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宰相付き書記官、策の裏を読む

「──おはようございます。」


 翌日の昼過ぎ。今日は遅番の私が出勤すると、すぐ書記官長に手招きされた。


 何だろう?もしかして私がいない間に緊急の案件が立ち上がったとか?

 そう疑問を持ちながら、書記官長のいる執務机に寄る。


「書記官長、お疲れさまです。」

「レイヴァン書記官、おはよう。例の件、ドレイモン書記官から報告が上がりました。」

「え、昨日の今日でですか?」


 まさか。

 今私がこれを聞いているということは、昨日説得を終わらせたってことだろう。……早すぎない?


「ええ。ほら、この通り申請書に財務卿の署名まであるのが分かるでしょう。」

「すごいなあ、カイルは」


 書記官長に聞こえないようにそうつぶやいた。いつもカイルは私の先を行く。今回だってそうだ。私の思い付きで中身がなかったものをあっという間に形にして、一日もしないうちに成果を上げてきた。やっぱり敵わないなあ……。


「貴方の発想とドレイモン書記官の計略によって成ったのです。胸を張りなさい、レイヴァン書記官。」

「はいっ……!」

「とは言え、」


 そう書記官長は言葉を続けた。


「宰相付き書記官たるもの、次は『計略』部分までできなくては。……ドレイモン書記官がどのような計略を用いたかわかりますか。」

「……いえ。」


 ここで嘘をつく理由もないから正直に答える。


「レイヴァン書記官。貴方は正直なところが美徳です。しかし、それだけではいけません。今回はドレイモン書記官がいたからよかったものの、このままでは足元をすくわれますよ。」

「はい。」


 書記官長の言うとおりだ。


 自分でも分かっている。私は相手に応じた交渉や取引が苦手だ。どうしても最短経路ばっか考えちゃうんだよね。頭が固いのかもしれない。それだって昔に比べればまだマシ…って信じたいけど。


 で、そこで輝けるのがカイルなんだよね。


「そんなに思いつめる必要はありませんよレイヴァン書記官。できないならできるようになればいい。それだけの話です。」


 俯いていた私に、そんな言葉が降りそそぐ。

 顔を上げると正対する書記官長は、いつもきりっとしている目尻が下がっている。……この人、こんな顔もできるんだ。


「やったことがないのに、ただ『やれ』とは言いませんよ。──ほら、何か気づきませんか?」


 それを聞いて、もう一度出来上がった申請書に目を向ける。

 ……ん?これは。


「……気づきました?」

「これ、テンプレートのままですよね…?書式とか何もいじってない。」

「ええ、その通りです。」


 え。昨日懐柔策まで話したのに何で。


「だからですよ、レイヴァン書記官。」

「だから…?」


 申請書に明記しないメリットがあるってことなの、か。


「初めからこちらの手札を全て見せない。交渉の基本です。」

「……相手に情報統制をするということでしょうか。」


 そう聞くと、書記官長は無言で頷いた。


「最終防衛ラインをこちらで管理するのです。「ここまで譲歩してくれるならまあしょうがない。飲むか。」と相手に思わせればこちらの勝ちですから。」


 そうか。


「……つまり、『譲歩したように見せる』ことで、相手に勝った気分を与えるんですね。」

「ええ。……でも、そのためには演技力が必要です。」

「演技力ですか?」

「感情の伴わない譲歩なんて、あらかじめ準備してあると相手に言っているものですから。」


 確かに。相手にあからさまにすっとぼけられたら、私だって何かあると気付くと思う。


「私は顔を作るのが上手ではないと指摘されたことがありますし、精進が必要です。」

「先ほども言いましたが、君の正直さはこの城内では美徳であり、一つの大きな武器です。」

「しかし……、」

「時には君のように直球が効く場合もあります。しかし、今回はドレイモン書記官の策略がうまくいったんでしょう。……些か上手くいきすぎな気もしますが。」


 このままの私も一つの武器、なのか。でも、私だってカイルのように頼もしい書記官にならなくては……。


「思い悩んでいるようですね。……分かりますよ。私も新人の時はそうでしたから。」


 ……書記官長。


「……妻以外には誰にも話したことはないですがね。宰相様と同時に書記官長になった私が、何も感じないと思いますか。」

「しかし、宰相様はあれほど書記官長のことを信頼なさっているではありませんか。」

「それはそれですよ。隣であれほどの仕事力を見せつけられて、書記官としての自分を疑わない人間がいないと。」


 それはないだろう。それほどまでに宰相様の仕事量は凄まじい。


「妻が言ったんです。『人間は十人十色。貴方にできることを精一杯おやりになればよろしいのです。』と。」

「私にできることを……。」

「ええそうです。私たちは、中身をそのまま他人に成り代わることはできません。自分の強みを理解しつつ、できないことをなくしていけばいいのですよ。それに、我々は書記官ですから。できないことは仲間に頼ってしまえばいいのです。」


 私はカイルにはなれない。でもそれはカイルも同じなのかもしれない。

 気が付いた瞬間に目の前が開けた気がした。


「──いい顔になってきましたね。」

「書記官長のおかげです。ありがとうございました。」

「この話は、ほかの皆には内密にお願いします。勿論宰相様にも。」

「承知しました。」

「では、本題です。」


 書記官長の纏う空気が、いつも通りに戻った。


「これをもって厨房に向かってください。今回の件では厨房の皆さんの協力が必須です。新人コックの皆さんを表舞台に連れ出すという前代未聞のことをする以上、厨房筆頭料理人にはあらかじめ許可を得ておく必要があります。」


 そこまで言った書記官長は一つ息を吸い、こちらを見据えた。


「頼みましたよ、レイヴァン書記官。」

ありがとうございました!

続きか気になるって方、面白かったって方はぜひ評価や感想をお願いします。

作者のやる気に直結します!


先週投稿できなかった分、今週は明日もう一話投稿します。

果たしてノエルは筆頭料理人を説得できるのか?乞うご期待。

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