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6.急成長①

 体育の時間に、ついでとばかりに「今日も屋上に行きませんか」と誘われた。今度はハッキリと「行く」と答えた。


 昼休み、唄陽が席を立つのを見て、あたしは昨日よりも早くそれに続く。早足で廊下に出ると、唄陽が振り返りながら微笑んでいた。


「今日はストーカーごっこはしないんですね」

「いいだろストーカーじゃなくて友だとぅい友達だし」


 ……噛んだ。一番恥ずかしい所で噛んだ。気軽に時間を巻き戻せたら良いのに、とうまく回らない舌に歯を立て懲らしめながら思う。


「そうですね。友だとぅいなら一緒にご飯を食べますか?」

「それは、無理」


 イメージして出来ないことは無理しない。廊下で隣を歩くのは、大きく踏み出せばできる。教室で唄陽の領地に併合されるのは、大きな壁に阻まれるようだった。


「屋上で二人きりで、というのならどうです?」

「それは……」


 あたしの感じた壁を避けるように、唄陽が提案してくる。イメージする。晴れた空、静けさ漂う風。夏の匂いを感じながら、誰にも邪魔されない穏やかな時間を、二人だけで。

 悪いものを思い浮かべるのが難しい。いや、きっと何かあるはずだ。面倒な作業を押し付けられるとか、それはとても面倒だ。でも、断る理由としては弱すぎる。


「……唄陽はいいのかよ。他の友達ほっといてあたしとだけなんて」

「いいのかって、私が提案してるんですけど?」

「それはそうだけど」

「ふふっ、じゃあ決まりですね!明日はお弁当を持って屋上に集合です!」


 唄陽は胸を張って歩を早める。もう明日を楽しみにしているかのようで、どうしてあたしに対してそんなに前向きな気持ちを持てるのか不思議に思う。本当に、未だ謎多き少女だ。


 屋上のドアの前までやってきた。初めて来たのが二日前で、その時よりも暑さが湿度とともに跳ね上がっている気がする。もう少しあたしがここに来ようと思いつくのが遅ければ、あたしは階段の踊り場辺りで先へ行くのを止めていて、戻る際に唄陽と出くわすこともなかったのかもしれない。


「さて、どうなってるかなー?枯れてるかなあ?」

「気が早いな」


 素になるのも、枯れてると思うのも。流石にあたしも一日で植物を枯らせたことはない。まあ、最後に植物を植えたのは小6の田植えが最後だし、あれから才能が開花していればあり得なくもない。なんてしょうもないことを考えながら、唄陽の期待には応えられないだろうなと帰結する。

 ドアが開き、唄陽が屋上へ飛び出す。後を追おうとすると、唄陽が硬直して出口を塞いだ。


「え……」

「そうガッカリしないでくれよ。流石に一日じゃ無理が」


 あたしは邪魔な唄陽の肩を押して出ようとする。唄陽の身体は軽く動き、足に力が入っていないことが分かる。というかそのまま崩れ落ち、地面にヘタリと座り込んでしまった。そして、


「すっげーーーーーーーーーーー!!!!!」


 叫んだ。下の階の生徒に聞こえるんじゃないかというレベルのダイナミックな声で。

 何だ何だと思いつつ、今の唄陽が反応を示しそうなものは昨日植えたブルーベリーの苗木しか思いつかない。本当に枯れていたのか、だとしたらあたしの能力も大したもの――。え。


「なに、あれ」


 あたしの目がおかしくなったか、はたまた記憶違いか。昨日ブルーベリーの苗木を植えたはずの場所には、高さ2メートルくらいの低木が植わっていた。いや冷静に考えて記憶違いはない。これだけの存在感を放つ丸々した枝葉を見逃す程この畑に無関心ではなかった。


「ねえ、逆にすごく成長してるよ!どうなってるの!捩菜ちゃん!」

「うおあああ、揺らすな、あたしにも分からないからぁ!」


 立ち上がった唄陽に激しく肩を揺すられるも、あたしに答えられるはずもなかった。ドッキリでなければ、昨日は膝の高さくらいしかなかったブルーベリーの苗木が、一夜にして急成長を遂げたことになる。


「本当に分からないの!?本当に捩菜ちゃんって超能力者、いや、宇宙人なんじゃないの!?」

「おお落ち着けぇ!超能力者は知らないけど宇宙人はあり得ないだろぉ!!」


 唄陽の瞳が、あたしが植物を枯らしてしまうと話した解き方と同じ輝きを、いや、それよりも強い輝きを放っていた。突然宇宙人なんて言葉が出てくる時点で正気ではないので、依然あたしの肩を揺らしてくる手を掴み取り、現実に戻らせようとする。

 一旦距離を離すために押し出そうとすると、何故か強い力で抵抗してきた。拮抗する力、体勢が悪くて腕よりも腹筋の方がプルプルして辛い。腹筋が震えると腰にも響く。


「宇宙人はあり得なくないよ!」

「何を根拠に!てかあたしは少なくとも地球人」

「昔、宇宙人の落とし物を拾ったから!」

「宇宙人の落とし物……?」


 口調と共に腕の力も強めてくる唄陽を突き放すを諦め、あたしは腕の力を抜く。繋がった腕の架け橋はプルプル震えて、お互いの疲労を伝え合っていた。


「そう。昔公園で遊んでたら、空から落ちてきたの。上を見ても鳥も雲も飛行機もない空で、じゃあどこから落ちてきたんだろうって考えて」

「はぁ、だからって宇宙人は無いだろ……」

「分からないじゃん。宇宙人が居るかどうかなんて。だからわたしは、この庭を作ったんだよ」

「え……?ごめん話が分からない」


 ここは唄陽が先生に頼まれて作物を育てている空間のはずだ。今の唄陽の言葉まるで私物にしているようで、そういえば最初に秘密の庭だとか言ってた気はするけど……。


「だって、宇宙人ってよく田んぼを狙うでしょ?ミステリーサークルなんて作って遊んで」

「ん、まあそういう話は聞くけど」

「だからこうして、周りより高い場所に畑を作って、色んな物を育てて、宇宙人に見つかりやすくしてるの」


 めちゃくちゃな事を言っている。けど、空を見上げる唄陽の顔に、冗談の色は一切見当たらなかった。唄陽はここに一人で畑を作り、宇宙人に見つかるのを待っている。そんな物語じみた事実が横たえられている。

 それは、これまでに知った唄陽の知られざる素顔の中でも、一番衝撃的だ。

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