73 戦闘なんてできない無能
思いもしないモンスターの出現に驚愕し、足が止まる。レイは一応威嚇をしながら、私の指示を待ってくれている。白い蜘蛛もこちらを睨みつけ、前足を上げて威嚇している。大きさと色以外はどう見てもネットスパイダーなのだが、真っ白い体が異質さを放っている。
「レイ、一旦そのまま気を引いて!」
私の指示を聞いてレイは一歩前に踏み出し、前傾姿勢で相手を威圧する。私も少し近づき、モンスターの名前を確認する。
表示された体力バーの上には「マザースパイダー」と書かれていた。どうやらただの色違いではなく、ネットスパイダーとは別種のようだった。名前的にネットスパイダーたちのお母さんなのかな。だとしたら手強いかもしれない、とりあえず相手の出方を見てから考えよう。ネットスパイダーと同じように糸の塊を飛ばしてくることを想定して、ポータルの準備をしておく。
しばらく膠着状態を維持していたが、相手が先に動きを見せた。マザースパイダーがお尻を股の間から突き出し、お尻から糸を出す仕草をした。予想通りの動きに、私は魔導書を構え、発射されるのを待った。しかし射出された糸は大きな塊ではなく、4本の細い糸だった。あてが外れた私は対応できずにいた。飛んできた糸はレイの四肢にそれぞれ纏わりついた。振りほどこうとするレイだが、強力な糸のようで切れる気配がなかった。マザースパイダーはお尻から出した糸を器用に前方の4本の脚にくくりつけた。そしてその4本の脚を上に掲げ、まるで指揮棒を振るオーケストラの指揮者のように細かく上下させだした。
ガルルルルゥー!!
すると、さっきまで糸を解こうと必死だったレイが立ち上がりこちらに向かって威嚇をしだした。レイの表情を見ると、まるで親の仇を見るようなすごい形相でこちらを見ていた。急なことに驚き、状況が読めずあたふたする私。そんな中、マザースパイダーはまた糸のついた脚を動かしだした。そしてそれに呼応するようにレイがこちらへ向かって走ってくる。
「なんで?やばいやばいやばい。えっとえっと、ワープ!」
豹変し、こちらを襲おうと飛びかかってくるレイに危機感を感じ逃げようと近場の木の枝の上に瞬間移動した。しかし、慌てていた私は頭の上にいたマルのことを忘れており、置き去りにしてしまった。瞬間移動した私は、元いた場所に目をやると襲いかかってくるレイに対してマルは丸くなり防御態勢で攻撃を防いでいた。どうやらダメージは入っていないようで、少しホッとした。
一旦冷静になり、状況を整理する。たぶんレイはマザースパイダーによって私達を同士討ちさせているんだと思う。原因はあの糸だ、今もレイに巻き付いている。あの糸を使って操っているに違いない。そして防戦一方のマルだが、レイが風纏いをしない限りはダメージにならないだろう、今のうちに対策を考えなければ。まずはあの糸を切って、レイを開放するのがいいかもしれない。にしても、鋭く切れる物を私は装備していない。ポーチを漁ってでてきたのは、ウサ吉の毛を刈る用のハサミくらいだ。切れるかどうかは置いといて、そもそも暴れるレイに近づいてこのハサミで糸を切るなんてことはできないだろう。さて、どうしよう…。必死に対策を考えながらポーチを漁っていると、1つの魔結晶が目に入った。それはウサ吉のものだった。そして、それを見て私は閃いた。
「レイ、戻って!」
そう叫びながら、レイを魔結晶化させる。それはうまくいき、レイは消えて私の手元にレイの魔結晶が帰ってきた。
最初っからそうすればよかたんだ、と焦っていた私に言い聞かせたくなった。ただし、これは一時的な策であってあの糸がまた飛んでくれば同じように操られてしまうだよな。こうなると仲間を出せなくなってしまう。どう戦ったものか。
マザースパイダーは両手の糸を切り離し、次の攻撃の準備をし始めている。今度の標的はマルのようで、今にも糸を飛ばしてきそうだった。私は急いでマルも魔結晶に戻し、それを防ぐ。マザースパイダーはすぐにこちらを睨んできた。打つ手のない私は急いでワープを唱え、発動した。マザースパイダーの背後の草むらに移動し、すぐに隠密を使い一旦隠れる。私の姿を見失ったマザースパイダーは辺りを見渡しながら、消えた私を探そうとしている。
このままリターンを使って逃げるのもいいけど、どうにかして倒したいと言う気持ちが湧き出ている。しかし、仲間を出すと操られてしまうこの状況はとてもまずい。なぜかと言うと、私自身は正直戦闘なんてできない無能なのだ。こうなってしまうと、ほんとに何もできない。いっそのこと私が捕まるのはどうだろうか、その間にみんなに攻撃してもらおう。そうだ、それで行こう。そうなると、メンバーはウサ吉とレイに社員さんの3匹にしよう。
3匹をそっと草むらに隠れるように召喚する。
「みんな、静かにね。まず私が捕まりに行くから、それまでは待機。私が操られたら、ウサ吉は増毛して私を抑えて。私を抑えれたら、レイは全力でマザースパイダーを攻撃。社員さんはここで待機しながら私が死なないように回復ね。」
3匹は黙って頷いてくれた。こんな細かい指示でも対応できるんだ、と少し感心した。
「それじゃー、行ってくるね。あとはよろしく。」
そう言って隠密を解除し、草むらから私だけ飛び出る。すぐにマザースパイダーも反応し、こちらを向く。一応戦う姿勢として魔導書を構え対峙する。念の為にストックしておいた魔法はすべて破棄した。マザースパイダーは標的を定めるようにこちらにお尻を向け、糸を出す準備をする。
「さ、こい!」
気合を入れて待っていると、お尻から出てきたのはねばねばした糸の塊だった。慌てて横にヘッドスライディングを決め、なんとか躱す。
「そっちじゃなーい!」
土まみれになりながらそう叫んでしまった。急いで立ち上がり、態勢を整える。マザースパイダーは次の準備ができたのか、お尻を大きく振ってまた糸の塊を飛ばしてきた。
「とうっ!」
2度目ともなれば流石に心構えができ対応できた。華麗に前転して避ける。勢いだけでやってみたが意外とできるのだねっと少し感動した。
その後も数分待ってみたが、飛んでくるのは糸の塊だけでお目当ての操る糸は飛ばしてこなかった。
何か原因があるんだろうか。さっきと違うのは、仲間がいないことだけだけど。確かに敵が一人なら同士討ちさせるために操る必要はないのだけれど、賢いなこいつ。
「ウサ吉ちょっと出てきて。」
検証のためにウサ吉を草むらから出す。それに気づいたネットスパイダーは両方を見れるように体勢を変える、そして前足を上げて威嚇してきた。ここまではさっきと同じだ。そして続けて私の方を向き、お尻を突き出した。そしてその瞬間がやってきた、私に向けて細い糸を飛ばしてきた。思惑は当たっていたようだった。
「みんな、作戦通りに!あとは任せたよ。」
捕まる前にみんなに合図を出しておく。強靭な糸が私の手足に巻き付き拘束される。そしてその後、私の体の自由は奪われて何もできなくなった。言う事を聞かない私の体は勝手に動きだし、ウサ吉と対峙する。さっき伝えた作戦通りにウサ吉は増毛で大きくなり、私の上からのしかかって来た。
ぼふっ
ふかふかの羽毛布団が上から降ってきた、そんな感触だった。とても気持ちがいい。このままウサ吉に全身を埋めていたいのだが、そうはいかないようでモゾモゾと這いずって抜け出そうとする。大量の毛の中から抜け出して、顔が外に出る頃には体の自由が戻っていた。念の為体をウサ吉に踏まれた状態で、顔だけ振って周囲を見渡す。すると、レイが遠吠えと風纏いをしてマザースパイダーに襲いかかっていた。それに対抗するようにマザースパイダーはレイの攻撃を前足を使って防いでいた。しかし力の差があるのか、レイがじわじわと押し勝っているようで、ネットスパイダーは少しずつ地面に押し付けられている。そして勝負はあっさりとついてしまった。レイが右手を大きく上げ振り下ろすと、こらえていたネットスパイダーは崩れ落ち、地面に叩きつけられた。そのままとどめを刺すのかと思ったが、そうはせずにこちらを向いている。
ワフッ!
尻尾を振りながらこちらに何かを訴えていた。やけに嬉しそうだった。私は急いでウサ吉から抜け出して近寄ってみる。マザースパイダーはまだ生きており、もがきあがくように脚をバタバタと動かしている。
「レイ、とどめは?」
ブンブン
拒否されてしまった、何をしたいのだろうか。こういうときに、言葉が通じないのはちょっともどかしい。ネットスパイダーの体力はあと少ししかなく、いつでも倒せる状態だ。故意に倒さずに弱らせているようだった。弱らせている?そう言うことか。
レイのしたいことがわかった私は、2匹に近づいてスキルを発動した。
「テイム!」
|ω・) 鈍器「私の出番は?」
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