第47話 死亡遊戯
す……すごい……
黒華は思わず息を飲んでそう思った。
ミスター劉と互角に切り結ぶなんて……
一体何者なの……この侍は……?
「貴様の覇道とやらは幕引きと心得よ……劉・青龍……!!」
侍が口上を宣うと、ミスター劉は壁に掛けた二本の青竜刀に手を伸ばした。
「侍風情が……大層な口をきく……実に不愉快だ……不愉快極まりない」
柄に赤い房を垂らした大ぶりの得物は、青緑色の妖しい光沢を放っており、一方の刀身には閉口した龍が、もう一方の刀身には開口した龍の紋様が描かれていた。
「貴様はこの大刀・双青龍で達磨に仕上げて、死ぬまでここに飾ってやる……」
「《《ソウロウチンポン》》だが何だか知んないけど……今から死合う相手に刀の自慢? あんた……ごちゃごちゃうるさいわよ?」
ぴき……
空気に罅が走った。
しかしオカマはお構いないし煽り続ける。
「早漏自慢なら、そこの愛人にでもしてくれる? あたしはあんたみたいなのタイプじゃないの」
刹那、侍の首目掛けて左右から青龍刀の青黒い閃きが襲いかかった。
疾い……
侍は上体を仰け反らせてそれを躱すと、素早く柄に手を掛ける。
しかしミスター劉は半身を捻り、左腕に溜めを作ると、そこから再び横薙ぎへと繋げ抜刀を許さない。
大陸特有のしなやかな身のこなし……
巨体を活かした攻撃力と、練り上げられた流麗な型が、大きな体の不利を完全に補っている……
「ハイィィィイイイイイ……!!」
刃を躱す侍を、突如強烈な前蹴りが襲った。
なんとか躱したその蹴りは壁を突き破り、巨大な風穴を作り出していた。
体術も一級品ってわけね……
「抜かせはせんぞ……?」
足を穴に掛け、ミスター劉は身体を浮かせると、そのまま風車のように回転し大刀の連撃をお見舞いした。
ガリガリと地面を抉り取る無数の斬撃を転がるように躱し、侍が言う。
「早漏とか抜くとか……あんた溜まってんじゃない? ……のっ……!!」
侍は鞘に納まったままの刀を回転する刃の隙間に叩き込んだ。
火花が散り、ミスター劉の回転が止まる。
両者は互いに相手の動きを封じつつも、鼻が付きそうな距離で睨み合っていた。
密着した鞘が青竜刀から離れぬよう、侍は二刀を巻き込むようにして力を込める。
やがて妖艶な笑みを浮かべたオカマザムライは、柄を歯噛みし、ゆっくりっと刀を鞘から抜いて鯉口を切った。
まるでアイシャドウと揃えたかのように、淡い紫味を帯びた刃紋が覗く。
妖しい光を放つ刀身に、侍の眼が映り込む。
ここまでの緩かな動作が嘘のように、侍は鮮烈な緩急をもってして鞘から両手を離した。
拮抗する力が消え、ミスター劉が姿勢を崩す。
侍は宙に浮いた刀から直に抜刀すると、高々と上段に構えた刃を返し、袈裟掛けに振り抜いた。
思わず飛び退いたミスター劉のスーツがハラリ……とはだけ、侍はニヤリと口角を上げる。
対するミスター劉の表情からは怒りの色が消えていた。
一刀を地に突き立て、切られたスーツを破り棄てると、首をボキボキと鳴らし、肩甲骨を回転させる。
地面の刀を抜くと、半身を引き、両腕を大きく開いて吠えた。
凍てつくような殺気に空気が震えあがる。
一刀を後方斜め上に流すように構え、もう一刀を侍の喉元に向けた構えは、さながら巨大な龍を思わせた。
対する侍は、地に深く腰を沈ませ、右肩の上に構えた刀の切っ先を斜め左下に滑らせる。
二人は、前に構えた足を軸に、後ろ足で地を擦りながら、ずり……ずるり……と時計回りに円を描いて睨み合っていた。
僅かな位置取りの変化から、両者の構えは移り変わっていく。
目にも止まらぬ速さで、侍は峰に手を添え、刀を下段に構え直した。
呼応するように、ミスター劉も腕を伸ばし、二刀を並行に構えて迎撃の構えを見せる。
探り合いの末、先手を打った侍は峰に手を添えたまま、下段からの突きを放つ。
脇腹に迫る切っ先を、青龍刀の腹で受けると、ミスター劉はもう一方の剣を振り上げた。
侍は切っ先を起点にして、振り下ろされる刃を鍔近くで受け止める。
微妙極まる力の掛け方、重心の位置、刃の角度……
そのどれを誤っても致命的な結果が待ち受ける。
死亡遊戯の様相は、徐々に激しさを増し、速度を上げて、二人の猛者を奈落の底へと誘っていく。
二人が激しく切り結ぶにつれ、床に丸い円が浮き上がっていくのにさくらは気付く。
広い部屋の中、僅かな空間で戦う二人。
そこに渦巻く濃密な時に、介入できる者など、誰一人としてそこに居はしなかった。




