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第21話 外は地獄、中は暗闇


「このシステムには穴がある……!! 初期設定で登録できる指紋数に制限がないんだ……!!」



 さくらは管理者権限の隙を突いて新たな指紋登録枠を増設する。


 ドアロックのスキャナに自身の手をかざし、増設された枠に自身の指紋をインプットした。


「これでいけるはず……!! ほら開いた!!」



 小気味よい音とともに強化ガラスの自動扉が口を開いた。

 

 大袈裟に褒める黒澤にさくらが苦笑していると背後から聞き慣れた暑苦しい叫び声が聞こえてくる。

 

 集中していて気付かなかったが、辺りにはどどどど……と地鳴りまで響いていた。

 

「さくらあぁぁぁああああ……!! さっさと中に入んなさぁぁああああい!!」

 

 振り向いたさくらはギョッとした。

 

 恥も外聞もかなぐり捨て、腕を振り回しながらガニ股で走る全開のむさ苦しい漢顔が二つ、もの凄い勢いでこちらに迫ってくる。

 

 その背後には中毒者の群れが、ゾンビ映画さながら津波のような濁流となって押し寄せていた。

 

「こいつら……!! ボスがいなくなって……!! 褒美欲しさに見境がなくなっちゃったのよぉおおお……!!」


 


「やば……」

 

「お嬢早く中に!!」

 

 慌ててラップトップを仕舞うと二人は建物の中に駆け込んだ。

 

 次いで雄叫びを上げながらラストスパートをかけた二人がヘッドスライディングの要領で飛び込んでくる。

 

 同時にさくらは開閉ボタンを拳で叩いた。

 

 シュン……と音を立てて閉まったガラス戸に無数の中毒者がぶつかってくる。

 

 どた……びた……と次々に押し寄せるジャンキー達の圧力で強化ガラスの扉が(たわ)んだ。



「強化ガラス……割れないよね……?」


 さくらが引きつった声を出したのと同時に最前列で押しつぶされたジャンキーの顔がめりめりと音を立て始めた。

 

「見るな!」

 

 そう言って金ちゃんはさくらの前に立ちサッと目を覆う。

 

 水気を帯びた音がして、硝子よりも先に人が爆ぜた。

 

「早よ行ったほうがええ……奴等にとって、わしらは目の毒やさかい……」


 鰐淵の言葉で一行は歩き出す。


 いつしか阿鼻叫喚の地獄と化した外に背を向け、四人は建物の奥へと進んでいった。

 

 

 

 ⚔

 



「ほう……誰も死なずに中に入ったか……思ったよりも優秀だな。お前の店のオカマ侍は」



 椅子に拘束された小梅ママの隣で紹興酒を壺ごと煽りながらミスター劉が呟いた。


 全面のガラス張りの窓からは薄汚れた青龍街と、その向こうに広がるNEO歌舞伎町の夜景が滲む。



 摩天楼の最上階に位置するこの部屋には、ミスター劉の怪しい《《コレクション》》が居並ぶ。


 黒い大理石の床は、金箔の目地で区切られたタイル状になっており、その床の上に様々な骨董品とアンティークの数々が整然と置かれていた。



 その中の一つ、古びた金属製の椅子に小梅ママは拘束されていた。


 頭上には不吉な予感を漂わせる電線付きのヘルメットが備わった拘束椅子。


 椅子の横に置かれた装置にはレバーが付いており、ミスター劉は先程から何度もそれに指を這わせては残酷な含み笑いを浮かべていた。


 

「ふん!! あまりあのオカマを舐めないことだね……!! ふんぞり返ってられるのも今のうちだよ!!」

 

 小梅ママが啖呵を切るとミスター劉は不快なため息を付いた。

 

「なに……それはお互い様だ、あんたも用済みになれば、そうやって椅子に座ることも出来なくなる。残り少ない余生をオカマ達の苦しむ様を眺めて楽しむと良い。それとも《《一足先に》》失っておくか?」


 愉悦も何も宿らぬミスター劉の暗い目が、ママの目を覗き込んだ。


 その視線は目から視神経へと潜り込み、ママがひた隠しにしている恐怖を探り出そうとする。


 ママはゴクリと唾を飲み、その額にじっとりと汗が滲んだ。


「そうだ……それがお前の、絶対的な強者の前に立った弱者の、正しい姿勢だ。黒華(ヘイフォア)!! 奴等に指示を出せ」



「はい。ミスター劉」

 

 黒華は頭を下げると、背後の闇に向かって口を開く。

 

右猴(ヨウホウ)左猴(ズオホウ)……お前たちも行きなさい……」

 

「御意のままに……」

 

 そう言って突如現れた猿面の二人に、ママは肝を冷やした。

 

 そっくりな背丈に、漆黒の忍び装束、腰に帯びたの揃いの短刀……


 違うのは白い猿の仮面に描かれた紋様の色が青か赤かという一点のみ。


 処々垂れ下がる黒い(さら)しが、二人の不気味さを引き立てている。



 こいつら、一体いつからいたんだい……!?


 

 驚きつつもママは二人を注意深く観察する。

 

 しかしふとした瞬間に、二人の姿が闇に溶けて消えてしまった。

 


 消えた……!?

 

 

 不気味な二人の存在からはただならぬ死の気配が立ち込めていた。


 それに当てられてママの不安がふつふつと高まっていく。

 


 武志……さくら……死ぬんじゃないよ……


 いざとなったら、あたしなんか見捨てて逃げるんだよ……

 



 ママは祈るような気持ちで監視カメラのモニターに映る金ちゃん一行を見つめるのだった。

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