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第37話 言成りて誠と化す

 

 片膝を付いて刀に身体を預ける侍の眼前で、腐果老の脳味噌が鵺の額に染み込んでいく。


 びくんびくん……と肢体を跳ねさせながら、鵺の巨体が再び立ち上がった。


 狒狒(ひひ)の顔には満面の笑みが浮かび、黄ばんだ牙の並ぶ口元からは悪意が悪臭となって立ち上る。


「カーッカッカッカッ!! 形勢逆転じゃ!! よもや《《毒》》の回ったその体では、鵺と融合した儂を倒すことなど万に一つも叶うまい!?」



 それを聞いたさくらは金ちゃんに目をやり叫んだ。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

「毒!?」


「心配ないわ……ちょーっと手が痺れて目が霞む程度よ」


「痺れて霞むとかヤバいじゃん!?」


「カーッカッカッカッ……!! 目が霞む程度じゃと!? 儂の唾液に含まれる毒はインド象を一瞬で麻痺させる代物……全くもってオカマの生命力は恐ろしい……!!」

 


「お黙り口臭猿顔ジジイ!! あんた……喋る度に臭くてたまんないのよ!!」


「なんじゃとぉおお……!?」


 金ちゃんはフラフラと左右に揺れながらゆっくりと立ち上がる。


 

「自分が優位に立ったと思った時だけペラペラと……あんたの言葉には一欠片の(まこと)も宿ってナッシング……!!」


 

 手ぬぐいで刀を右手に巻き付けた金ちゃんが、きつく縛り上げるために手ぬぐいを噛み締めた。

 

 その姿から立ち上るは戰場(いくさば)に立つ修羅の《《にほひ》》。

 


「あんたの言葉に宿ってるのは弱者をいたぶる優越感と、我が身可愛さから沸き立つ臆病者の小物臭……」


「クサイったらありゃしない……!! ”誠” っていう字はね……”言葉が成る” って書くの。あんたの吐く言葉はどれも何にも成りゃしない……!!」



 侍はそっと刀に両手を添えて金色の眼を滾らせ白い息を吐き出した。


 

「かかってきなさい口臭猿顔ジジイ……一刀のもとに沈めてあげる……誠の宿った言葉の重み……とくとその身に刻んでくれよう……」

 

 

 腐果老の顔から表情が消えた。

 

 ガチガチと牙を噛み合わせる口からは赤い炎が立ち上る。

 


「殺すなとの命令だったが……気が変わった……」

 

「貴様はここで殺ぉおおおおおおす……!!」



 腐果老は叫び声と同時に身体を反転させ大蛇の尾の横薙ぎを見舞う。

 

 と見せかけて……

 

 先程すでに切られた尾は侍の鼻先を掠めただけだった。

 

 この遠心力たっぷりの右腕こそが本命よ……!!

 

 高々と振り上げた虎の巨腕が爪を光らせ侍に襲いかかった。

 

 痺れてまともに動けぬ貴様に、この一撃を防ぐことなど出来ぬ……!!

 


「儂の勝ちじゃぁぁあああああああ!!」

 

 勝利の雄叫びをあげる腐果老の耳に、小さな囁きが聞こえた気がした。

 


 ……いかに虎の剛腕を振るおうとも、舞う花びらを捉えること能わず……

 


 ぞくりと悪寒が背中を駆け抜け、砕け散った地面に視線を移す。

 

 そこには捉えたはずの侍の姿はなく、かわりに目に飛び込んできたのは驚き目を見開く少女の姿だった。

 

 

 腐果老は咄嗟に少女の視線の先を辿った。


 薄闇の中に閃く太刀の瞬きに次いで、舞い上がった侍の輪郭が浮かび上がる。

 

 闇の中に光る金色の眼と視線が重なり、腐果老は思わず絶叫した。

 

 

「うわぁっぁあああああ!! く、来るなぁあああああ!!」

 

 

 鵺の口から炎を吐き出し侍を迎え撃つ。

 

 しかし奥の手に隠し持った灼熱の炎ですら、侍の眼光が放つ黄金の光りには敵わなかった。


「ひぃぃいい……!?」

 

 スネ毛が焼け焦げるのも構わずに炎を突っ切って迫りくる侍に、腐果老は小さく悲鳴を上げる。



 侍は振り上げた刀に氣を込め、腐果老をまっすぐに見据えた。

 

 さくらはその時、黄金色の波動が刀身から溢れ出すのをつぶさに見て息をのむ。

 

 

「これが誠の宿った言霊の重みじゃぁああああああ……!!」

 

漢女流(おかまりゅう)……!! 女擬人(めぎと)の型……!! 宣候(YOU★SORO)!!」

 


 落下の勢いを乗せた斬撃に黄金の波動が重なり合う。

 

 太刀の長さとは明らかに不釣り合いな眩い閃きが、鵺の身体をすり抜けていく。

 



 侍は着地すると同時に鞘の鯉口に峰をすべらせた。


 炎すらかき消すほどの眩い光りを放つ刃が、パチン……と音をたてて鞘に収まると同時に、鵺の身体がずるり……と二つに分かれて崩れ落ちる。

 

 

「ばきゃな……わちの……わちの《《せんじゅちゅ》》が……」


 右脳と左脳に分かたれた腐果老に向かって侍は目を細めると、背を向けさくらの方へと歩き出す。

 

 

「来世があるなら、頭より(こころ)を磨くことね……行くわよさくら!!」


 ふらつく金ちゃんに肩を貸しながら、さくらが恐る恐る呟く。

 

「トドメ……刺さないの……?」


「あんたの言う通り、あたしの仕事じゃない。ってね……直接恨みを晴らしたい奴らが、此処にはいっぱいいるわ」




 取り残された腐果老の周囲を、屍達が取り囲んだ。

 

 機能が完全に停止した鵺の身体はピクリとも動かない。

 

「おまえしゃし……!! わちを助けりょ……!!」


 腐果老の言葉に屍達は首を傾げて互いの顔を見つめ合った。


 二つに分かれた脳味噌では、屍達を操るための念波も増幅することが出来ず、脳だけになった腐果老は文字通り手も足も出ない。

 

 屍の一人が手を伸ばした。

 

 柔らかいババロアが崩れぬよう、壊れぬよう、そっと……

 

 ではなく、力任せに手を伸ばす。

 

「やめりょ……!! 丁寧に……!! て……ててて……いにぇ!?」

 


 ぶりゅん……

 

 腐果老の意識が意味不明な音色を奏でる。

 

「うへへへへへへへ?」

 

 妙な多幸感が脳内を埋め尽くす。

 

 屍達が脳を貪る様を笑って眺めていると、今度は途轍もない恐怖に脳細胞が悲鳴を上げ始めた。

 

「やめりょろろろおろっっろろ!? 食う食う食う食う食う食べるなななな……!!」

 


 儂の叡智の結晶が……


 集積した知識の集大成が…… 


 消えていく……

 

 薄汚い屍の餌になって消えていく……

 


「あああああああああああああああああ」

 

 腐果老の断末魔は誰に聞かれることもなく、ぐちゃぐちゃという咀嚼音に掻き消され、薄暗い通路に消えていくのだった。

 

 

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