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新人コックは困惑する

 

 いつもなら絶対に場違いな、王宮の大広場。身に着けているのは、今まで18年生きてきた中で着たことがないような総絹の礼服。周りにいらっしゃるのは国王陛下と高位貴族の方々。そんな面々が先輩が作った料理に舌鼓を打っている。


 意識を飛ばしたって文句は言われないはずだ。飛ばせないけど。






 ******







「お前らちょっと残れ。」


 そう料理長に声をかけられたのは一昨日。

 僕たちコックは朝の仕込みから夕飯の片づけまで、仕事は一日中ある。仕事終わりだったその時間は、もう日付が変わるまであと数刻、という頃だった。


「仕事終わりに悪いな。」

「いえ。……なにか、ご指導ありましたでしょうか?」

「……いや。」


 妙に言い淀んだ様子の料理長に、内心首を傾げた。何せ快活明快、仕事ぶりは凄まじく、怒ると怖いけどとても頼りになる人なんだ。一体どうしたんだろうか。


「実はな、お前たちに歓迎会の招待状が届いている。明後日開催のものだ。」

「明後日って、先日聞いた話では……?」


 思わず声が漏れる。

 そうだよ。この前書記官様がいらっしゃった後に言い渡された話。それが歓迎会の食事準備じゃなかったっけ…?


 そこに僕らも招待って。


「本来なら、お前たちは裏方として働くんだけどな…。」


 そのとおり。僕だってカトラリーの準備とか、野菜の下ごしらえとかをするつもりだった。料理の提供で会場に一瞬行けないかなーって同期で話していたくらい。

 こめかみを抑えながら料理長が続ける。


「本っ当にふほん、いや異例の事態だが、そこに参加するよう陛下直々のご招待を戴いている。」


 陛下直々に?僕たちみたいなコックまで?


「本来、大広間で行われる催しは貴族のみのところ、歓迎会は特例で貴族じゃない者の参加も問題ないらしい。……招待状が届いた以上参加してもらうが、()()()()()気をつけろよ。」


 分かっていますよ料理長。貴族の方々に絡まれないように気をつけろってことでしょう?


「いーやお前たちは何も分かってない。異例の事態だと言っただろ?何が起こるか俺も分からん。」


 そこまで言った料理長は、ただ、と言葉を続ける。


「衣装は俺の方で全員分用意するし、当日陛下への料理の提供で俺もいる。何かあったらすぐに対応できる。折角の機会だから楽しんでこい。」






 ******






 そして今。


 僕ら新人コックは皆で固まって隅にいる。国王陛下の挨拶が終わった後からずっとだ。料理が乗ったテーブルの向こう側の壁には衛兵と事務女官の集団がいる。…きっと僕らと同じ状況なんだろう。

 料理なんて食べれるわけがない。僕でも顔を見たことあるような人が、目の前で何人も喋ってたら全力で遠慮する。


 あーあ。招待とはいえ居心地悪すぎる。こんなの仕事と一緒だし、なんなら厨房で下ごしらえの方がよかった。


「──おや、こちらにおられるのは厨房の皆さんですか。」


 驚いた。目の前には二人の男がいる。二人とも見覚えはある。ある、けど…。お名前なんだったっけ?

 料理長に一通り教えていただいたけど、一夜漬けは無理がある。


「えっと…。」

「ああ、申し遅れました。宰相を拝命しております、セリウス=オルディスと申します。」

「は、初めまして!」


 あっそうだ、宰相様だ。で、こっちの方は…。


「こちらは財務卿のドレイモン殿です。」


 財務卿と宰相がセットなんて。え、なんでこっち来たの。もっと回るところいっぱいあるでしょう。国王陛下とか、他の大臣方とか、書記官の皆さまとか!


「厨房は陛下の食をお支えしている、いわば我々の同志といっても過言ではないでしょう。そうでしょう、ドレイモン殿。」

「その通り。儂等は政務を、厨房や侍女が私生活をお支えしているのだ。両輪として共に励んでまいろう。」

「はい!」


 返事ははいかイエスしかできない。そんな怖さをドレイモン様からは感じた。そのまま、お二人は談笑しながら向こうの壁に向かって歩んでいく。ああ衛兵の皆さん、ご愁傷様です。


「はあーっ。緊張した。」

「だよな?!いきなり来られたら驚くって。」

「俺最初後ろ向いてたからいらっしゃってたの気づかなかった。」


 一気に緊張が消えて小声で騒ぐ、なんて器用なことを繰り広げる。あのお二人が来たからか、他の方々もこっちにやって来て。今度は絶対に不意打ちは受けないと引き締めながら挨拶をこなした。




「──以上をもちまして、新人歓迎会を終了いたします。新しく我らの仲間となった皆さま。これから、共に陛下をお支えしていきましょう。」


 結局、ほとんど飲み食いできなかった。心なしか、同期がみんなしおれている気がする。「お前もだよ」と突っ込みを入れられそうだ。


 気が付けば、残されているのは僕ら新人ばかり。大臣様などはいつの間にか帰られたみたいだった。コックや衛兵など貴族じゃない人が多い場所の人たちだけでなく、書記官様もまだ残っていらっしゃる。


 自然と皆と目が合い、近づいた。


「あの…、書記官長からの伝言で『ここからは皆で交流を深めなさい。私たちがいてはおいしい料理も味がしないでしょうから。』とのことです。」

「…ありがとうございます。」

「じゃあ、いただきに行きます……?」


 なんて恐る恐る近づいて。でも同じ体験をした者同士、打ち解けるのは早かった。30分後には、


「えー、じゃあ書記官様も大臣様にお会いするのは初めてだったんですか?!」

「じゃなきゃあんなに緊張しないって。俺ら新人が大臣様になんて関わる機会ないから。まだ衛兵の方があるんじゃないか?」

「いやいやいや、執務室まわりの配属は先輩なんで。」


 と初めましてとは思えないほどになっていた。


 そんな部署の垣根を越えた同期の繋がりはこれから先も続くことになるんだけど、それはまた別の機会に。


 それよりも、あの時書記官のやつが「宰相様と財務卿ってこんな親密だったっけ……?」って呟いてたんだけどどういう事なんだろう。

 明日、料理長の時間があったら聞いてみようっと。

ありがとうございました!

続きか気になるって方、面白かったって方はぜひ評価や感想をお願いします。

作者のやる気に直結します!


《登場人物紹介》

◎新人コック

配属されて1週間で魑魅魍魎蔓延る歓迎会へ放り込まれた哀れな子羊。奉公していた料亭からの推薦で試験を受け、見事合格した。

翌日、料理長へ「宰相様と財務卿って仲がいいんですね!でもそれを書記官が不思議がってたんですけど、どういうことなんでしょうか?」と聞いたことで、料理長の胃に特大パンチを与えることは、まだ、知らない。

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