第14話 迷い猫の行方
高い塀に覆われたNEO歌舞伎町に朝がやって参りました……!!
夜明けとともに人々は寝床の奥へと引き返し……
一方街の外から来た者たちは、四方に設けられたゲートから昼の世界へと帰っていく……
ここはNEO歌舞伎町……
神聖大和の夜の顔……!!
NEO歌舞伎町の北に聳える帝都こそが神聖大和の國體であり、政治と経済の中心であり、光に照らされた昼の顔にて御座候……
市民権を持つ特権階級のみが住まうことを許された帝都の目と鼻の先、猥雑極まる夜の街に今日も漢女の風が吹く……!!
しかしその一方で、暗く薄汚い陰謀が……
東の方からズズズイ……
あ! ズズズイ……!! と!!
躙り寄ってきていることを……
この時はまだ、誰も知る由わぁございやせん……
どこ吹く風の漢女侍と生意気少女は、眩いばかりの朝焼けを、再び拝む事が出来るのか!?
第二章……龍虎激震……!!
刮目して、ご覧遊ばせぇ〜……!!
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人知れず建てられた屋上のあばら屋に、少女の絶叫が木霊した。
これまた人知れず建てられた朱い鳥居の前に座して、禅を組んだ侍の耳が、その声に反応してピクリと動く。
刹那、あばら屋の木戸が勢いよく開き、ひどい寝癖の少女が出てきて怒鳴り声を上げる。
「起こしてって言ったじゃん!?」
「起こしたわよ! でもあんた全然起きなかったじゃない?」
「あーもー!! 時間無い……!! 金ちゃん!! すぐ出発するから!!」
「ま〜あ偉っそうに……!! こっちはとっくに準備できてるわよ!!」
さくらはリュックを引っ掴んで金ちゃんの背中に飛び乗った。
すると金ちゃんは屋上の欄干から、真っ逆さまに飛び降りて、人気の無い静かな花街を駆け抜ける。
依然はいちいち叫び声を上げていたさくらだったが、回を重ねるごとに慣れてきたのか、今では背中で寝癖を直す余裕すらあった。
今日から……出勤……!!
さくらは緊張を噛みしめながら、一週間前の出来事を思い返していた。
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「おう……帰ったか《《武志》》」
闇医者の源が怪しい緑色の煙を吹かしながら呟く横には、失った肩から先に新しい機械化腕を付けたスキンヘッドと傷の縫合が済んだ眼鏡が眠っている。
「さすが源ちゃん! もう終わったの!? 死ぬんじゃないかと思ってた」
金ちゃんは二人の頬をつつきながら感嘆の声を漏らした。
「へっ! どの口がほざきやがる!? 機械化前提みたいな切り口で切りやがって!! 鼻から殺す気なんか無かったんだろ?」
金ちゃんは妖艶な笑みを浮かべただけでそれには答えなかった。
「お金はこの二人につけといて頂戴ね?」
「言われんでも貧乏侍のお前さんには鼻から期待なぞしとらんわい!!」
「うるさいわね!? 貧乏の話はもう充分よっ!!」
そう言って顔をフイと背けると、金ちゃんはさくらを連れて診療所を後にした。
金ちゃんはうんこ座りになって背中に乗るようにさくらを促す。
さくらは一瞬ためらったが、ため息をついてから大きな背中に身体を預けた。
もはや抵抗するのは今更な気がする……
行き交う人混みの上を駆け抜けながら、金ちゃんがおもむろに口を開いた。
「あーやだやだ! あんたが来てから貧乏呼ばわりされてばっかり!!」
「はぁ!? あたしのせいじゃないし!!」
その時ジト目で睨む金ちゃんの頭で何かがキラリと瞬いた。
今まで気にも留めなかったが、どうやら金ちゃんの長髪は簪でとめているらしい。
「高そうな簪……これ売ったらお金になるんじゃない?」
その言葉で金ちゃんの纏う空気が変わった。
やば……地雷踏んだ……?
さくらが軽率な発言を悔やんで黙っていると、金ちゃんは振り返らず穏やかな声で言った。
「これはね、売ったり失くしたりしちゃいけないもんなのよ」
「そっか……」
ごめん……
その言葉が喉元まで出かけたが、さくらがそれを言う前に、金ちゃんはビルの壁を二度蹴って地面に飛び降りた。
「着いたわよ!」
見るとそこはミッドナイト・スワンで、安堵の表情を浮かべたスワン達が目を潤ませてこちらを見つめている。
「金ちゃん……!! それにションベン娘も!?」
「ションベン娘じゃないし……!!」
思わずさくらが叫ぶと、金ちゃんがさくらの首根っこを掴んで皆の前に差し出し言う。
「そーよ!! この子がいなきゃ権利書取り返せなかったんだから!! アンタ達さくらに感謝しなさいよ!?」
「さくら〜!!」
手のひらを返したようにスワン達はキラキラの目でさくらに《《暑い》》視線を送った。
思わずうっ……と声が漏れたさくらに金ちゃんがにやりと笑う。
「武志!! この大馬鹿もんが!! どの面下げて帰ってきたんだい!?」
キセルを構えたママが鬼の形相で金ちゃんを睨んで言った。
「フンだ!! これでいつかの恩は返したからね!!」
金ちゃんが舌を突き出して言うと、ママはどデカい声で怒鳴り返す。
「何が恩は返しただ!! 店がこんな有り様で権利書だけあったってどうにもなりゃしないよ!! この貧乏侍!!」
「なっ!? ここでもソレが出てくるわけ!?」
「訳のわかんないこと言うんじゃないよ!! だから命かけてまで取り返す必要なんて無かったんだ!! この大馬鹿もん!! 恩返しって言うなら店を再開する軍資金まで用意してから言いな!!」
金ちゃんがタジタジになってる……
腰が引けて顔を強張らせている金ちゃんを下から盗み見ながら、さくらはおずおずと二人の間に割って入った。
「あの……ええとお金は心配しなくていいかも……」
「はぁ!?」
ママの怒りの矛先が自分に向きそうになったので、さくらは慌ててまくしたてた。
「あいつらのパソコンにハッキングした時、店の修理代とか、慰謝料だと思って暗号資産を根こそぎお店の口座に送金したの……!! もちろん行き先がバレないようにサーバーをいくつも経由して、金額も分散してバラバラに送ったから、絶対バレないっていうか……安心して使えるっていうか……」
それを聞いたママは懐からスマホを取り出すと店の預金残高を確認した。
「ひぃ……ふぅ……みぃ……」
数えるうちにママの口があんぐりと開いていく。
やがてさくらの肩を揺さぶりながら大声で尋ねる。
「あ、あんた!? 一体いくら送金したんだい!?」
「わかんない……ちっちゃい組織っぽかったし、あんまり入って無いと思ったからとりあえず根こそぎ……」
「はぁ……」
ママは腰に手を当て両目を覆いながら大きなため息をついて言った。
「あんた、さくらって言ったね? あたしゃ決めたよ!!」
「何を……ですか?」
「ウチで住み込みで働きな!! あんたをウチのマネージャーにする!!」
「はぁ!?」
「こんな大金転がり込んじゃ、あたしもくたばっちゃいられないよ!? この街で行き場の無いスワン達はまだまだ五万といるんだ!! その子達をかき集めて夢の劇場を打ち立ててやるよ!!」
それを聞いたスワン達から歓声が上がった。
目を輝かせ手を取り合ってぴょんぴょん飛び跳ねながらスワン達は口々に言う。
「凄いわさくら!!」
「よっ! マネージャー!!」
「アタシ達アイドルみたいじゃない!?」
「え……!? いや……ちょっと……」
戸惑うさくらを置き去りにママは叫んで言った。
「そうと決まれば早速店を改修するよ!! 善は急げだ!! スワン達、すぐに取りかかりな!!」
さくらは金ちゃんの方を振り向いた。
目が合いフッ……ほんの少し寂しげに微笑んだ金ちゃんを見て、さくらが大声を上げる。
「待って……!!」
その声で一同の動きがピタリと止まった。
「何だい? あんた行き場がないんだろう? 遠慮するこたあ無いよ? 給料もうんと払う!!」
ママが言うとさくらは激しく首を振った。
「そうじゃなくて!! あたし、《《金ちゃんの家に住む》》から!!」
「はあ!?」
「はぁ!?」
金ちゃんとママが同時に声をあげた。
「ちょっと!! 馬鹿言うんじゃないわよ!? なんであたしん家にあんたが住むのよ!?」
「そうだよ考え直しな!! こんな貧乏侍のとこに住む必要は無いよ!! 大体理由がないじゃないか!? まさか惚れたんじゃないだろうね!?」
「惚れないし……!! ただ……」
「ただ何よ!?」
「ただ何だい!?」
金ちゃんとママに詰め寄られたさくらは、覚悟を決めて二人の目を見つめて言った。
「まだ金ちゃんに助けてもらった恩返ししてない……そんなダサい生き方したくないから……!!」
「さくら……あんた……」
金ちゃんはそう言ってふぅ……と力を抜いた。
ママはしばらく目を細めていたが、踵を返して吐き捨てる。
「あーあー……武志の武士道が感染ったね……!! 武志……!! 責任とってあんたが面倒見な!!」
「ママまで……!?」
思わず叫ぶと、金ちゃんは自分をまっすぐ睨みつけるさくらに視線を落とした。
ママはスワン達の元まで歩くと振り返ってニヤリと笑った。
「どうせ武志は貧乏のままだよ!! そいつの家からここに通いな!! 雇ってやるよ!! ただし正規の給与だからね!?」
「よろしくお願いします!!」
さくらはそう言って頭を下げた。
「そういうことだから! あたし金ちゃんの家に住むから!!」
生意気な笑みを浮かべるさくらを見て、金ちゃんは唸りながら頭を掻きむしると、やがて大きくため息をついて言うのだった。
「勝手になさい!! この生意気ションベン娘!! 言っとくけど、ウチは厳しんだからね!?」
「望むところだよ!」
こうして、奇妙な関係の小さな家族が、NEO歌舞伎町の西の外れにひっそりと誕生したのだった。




