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11.姉になる 2022/6/5日

 駅の待ち合わせ場所に着き、唄陽を待つ。5分後の電車から降りてきた唄陽は、涼やかな白のワンピースを身に纏い、風に吹かれるような軽い足取りであたしの方へやってきた。


「お待たせー」

「ああ……」


 周囲にヒマワリでも咲き誇りそうな夏めく装いが、あたしの前で止まる。視界に息づく美少女。目の当たりにするだけで心臓の血に砂糖を注がれストローで掻き混ぜられ――「うっ」――るなんてことを錯覚しないように胸を拳でドンと叩いた。


「何してるの?」

「ごほっ、別に何も。それよりも、今日どうするか話そう」


 突然自傷行為を始めたあたしに目を丸くする唄陽を流す。


「……んー?まあいいか。じゃあ捩菜ちゃんが行きたいのはどこ?カラオケ?ボウリング?最近できたなんとかタワーでも上っちゃう?」

「いや、あたしのはそういうのじゃなくて。やりたいことって話だったから、その……」


 心に決めてきたことなのに、いざ唄陽の興味に満ち溢れた顔を目の前にすると詰まってしまった。だけど、こういうのは一度言い始めたなら早く言わなければどんどん恥ずかしくなるから、気合で踏み込む。


「……今日一日、あたしは唄陽の姉、になろうと、思う」

「おぉっ!?」


 唄陽の瞳が陽下のヒマワリよりも金色に輝いた。

 あたしが導き出した今日の答え、それが姉だ。唄陽は姉妹に対して何か思い入れがあるようだし、あたし自身の価値を見せるための餌としては良い案だと思った。これでも姉歴は11年目だし、何かしらの積み重ねはあると信じている。


「そうきたかー、えー、でもいいのかな?」

「な、何か不満でも?」

「不満なんてあるわけないよ。でもでも、わたし、お姉ちゃんには容赦しないよ?わたしのお姉ちゃんになるっていうのがどういうことか身に染みるよ?」


 容赦しない、とは?まさか相手が姉となれば暴力も辞さないタイプの妹ではないだろうけど。


「なんか、そこまで言われると怖くなる……。試しに一回だけ容赦しないでみてくれるか?」

「分かった。つまりはこういうことだ!ぐわー」

「っ!?」


 唄陽が腕を広げ、その時点で嫌な予感に襲われ。その直後にはあたしは唄陽によって締め上げられていた。全く身動きできないほど強く、はないけど、心が硬直してやっぱり動けない。唄陽はあたしが動けないのをいいことに、胸元に顔を埋めて、それはもうグリグリと。唄陽があたしに染みていく。本当に容赦がない。


「ちょっ、おっ、こういうことかよ!」

「んふー、まあこういうことだよねー」

「もう分かったから離れぇ!」


 甘く見ていた。姉になると言っても、姉呼びされて少し我が儘を言われる位が精々だと思っていた。基準をうちの妹にしたのが間違いだったようだ。

 とは言うものの。


「んー。その感じだと、これは駄目なのかな?」

「……場所を弁えてくれれば、別に」

「おー、さすがお姉ちゃん!」


 あたしも、唄陽の甘えを受けるのは嫌いではないと認めざるを得ない。拒むよりも受け止めるのにエネルギーを使いたいと思うくらいには。

 出だしから鼓動が速い。腕もまだ拘束を受けたように固まっている。そういうこともあるだろう。

 また不健康な1日が始まるんだろうな。




 電車に揺られ、バスに揺られ、湿った潮風に揺れる。

 唄陽の希望でやってきたのは、海だった。長く続く砂と砂利の浜辺の奥の方に、釣りをしている親子らしき影が見える。それ以外何もない。

 何をするんだろう。海水浴にはまだ早いし、後は海といえばバーベキュー。でも、唄陽はもちろんバーベキューセットなんて持っていない。トングすらはみ出しそうな小さな鞄を肩から提げているだけだ。

 何をするんだと視線を向けていると、唄陽は鞄を開けて小さな容器を取り出した。


「えっとね、まずはこれだよ」

「これは、日焼け止めか?」


 それを認識すると同時に、あたしは空を見上げる。雨は降ってないけど、重そうな雲がジャガイモのように敷き詰められていた。日焼け止めよりも念のため持ってきた折り畳み傘の方が有用そうである。


「……要るか?それ」

「曇りでも日焼けするんだよ?太陽パワーを舐めてはいけない」

「そういうものなのか?」

「そうだよ。はい」


 唄陽はあたしに日焼け止めを手渡してきた。受け取りながら、唄陽は塗らないのかと疑問に思ったところで。


「塗ってー、捩菜お姉ちゃん!」

「ぐふっ」


 不意打ちのお姉ちゃん呼びを食らって、そして笑顔ですり寄られて、身体の奥から得体の知れない何かが飛び出そうになる。


「どうしたの?お姉ちゃん」

「い、いや……」


 平常心を失いそうになったが、姉になると宣言したのはあたしだ。姉なら、妹に日焼け止めを塗るくらい淡々とこなすものだろう。

 あたしは心を固めて、姉に努める。目の前に居るのは妹。背はあたしよりも低く童顔なので、思い込むのは難しく無さそうだ。


「……ジッとしてろよ」

「うんっ」


 手に日焼け止めクリームを適度に出し、唄陽の二の腕に塗り込んでいく。華奢、という程でもないけど筋肉は少なく、これでよく階段から落ちるあたしを支えられたものだと不思議に思う。

 腕と足首に塗り終わり、顔に手を伸ばす。


「あ、顔は大丈夫。化粧してるから」

「ああ、そうか」

「後は首をお願い」


 首、と言われて見てみるも、長い黒髪に覆われていて、必要か?とまた疑問に思う。思いながら髪を掻き分けてうなじを露にする。


「んふぅ」

「首」


 変な声を出すな。保健室でも首周りを撫でたときに反応してたし、思わず『首弱いのか?』って聞きそうになった。聞いたら変な空気になりそうだから堪えた。


「首?」

「……白いな」

「そうなの?思えば首の後ろって自分で見ること無いね」

「言われて見れば。日焼け止めクリームよりも白いぞ。塗ったら逆に日焼けしたみたいになるかもな」

「ぐえっ」


 実際はそこまで唄陽のうなじは白くないけど適当言ってみつつ。妹をからかうのも姉の仕事だから、多分。

 そして、ガシガシと強く日焼け止めを塗り込んだ。弱くするとくすぐったくてまた変な反応をされそうだし。


「よし、こんなもんだろ」

「うん、ありがとー。次はわたしが塗ってあげるよー」

「あたしはいいよ、自分でやる」


 どうせ曇りだしと思って、少量を伸ばして適当に肌に塗っていく。

 塗り広げながら、勿体なかった、という言葉も心の内に広がっていく。クリームの量が多いとか少ないとか、そういうことではなく、つい自分でやると言ってしまったことが。

 どうして?勿体ないということは損が発生しているということ。唄陽に塗ってもらった方がお得なのか。また身体がカチカチと強張るだけなのに。

 ……いや、唄陽と触れ合うことであたしの中に肉体の疲労以上の喜びが生まれる事には、とっくに気付いているはずだ。というか、正の感情に不慣れだから身体が保たないだけで。ただ、それを噛み砕いて理解することが、どうしてだか出来ない。理解できないことは損得の計算に勘定することが非常に難しい。

 いつか理解できた時、あたしと唄陽の関係はどうなっていて、どう変わっていくのか。今日この日もう少しクリームを多く使っておけばよかったな、なんて後悔する日が来ないことを祈るばかりだ。

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