宰相様付き書記官、初日で職場の真実を知る
新作です。
これから精一杯頑張ります。
僕、いや私は宰相様付き書記官。いつ如何なるときも宰相様の後ろに控え、サポートをすることが仕事である。
……ということは、皆さまお分かりだろうか?
私たちもまた、陛下に(間接的に)振り回されているということを。
今となっては書記官の宴会の場で私の持ちネタともなっている、『配属初日』について語ろうと思う。
や、今更聞きたくないとかないから。ちょっとしたBGM代わりでもいいから聞いてほしい。……もうド定番になりすぎて同僚はみんな聞き流して反応くれないんだよ~。
という訳で話していくんだけど、ここで聞いてくださっている皆さまは【宰相様付き書記官】のポジションがどれほどのものかご存じだろうか?分からないという人のために、簡単に書記官の出世について説明しよう。
書記官になるためには、試験を受け合格する必要がある。受験資格は高等学院政務科を卒業すること。つまり高等学院政務科、略して『高政』に入学すること。高等学院自体、中等学院からの推薦か実家の太さが必要なため中々入学することができない。その上、政務科は特に難易度が高いことで有名だ。要は、高政に入るだけでエリート予備軍で将来安泰ってこと。そんな高政の9.5割は幼いときからの教育の成果物である大貴族の息子で、0.5割が実家が太い商家の息子だ。私みたいに子爵・男爵家の息子なんて殆どいないし、本当の庶民なんて全くいない。そんな世界だ。
まあ、高政を卒業したからってそのまますぐ書記官になれるかっていうとそうでは無い。私の先輩にだって何年も合格しなくて苦労されている人がいる。
そして、書記官になっても初めは地域課や産業課などの国政の末端に配属され、そこから税務課や大臣付き書記官といった王城勤務になるには実績を積む必要がある。そして、彼ら書記官ヒエラルキーの頂点にあるのが、国王の一番近くに侍り支えている宰相様専属の『宰相様付き書記官』なのだ。
そのように書記官の出世街道を歩むには膨大な時間或いは実家の支援が不可欠である。しかし、私は違った。
初受験で合格してしまったのだ。それも首席で。
そのときの私の心象といえば、「やっば。」の一言しかなかった。
だって、たかが子爵家の三男の私が、嫡男でもなくスペアでもない、半ば放任されて育った私が、他の公爵家の嫡男や大商家の次男を差し置いて首席になったんだ。……そりゃ嬉しかったけどさ!嬉しかったけど、これからのことを考えれば憂鬱でしかなかった。
だから私は絶対に彼らより先に出世しないように全力を尽くすことに決めた。
でも知らなかったんだよね。宰相様、いや陛下が紐の付いていない人材を求めているって。
そう、私のことである。
向こうからしてみれば、書記官の実家からの圧力を気にしなくていいし、おまけに首席合格ときた。周りの文句を躱すにも「だって首席だし〜。」で済む。
結果、超異例の人事により、初任で宰相様付き書記官の座を手に入れてしまったのだ。
驚いたことに、想定より嫌がらせの類は少なかった。あまりにも人事が常識外れだったせいで、腫れ物に触れるような扱いになったからね。
前置きが長くなってしまったね。とにかく、こんな感じで私はノンキャリアで宰相様付き書記官になった訳。
そして迎えた配属初日。私は想像してたより緊張していなかった。所属発表されてから、制服の採寸をしたり書記官舎に移ったりして暇な時間があまりなかったからかもしれない。普通の新人なら一つの配属先に何人かいるから皆でまとまって出勤になるけど私は1人だからそこも違う。ぴっかぴかの皺ひとつない制服を身につけて、宰相様の執務室の隣にある『宰相付き書記官控室』の重厚感のある扉をノックして開いた。
───次の瞬間、私は反射的にその扉を閉めていた。今考えたら偉大なる先輩方に対してとても失礼なことをしているけどしょうがない。
だって、そのとき私が見たのは制服のようなもの(と当時の私は本気で思ってた)をかろうじて身につけクラッカーを装備した、充血した目が隠せない歴戦の猛者(?)達だったのだから。
閉めた扉の向こうでクラッカーが爆音をたてた。宰相様の執務室の扉を警護していた騎士たちの「今日はこっちかー。」「うん、N。」という会話が耳を通り抜ける。
「これで、の、のーまる。」
私の声は思ったより響いていたようで、話していた騎士たちがこちらを振り向いて。心底憐れむような顔をした。
え、宰相様付き書記官て我々の最大の栄誉じゃないんですか??
ここで、漸く私は自分の職務を思い出した。この扉の中に入ることである。そっかー、僕ここで今日から働くのかー。
2回目のノックは普通だった。普通に扉を開けて普通に入って、「本日付けで配属されました。」って挨拶して顔を上げれば。
「うぉーっ新人来ちゃーー!」
「フレッシュだ、フレッシュだぞ!」
「良かった…、とうとう幻覚を見始めたのかと思った……。」
という、やはり制服のようなもの、ではなく汚れや解れがとても目立つ制服を着た書記官の先輩方3人がいた。
「……3人?」
と思わず声を上げてしまう。だって、ここには10人ほど配属されているって話だったから。既に始業時刻はすぎている。じゃあ欠席ってこと?多くない?と頭はパンク状態だ。
「───あぁ、吃驚させてしまったね。ごめんごめん。僕たちも久しぶりに来る新人が嬉しくて。」
一番最初に正気に帰ったらしい『良かった…(以下略)』の先輩が声をかけてくれた。その先輩は、そのままおもむろに壁に掛けてあるハリセンを手に持って、
スパン、スパン!
とそれはもう素晴らしい勢いで他の先輩方に打ちつけ「陛下と宰相様は待ってはくれませんよ。」と冷静に言い放った。
そうしてまたハリセンを壁に掛け、こちらを振り向く。背景には若干フラつきながら各々の机に向かっていく2名の先輩。正面にはさっきまで魂飛ばしておきながらすぐさまハリセンをぶっ放し、今は笑顔で私に向かう先輩。
正直に言おう。とても怖い。
「ようこそ、宰相様付き書記官へ。僕はここの副長の一人だ。よろしく。」
「よろしくお願いします。」
「早速だけど、さっき君はここの人数に疑問を抱いていたね?。」
「…はい、高政では宰相様付き書記官は通常10人ほどと学んだので。」
「それは間違っていないよ。今いないのは、ここが通常の勤務体系と違うからだ。」
違うって……ナニソレ?状態になっていた私に説明してしてくれた。
曰く、我々は宰相様に付かず離れず付き従ってその職務遂行の補助をすることが職責である。よって宰相様の勤務時間が我々の勤務時間だと。
「でも宰相様の勤務時間が不規則だからね……、まぁ段々理解ってくると思うけれど。」
「それで通常の勤務体系と違うと仰ったのですね。」
「その通り。ここは基本的には3交代制。騎士たちと同じ勤務体制だね。」
「さんこうたいせい。」
「そうだ。それでも宰相様が動かれる限り我々の仕事は終わらないからね。それに10人割り当てられている仕事がこの人数で回すのは至難の業だよ。それでもやらなきゃいけないから宰相様に嘆願したんだ。結果、君が来てくれたって訳。」
「そ、そうなんですね……。」
どうしよう。配属先が花形エースだと思ってたらブラック企業も真っ青だった件について。至急応援モトム。あ、その応援が私か。
頑張ろ……
とまあ、これ以外にも色々あったけどこれがハイライト。どうだったかな?
大変だけど充実した職場。皆さまもぜひいかがでしょうか。
ありがとうございました!
続きか気になるって方、面白かったって方はぜひ評価や感想をお願いします。
作者のやる気に直結します!
《登場人物紹介》
【ノエル=レイヴァン】
宰相様付き書記官。子爵家の3男で高政首席合格。語りは軽妙、仕事は雑務。
「生贄だったなんて聞いてないんですけど!!」




