめている。

 

「あんたを荒事に巻き込む気はないの!! それにあんたがそこまでする必要無いわ!!」


 さくらはしっかり身体ごと振り返ると、金ちゃんの目をまっすぐに見つめ返して言った。




白鳥(スワン)の人達には服の世話してもらった!! それに……」



「それに何よ?」



「一宿一飯の恩……返さずに逃げたらダサいんでしょ?」

 

 少しバツが悪そうな顔で自分を睨む娘の姿に、思わず金ちゃんの口角が上がる。

 

 しかしそれを誤魔化すように、金ちゃんはさくらを指差して叫んだ。

 

「生意気……!! あんた生意気過ぎ……!!」


「はあ!?」


 さくらが言い返した次の瞬間には、金ちゃんがさくらを抱きかかえて駆け出していた。


「でもその心意気……気に入ったわ!! さっさと道案内しなさい!!」

 


「……さっきの角を左……」

 

「……先に言いなさいよ……」

 

 金ちゃんはピタリと足を止めて、もと来た道を引き返した。

 

 

 違法建築と違法増築が繰り返され迷路のように曲がりくねった裏路地を、右に左に折り返しながら抜けていくと、一軒の廃ビルに行き当たる。

 

 そのビルの地下駐車場跡、かつて消化用のホースが格納されていたであろう赤く塗られた四角い鉄の扉の奥に、さくらの隠れ家はあった。

 

 人一人が横になれる程度のスペースに、携帯食料と毛布、充電式のランプとシルバーのラップトップが一台あるだけの秘密基地。

 

 それを見た金ちゃんは一瞬固まり、ふう……と小さな溜め息をつく。


 それとは対照的にさくらは安堵の溜息を漏らした。

 

「よかった……誰にも荒らされてない」

 

 そう言ってさくらはラップトップを開くとカタカタと何かを打ち込み始めた。

 

「何やってんのよ?」

 

「相手の規模とアジトを調べてるの……中華マフィアであの辺りを買収してる奴等だから……あった! こいつらだ!」

 


 そう言ってさくらは画面を見せた。

 

 そこには構成員達の顔写真が一覧で表示されている。

 

「あー!! これ!! あの日来た奴等じゃない!?」

 

 金ちゃんは眼鏡の男とスキンヘッドを指差して言う。

 

「当たり前じゃん……そのデータ探したんだから……」

 

「あんたって……ひょっとして天才なわけ!?」

 

 肘で小突こうとする金ちゃんを無視して、さくらはさらにデータを収集する。

 

「あいつらは蟷螂會(とうろうかい)っていうらしい……構成員は二十人くらい……権利書もまだ蟷螂會の管理下にあるっぽい……!」

 

「あんたそんなことまでわかんの!? もしかしてこっから権利書盗めたりするわけ?」

 

「それは無理。今どき資産をホットウォレットに入れとく馬鹿なんているわけないじゃん。事務所にあるコールドウォレットに直接アクセスしないと……」

 

「何言ってるかワケワカメよ!! 分かるように言ってちょうだい!!」

 

「二人で事務所に乗り込むしか無いってこと!!」

 

「場所は?」


「南町地区の裏路地」


 そう言ってさくらはラップトップを閉じるとリュックに仕舞った。

 

「どうする……? 夜中に侵入するとか?」


 さくらが言うと、腕組みした金ちゃんがさくらを睨んで言う。 


「お馬鹿。そんなの待ってる間に権利書売っぱらわれたらどーすんのよ!?」

 


 そう言うなり、金ちゃんはさくらを背負って駆け出した。

 

 草履がアーケードにめり込んでメキメキと音を立てる。


 弾丸のように飛び出した金ちゃんにしがみつき、さくらはこの2日間で何度目とも分からぬ悲鳴をあげた。


 夜とは打って変わって人のまばらなNEO歌舞伎町を、少女をおぶった大漢女が疾風迅雷に駆け抜けると、程なくして目的の事務所が見えてくる。


 黒地に金の透かし彫をあしらった、趣味の悪い看板は、照りつける太陽を反射してギラついていた。



 蟷螂會の事務所へとまっすぐ伸びる直線で、さくらは金ちゃんに向かって叫んだ。


「作戦は!?」


 すると金ちゃんが背中のさくらに振り返り不敵に笑う。


「オカマに作戦は無用よ……? 正面切ってカチコミじゃい……!! さくら!! しっかり掴まってるのよ!!」

 

「はあぁぁあああああ!?」

 


 ウトウトと暇そうに入口に突っ立っていた若い衆は、金ちゃんの立てる地鳴りの音で飛び起きた。


 見ると濃いアイシャドーをして汚い無精髭を生やしたオカマ侍が鬼の形相でこちらを睨んで駆けてくる。

 

「な、なんだ!? バケモノ!?」

 

 思わず口走った声はしっかりオカマの耳にも入っていたようで、オカマは妖しく微笑んだかとおもうと青筋を立てて怒声をあげた。

 

 

「誰がバケモノじゃおんどれぇぇぇええ!? それがしの名は金剛武志……!! ママへの忠義を果たすべく罷り越し(そうろ)おぉおおおおおお……!!」

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