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12.スナメリ

「それで、そろそろ本題なんだけど。日焼け止めまで塗ってこの後どうするんだよ」


 電車でもバスでも着いてからも焦らされていた海に来た目的を、やっと聞き出せる。


「ふふー、それはね。ウォッチング!」


 返した日焼け止めをしまう手が、入れ代わりに双眼鏡を引っ張り出した。バードウォッチング、ホエールウォッチング。ホエールウォッチングは船に乗ってやるイメージだし、バードの方だろうか?

 そう推測しながら、周りを見る。海岸には何もいない。続いて海の遠くの方を眺めると、白いカモメのような鳥が群れているのだけは見えた。


「カモメなら見えるけど」

「違うよー」


 唄陽は手で×を作った。カモメを見に来た訳でもないらしい。


「この辺でね、スナメリの発見報告があったんだよ」

「スナメリ?って」


 なんだっけ。生物の名前だった気はするけど、聞き慣れないものである。


「イルカみたいな生き物で、白くてツルツルしてるんだよ。ちょっと宇宙味を感じない?」

「白くてツルツルだと宇宙なのか?」


 説明されても見た目をちゃんとイメージしきれないから分からない。イカとかクラゲは何となく宇宙人感はあるけど。でも、海の生き物なんて、エビもタコもどれも宇宙生物っぽいと言えばそれまでだ。


「だって、星の種も白くてツルツルしてるし。スナメリから何かヒントを手に入れられたらなって」


 唄陽は真顔でそんなことを宣う。あの種が宇宙から来た前提の理論だったらしい。

 まあ、いいか。どうせあたしに大きな目標なんて無いし、唄陽の宇宙を夢見る目を標にしても。それが何の成果も生まないとしても、唄陽と二人で居た時間は変わらないものとして残り続ける。

 しかしスナメリなんてそんな簡単に見れるのかと、水平線を一睨する。眩しくて目が細くなるから本当に睨む感じになる。キラキラと見えもしない太陽の光を海面が反射しているせいだ。これでは、たとえ白い頭がひょっこり出ていても見つけられる気がしない。こうなると一つしかない唄陽の双眼鏡だけが頼りだし、二人がかりの意味は無いのでは。

 そして、双眼鏡を首に提げた唄陽の手は、それを目元に合わせようともせず。左手があたしの腰まで伸びてきて、右手を捕獲された。


「もらった!」

「いや、それだと双眼鏡使えないだろ」


 手を繋いで笑顔になったところに、真っ当なツッコミを入れる。


「だって、せっかく妹になれてるのに、双眼鏡持ってる場合じゃないじゃない?」

「宇宙よりも甘えるの優先かよ」


 その優先順位に呆れ、目線を下げる。もう離さないとばかりに力と温もりを押し付けてくる、あたしよりも少しだけ小さな手。

 木漏れ日を掴み取るように、ゆっくりと握り返す。


「真剣な顔して、どうしたの?」

「本物の妹よりも、甘えん坊な手だなと思って」

「それは良くないね」


 唄陽が手を引いて歩き出す。その強引さに機嫌を損ねたかと不安になる。別に唄陽の甘えっぷりを批難した訳ではないのに。


「本物の妹ちゃんももっと甘やかそう」

「良くないってそっちかよ。うちはそういうんじゃないし」


 機嫌を損ねたと危惧したのは杞憂だった。


「うちの妹は絡んでは来るけど、ベッタリするタイプじゃないんだよ」

「いーや、そういう子は本当はベッタリいきたいタイプかもしれないよ。妹歴17年のわたしが言うから信憑性あるよ」


 なんて事無しに放たれた唄陽の言葉。告げられる17年の歴史の存在。

 自然と膝より下が力み、爪先が砂利に飲まれる。やっぱりというか察してはいた事だけど。


「姉、居るんだな」


 唄陽も足を止める。止めてなければあたしは砂利に足を取られて転んでいただろう。


「あれ、言ったこと無かったんだっけ?居るよー、金髪で元ワルなのが」

「金髪で元ワル」


 あたしの事を指してるんじゃなかろうかと思う特徴だった。ワルなのは元のつもりはないけど。でも、唄陽は冗談を言っているようではない。


「後、優しい」


 また腕をグイっと引っ張られた。それを弾みにまたあたしたちは歩き出す。不思議と足の力は適切になり、転ぶことは無かった。


「……もしかして、唄陽のお姉さんって、あたしにすごく似てる?」

「割かし似てるね。あっちはフワフワしてて、捩菜ちゃんはカチカチしてるけど」


 フワフワとカチカチって何の事かと思えば、触れたときの感触だろうか。唄陽に触られた時にそうなっている自覚はある。沸き上がる熱で焼き加減がウェルダンになってしまうのだ。


「そして、わたしはお姉ちゃんも捩菜ちゃんも大好き」

「うぐっ」


 喜びと苦しみが同時に胸を叩いた。大好きなんてまことしやかに言われれば、誰だって嬉しい。

 でも、きっとあたしは姉よりも大好きの度合いで負けているだろうと、ハッキリと分かってしまう。17年と6日の厚みの差は誰から見ても歴然だ。

 あたしから見れば、あたしと唄陽の物語は最近始まったばかりの小説第一巻だ。それに対して、唄陽からすれば、あたしという人間は唄陽と姉の長い物語に現れた新キャラ、とでも言うべきか。主観の違いによる認識の齟齬はなかなかに残酷だった。

 唄陽はあたしにとってはメインヒロインで、あたしは唄陽にとってはメインヒロインではない。……メインヒロインて、言葉を適切に選んでいる余裕もないのか今のあたしは。唄陽は友達であってそういうのじゃない。


「中学からお姉ちゃんとも全然会えなくなってたし、捩菜ちゃんと出会えて本当に良かったよ。……あれ?なんか辛そうだけど、どうしたの?お腹痛い?」

「そういうんじゃなくて。……やっぱり似てないだろ。よく考えれば、あたしは全然優しくなんてないし」


 違っていて欲しい。あたしを実の姉の代用品として見られるくらいなら、良い共通点でさえも。


「えー?すごく優しいと思うけどな。甘えたら受け止めてくれるし、こないだお弁当たくさん分けてくれたし」

「それは、唄陽の優しさが一時的に移っただけだ。誰でも優しくされればその相手をぞんざいには扱わないだろ」


 求められる優しさは、辛い。それが取り柄になると、自分の血は他人の垢で淀む。そうなるくらいなら、他人に優しいなんて思われない方が良い。唄陽には拗らせてると思われるだけかもしれない。けど、あたしは小中校でそういう泥を確かに蓄積させてきたのだ。


「なるほど、そういう見方もあるのかー。じゃあ」


 何を思い立ったか、唄陽は足元をキョロキョロと見始めた。それからしゃがんで何かを拾い上げる。それは中身の無い白い貝だった。


「かぷ」

「痛っ」


 その貝殻で何故か腋を挟まれ、ジンとした痛みが駆け抜ける。


「はい。これでわたしは優しくなくなりました。捩菜ちゃんも、もうわたしに優しさを返す必要はないね」

「いや何言ってんだ……?」


 行動も言葉も、奇妙極まる。理解の及ばないあたしの目の前で、唄陽は何かを掴んだかのようにうんうん唸る。


「わたしも見誤ってたよ。わたしが最初に好きになったのは、優しくなさそうな捩菜ちゃんだったから」


 貝殻をポイと投げ捨て、下から覗き込んでくる、興味を輝かせる瞳。優しくなさそうなあたしを好きになった、と言われても、まだ何もピンと来ない。


「入学式で、生き辛そうにしてるのを見てから、ずっと気になってたし」

「入学式って、そんな前から……?」

「うん。入学前から、高校ではそういう人と仲良くなりたいって考えてて、ちょうどその時だったんだよね」


 あたしが唄陽を認識するよりもずっと前に、あたしは唄陽に見られていたというのか。入学式の時点であたしは人を寄せ付けないように工夫していたのがこの繋がりの発端になるなんて、予想だにしないことだった。


「わたしは、捩菜ちゃんに優しさを強要しない。わたしの行動は全部わたしの為で、優しさを押し売りする訳じゃない。それを踏まえてもらって、捩菜ちゃんが一番そうでありたい姿で、わたしの前に居てくれていいから」


 唄陽が、またあたしの手を取ってくる。あたしがどう変化しても、彼女は彼女の都合であたしの手を取ってくる、取りたがる。それを振り払うのは、あたしに与えられた当然の権利となる。唄陽との繋がりは、あたしの選択に委ねられ、それであたしは。


「あ。そう来るんだ」


 唄陽はふわりと崩れるように笑う。


「ここまで言って握り返してくれるなんて、捩菜ちゃんは根っから優しいんだよ」

「別に、優しいんじゃ」


 なければ、一体この気持ちは何だというのだ。唄陽が自分の望みで手を伸ばしてくるのなら、あたしも……。そういうことになるのか。


「あたしもわぁ、唄陽と繋がっていたいから」

「もわぁ、と繋がりたいの?」

「そ、そんな変な繋がりじゃなくていい……」


 "も"が恥ずかしくて急ハンドルを切った結果、すごく恥ずかしいことになってしまった。ただでさえ恥ずかしいことを言ったのだから、恥の3乗の熱で全身が蒸発してもおかしくない。


「そっか。じゃあ、このままお散歩しようか」

「ああ」


 何とか熱に耐え身体を固体に保ちながら、唄陽と共に海岸を歩き始めた。

 他愛も無い話をしながら、唄陽の手の感触だけは確かなものに受け取りながら。


 あたしが一番そうでありたいあたしの形を、こんなジャガイモの空ではなく、いつか目一杯降り注ぐ陽の光の下でさらけ出せたら、良いな、なんて。




 今日はとても有意義な一日だった。

 せっかくの休日なのでと、捩菜ちゃんを遊びに誘った。一番の理由は、捩菜ちゃんのことをもっと知りたかったから。

 お互いのやりたいことを一つずつ提案する形にすれば、捩菜ちゃんのことをよく知れると思ったんだけど、その結果がもうびっくり。まさかまさか、捩菜ちゃんが自分からお姉ちゃんになるなんて言い出すなんて!そんなこと言われたら、我慢できる訳がないよね、うん。駅で普通にその胸に擦り付いてしまっても仕方がない。

 そんなこんなで、わたしが考えていたスナメリウォッチングはまたの機会に。どうせ元々見れないと思ってたし、お話ししながらの散歩がメインなのは変わらないけど。予定よりも捩菜ちゃんについての収穫が多かったと纏めなければならない。

 捩菜ちゃんは自分のことを優しくないと思っているらしい。それは事実と異なるとわたしは知っている。

 でも、捩菜ちゃんは捩菜ちゃんが信じる捩菜ちゃんであればいいと思う。優しさに対して臆病なのは、かわいい。捩菜ちゃんしか持ってない色なのだ。

 今はまだ暗いその色が、輝く時まで。いや、それからも。わたしは捩菜ちゃんと一緒に居たい。

 昼間より雲が減った夜空を部屋の窓越しに見上げる。

 スナメリよりは見つけやすい流れ星に、今度お願いしてみよう。『捩菜ちゃんともっと楽しくずっと笑顔で居られますように』。

 

ここまでで一章となりますが、伸びなかったのでこれが最終話となります。

次回作の励みになるので、最初から最後まで読んでくださった方が居れば最終話に"いいね"してしてくれると嬉しいです。

それではまた、別作品で。

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