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第20話 門番

 

「ほな……鉄砲玉鰐淵……!! いかせて貰います!!」


 鰐淵は内部機関に火を灯した。


 すると腰から機械の尾が姿を現し、逆だった鱗の隙間から激しく蒸気を吹く。


 腰を落とし、両手を地に付くと、鰐淵は素早く尾を振り下ろし地面を打った。


 地響きと共に鰐淵の巨体が大砲さながら発射される。


 しかし統制もなく目先の快楽に眩んだ中毒者(ジャンキー)達は、それに臆することもなくわらわらと通りに群が始めた。



「しっかり掴まってなさいさくら!!」


「うん……!!」


 金ちゃんはそう言うと鰐淵の軌道に隠れるようにして駆け出した。


 その速度は屋根を飛びまわる時の比ではない。


 容赦なく身体を引き剥がそうとする風圧に耐えようと、さくらは金ちゃんの背中でできる限り身体を縮こまらせた。



 雄叫びを上げながら鰐淵は直進していく。


 鰐淵と衝突した中毒者達は、まるでボーリングのピンのように吹き飛ばされていった。

 

 新たに機械化(サイバネか)した右肩で、アメフト選手のように有象無象を蹴散らす姿は勇猛の二文字がよく似合う。



「ハゲちゃんやるぅ!!」

 

 鞘で鰐淵が取りこぼしたジャンキーを打ち払いながら金ちゃんが口笛を吹く。

 

「このまま突っ切りまっせ!!」

 

 近づく摩天楼に向けて鰐淵がさらなる加速をしようと尾を振り上げたその時だった。

 

 殿(しんがり)の黒澤が大声を上げる。

 

(わに)!! 止まれえぇええ!!」

 

「へ?」

 

 振り向いた鰐淵の前方でズシンと重たい音がした。

 

「黒澤!! さくらを頼み申す!!」

 

 金ちゃんはそう言い残すなり、さくらを降ろして鰐淵の背中を駆け上がった。


 鰐淵が再び前方に目をやると、巨大な影が今まさに、鰐淵の頭目掛けて得物を振り下ろそうとしている。




 金ちゃんは駆け上がった勢いそのままに、膨張した右腕で横薙ぎを見舞った。

 


 刹那、鋼がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。

 


 突如降って現れた男の、八角棍の一撃を、侍の刀がすんでのところで食い止めた。



「何奴……?」 


 金ちゃんが低い声で尋ねるが、男は何も語らない。



 それは体中がツギハギだらけの大男だった。


 灰褐色の気味の悪い肌には、注射の跡がいくつも見て取れる。


 襤褸を纏い、黄ばんで虚ろな双眸を宿したその男は、さながらゾンビ兵たちの王と言ったところだろうか……


 男が周囲をじろりと睨むと、統制の無いゾンビ兵達がじりじり後ずさりを始めた。


 しかし睨みつける目に宿るのは兵たちへの配慮などではない。


 褒美の独占とその先に待ち受ける快楽、そしてつかの間の辛苦からの解放、ただそれだけだった。




「躊躇いの無い不意打ち……流石ママを攫うだけあるわね……!!」

 

 鰐淵の肩に乗った金ちゃんが男に言った。

 

「くっ……!! なめ腐りよって!!」

 

 鰐淵が左手で放った張り手を男は右手で軽々と受け止めると、面倒くさそうに口を開く。

 


「おでは……摩天楼の門番……お前らここで殺す……そんでご褒美に薬貰う……」

 


 幻覚でも見えているのか、突然門番は身体を掻きむしり、虫を払うような動作を見せた。



 

「黒ちゃん!! さくら連れて入口に向かってちょうだい!! さくら!! 鍵は任せたわよ!!」


「御意!!」 


 黒澤はさくらを抱えて走り出した。

 

「ちょっと!? 加勢しないの!?」

 

(あね)さんに任された以上、あっしらの仕事は入口の確保です……!! なに……うちの鰐もやる男ですよ!! それに姉さんは無敵です……」

 

 

 門番は脇を通り過ぎようとする黒澤とさくらに目をやると、目を血走らせて大声を上げる。

 

「誰が通って良い言ったああ?ご褒美が減るだろおぉおおお!?」

 

 それと同時に背中の皮膚を突き破って新たな機械化腕がズルリと二人に襲いかかる。

 

 しかし黒澤はそれには見向きもせず、歩みも止めず、ただまっすぐに前を向いて言う。

 

「鰐……任さたぞ……」

 

 迫りくる門番の剛腕に思わずさくらは目をつぶった。


 閉じた視界の真っ暗闇に凄まじい衝撃音が響き渡る。


 それはまるで車が正面衝突したかのような音だった。

 

 恐る恐る目を開けると、鰐淵の右手と門番の機械化腕ががっしりと握り合っているのが見える。

 

 

「そのまま抑えてなさい!!」

 

 金ちゃんは八角棍をいなすと、地面を転がり膝を付いたまま鋼鉄の腕に上段の一閃をお見舞いする。

 

 流れるように無駄の無い動きで振り下ろされる刃には、鉄を切ろうという気負いが微塵も感じられない。

 

 しかし刀は手品のように、鋼鉄の腕をすり抜けて振り下ろされた。

 

「あで? おでの腕?!」

 

 金ちゃんがにやりと嗤う。

 

 それと同時に鰐淵は切断された機械腕をバットのように構えて、門番の頭に向かってフルスイングした。

 

 ぐしゃ……と何かが潰れる不吉な音がする。

 

 さくらはその音で思わず振り向きそうになったが、踏みとどまってラップトップを扉のセキュリティに繋いだ。

 

「お嬢、所要時間は!?」

 

「三分以内……!!」

 

 さくらは猛スピードでプログラムを書き換えていった。

 

 特別なプログラムが組まれたセキュリティを危惧していたが、どうやら一般に流通している代物と変わりないようでさくらはホッと胸を撫で下ろす。

 

 


「ホームランね」

 

 金ちゃんが言うと鰐淵はニカと笑って応えた。

 

「姉さんにそう言ってもろたら光栄ですわ……!!」

 

 

 

「よくもおでの頭を……」

 

 

 その声で二人はハッと後ろを振り返った。

 

 見ると砕けた頭とは別に、もう一本の頭が肩から新しく生えてきている。

 

 未熟な胎児のような頭はみるみる成長して、とうとう首が二つになった。

 


「ぎゃあああああ!! ハゲちゃん!? 何こいつ!? バケモノ!?」

 

「スネ毛のバケモンにだけは言われたくね……」

 

「何ですってぇええ!? スネ毛の何処がバケモンじゃい!?」


 裾を必要以上にたくし上げて、太ももまで見せつけながら金ちゃんが応戦する。



 しかし門番はそんな金ちゃんの生脚には見てみぬ振りを決め込んで、見覚えのあるシリンダーを自身の首に突き刺した。

 

 すると砕けた顔が、じゅるじゅると音を立てながら肉を再生させていく。

 

 すっかり傷が癒えた門番は背中からもう一本の機械化腕まで発現させると、八角棍を構えて二つの口で同時に言った。

 

(行くど)……」

 

「悪いけど、妖怪って好み(タイプ)じゃないの……!! 行くなら一人で逝ってちょうだい……!!」

 

 そう言って金ちゃんは下げた切っ先で円を描くようにして上段に刀を構え直した。

 

「こんなとこで手こずってる暇はないわ。あたしが攻め込むのに合わせてハゲちゃんが決めてちょうだい」

 

「がってん……!!」

 

 八角棍を両手で頭上に構えた門番に向かって、侍が地を蹴り突っ込んでいく。

 

 何の駆け引きも存在しない剛腕の上段斬りを門番も真っ向から受けて立った。

 

 漢女流、男魂の型、✗✗✗✗返し(Pがえし)攻の陣……!!

 


「ぬおりゃあああああああ……!!」

 

 踏み込みと共に気合の声を上げて振り下ろされた刃が八角棍を両断して門番の片頭を切り裂いた。

 

 しかし門番は慌てる様子もなく痛みを感じる素振りも見せず、機械化腕で侍の首を獲りにかかる。

 

 しかし刀は地面に落ちること無く、天に向かって切り上がる高速の第二撃となって、迫りくる機械化腕を切り裂いた。



 中指と薬指の間で真っ二つに裂けた機械の手から、火花と雷が迸る。

 


「ぬうううう!? まだまだあああああ!!」

 

 門番は背中から蒸気を噴き出し奥の手の機械化構造(サイバネシステム)を起動しようとしたが、それよりも数手早く、鰐淵の右手が門番の首を吹き飛ばした。


 

()()ちゃう!! もう(しまい)や!!」



 二つの脳の制御を失った機械化機構はギュルギュルとベアリングを唸らせながら不規則に動き回った。

 

 しかし門番の生命活動(バイタル)停止とともに、シュゥゥゥと弱々しい音を立てて機械の腕は動きを止める。

 



「薬で痛覚も恐怖も失ってたのね……哀れな男だったわ……」

 

「まったくです……」

 

 二人は静かにそう呟くと、再び集まってきたジャンキー達を蹴散らして摩天楼の入口へと駆けていった。

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