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8.急成長②

「ふぇっと……?」


 大人になる、その意味をこれまで深く考えたことが無かった。

 だから、脈絡の無い"だから"から紡がれた唄陽の言葉を、あたしの脳味噌があたしのものじゃないみたいに勝手に整理し、受け止めた。

 熱い、訳も分からないまま、ひたすらに熱い血液が全身を巡る。『一緒に大人になる』とは、とは、とは。頭のどこかには答えが出されているのに、能動的な思考が動力を失い、一生辿り着けない対岸はぼんやりしている。熱いこと以外何も分からないので、自分が熱そのものになって蒸し暑い空気に溶けていくようだった。


「ごめんね、訳分からないよね」

「ああ」

「要はね、わたし、大人になってみたくて、どうすればなれるかずっと考えてたの。人は一人じゃ大人になれない。三人以上でもダメ。たった一人と一緒に何かをやり遂げる必要があると思うんだ」


 夏に照らされた唄陽から見えない何かが迸る。彼女のエネルギーの根源が剥き出しになっているかのようだ。つまり、今唄陽が話しているのは、彼女の最たる願い。唄陽の願いに、あたしは、どう答える?思考が曖昧な中、それを炙り出す必要がある。


「……何であたしなんだよ」

「捩菜ちゃんは特別だから。クラスの他の子と一緒に背景に溶け込まなくて、後すごい力も持ってる」


 唄陽は手を広げてブルーベリーの木の存在をアピールする。

 この急成長があたしの特殊能力めいた何かだとすれば確かにすごい力ではあるけど、望んだり努力の末に得た力ではないから、褒められてる気がしない。

 同級生と慣れ合わないのも、別に特別になりたいわけではないし。あたしがあたしのままで居たいだけだ。

 唄陽に過大な期待をされてるのが辛くて、気圧に押し出されるように一歩下がる。下がりながら次に聞くべきことを探る。


「じゃあ、何かをやり遂げるっていうのは、一体何をやり遂げるんだよ」

「そこは何でもいいんだよ。捩菜ちゃんは何かやりたいことある?無かったらわたしのやりたいことに付き合ってほしい」


 こんなところに畑を作る変な女のやりたいことに、付き合う。二人で。

 止めておいた方がいい。唄陽は変で、あたしなんかよりずっと悪いことをしてる。そんな人間と付き合えば、あたしも共犯者にされてしまう。


 違う。そんなことはどうでもいい。だって、あたしは。


「あたしは、大人にも特別にもならなくていい。変わりたくない」


 あたしは今のあたしに満足している。だから、これ以上変わる必要なんてない。

 ……これまではそうだった。でも、今は。

 唄陽と居ると、今の満足では足りなくなっていくように、心が膨張していくように思う。そうして出来た隙間を埋める方法を、あたしは知らない。それでも、変化無しには埋まり得ないのだけは分かる。


「変わる必要はないよ。わたしはどんな捩菜ちゃんも全肯定するよ。その先にある景色にも、中々興味ある」

「それはそれで不健全……」


 絹のような柔らかい調子で、破綻の見える道を簡単に提示してくる。全肯定なんて、必ずどこかで綻びが生まれる。

 それで、気付く。あたしは、終わるのが怖いんだ。唄陽と関係を始めて、終わった時の何も無いあたしが怖い。たった一つ、唄陽の興味を失うのがこの上なく怖いんだ。


「あたし、唄陽と終わりたくない」


 熱い塊が爆ぜるのを胸の真ん中に感じながら、弱々しく零れ落ちる。


「何言ってるの?今から始めようって言ってるんだよ?」

「だって、始めたら終わりが来るだろ」

「それだったら、わたしたちはもっと前から始まっちゃってるね。少なくとも、友達になった時から」

「うっ……」


 唄陽の言う通りだった。物事の始まりは大抵、自分の意思で決まるものではなく、いつの間にか始まっているものだ。


「重要なのは結果じゃなくて、過程だと思うんだよ。終わりを怖がって何もしないんじゃ、友達になった甲斐が無くない?」


 唄陽が指揮者のように空中に指を踊らせる。少しして、"人"という字を二つ書いたのだと気付いた。形が無いのに不思議と目に残るそれらの文字は余りにも不安定で、一瞬でも目を離せばもう見えなくなりそうだった。二人がまだ近くにいるためには、互いの存在を形にする何かが必要だった。それは何でもいい、二人で為すことであれば。

 あたしは消えかかる人の字に手をかざす。すると、罠に掛けられたように、あたしの手は唄陽にあっさり捕獲された。


「捕まえたー」

「だから何だよ」

「きっとこういうので良いんだよ。何かして、怖がることなんてない。わたしと居て、怖い思いなんてさせないから」


 ふふふ、と笑う唄陽にそのまま畑まで引き込まれる。上靴のまま、二人で土を踏み固める。その沈む感触がふんわりと心地よくて、上靴が汚れる事なんて気にならなかった。


「冷静に考えると、何やってるんだこれってなるけど」

「あはは、わたしもノリだから、何だろこの状況って思うよ」

「でも、悪い気はしない」

「そっかそっか。こういうよく分かんないノリが合うなら、きっとわたしたち上手くやって行けるよ」

「ああ」


 二人して上靴を汚しながら、見つめ合った。大人とか特別とか、そういうのはどうでもいい。ただ唄陽があたしに時間を使う限りあたしも時間を唄陽に注ぐという決定事項。絡み合う蔓のような約束がこそばゆくも心地良い。

 好意的な感情しか往来しない相手と、これから何をしていくのか。見えないものに期待が膨らんで仕方ないなんて、本当に仕方ないなと歯が擦れるように笑った。

 その小さな笑いを受領した唄陽は満足そうに足を大きく振りながら畑から出た。


「それじゃあさ、早速なんだけどさ」


 別のレンガで仕切られた畑へと向かうが、そこは何も生えていない休耕地だと思われる場所だ。よく見ると一か所だけ色の違う土が被せられた場所があり、唄陽はそこを素手で掘り返し始めた。そして、そこから何かを摘まみ上げ、あたしに差し出してくる。

 石灰のような白い小粒。特段綺麗な色合いという訳でもないが、形だけはよく整っている。


「はい、これ」

「いや、急に渡されても。なんだよ、これ」

「さっき言った、宇宙人の落とし物。わたしは『星の種』って呼んでる」

「あー、そういえば言ってたけど。へぇ……」


 残念ながら、そんなにすごい物には見えない。河原や海にでも行けば似たような石ころが見つかりそうだ。

 だから感嘆は出てこない。代わりに、唄陽が大事に埋めていた宝物を、あたしだけに見せてくれている事実の方に心が動かされる。そう、唄陽にとっては『星の種』は何よりの宝物なのだ。唄陽が大事にしている物なら、あたしも相応に興味を示したい。


「わたしが埋めても全く芽が出る気配すらないんだよ。でも、捩菜ちゃんならもしかしたらと思って」

「なるほどな。いや、どうだろうな……」


 唄陽はあたしに植物の成長を速める能力があるって根っから信じてるみたいだけど、あたしの方はまだ半信半疑だ。昔はよく枯らせていた訳で、その"枯れる"と"成長する"がどのように決定されているのかも分からない。完全なランダムか、あたしの成長に合わせて進化したのか、それとも何か条件があるのか。


「期待してるところ悪いけど、あたしに変な能力があるとしてもだ。不確定要素が多すぎるから、もっと検証してからの方がいいんじゃないか?」


 流石に唄陽の宝物をダメにしてしまっては、こちらとしてもダメージが大きい。力の把握、まずはそこから一歩一歩進んでいくべきだ。


「ふむふむ、なるほど。確かに焦る必要は無いよね。特殊能力の解明も、それはそれで宇宙の神秘の一つなわけだ。そこから一緒に楽しんでいこう!」


 唄陽はあっさりと納得し、星の種をハンカチに包んでポケットにしまった。

 本当に引っかかりの無い性格だ。それでいて、凄まじい行動力も併せ持っている。どこまでも走り抜けていきそうなこのエネルギーの塊にあたしも巻き込まれ、何を成し遂げるのか見届けたくなるのだった。

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