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8 傷心の中、吸血鬼の少年に出会いました

「……何でしょう?」


 この近辺は治安が比較的良いとは言え、深夜ともなれば酔漢たちの喧嘩も決して皆無とは言えない。いつの世も、そしてどの階級だろうと酔っ払いは場所を選ばないものだ。

 褒められた行いではないが、ミリアは興味本位から騒いでいる方へと足を運んだ。


 角の先をそっと窺えば、薄暗い街灯の下、二人組の男たちが一人の少年を暴行していた。


 どこにでもいるような庶民の服を着た少年は、見た感じ十やそこらに見えた。

 ああなった経緯はわからないが、男たちはどうにも虫の居所が悪そうだった。

 理不尽なのか応報なのかはここに居てはわからないが、とにかく少年は殴る蹴るを受けていて抵抗一つしない。きっとできないのだ。


 ミリアは見過ごせず、駆け出していた。


「何をしているのですか!? 子供相手にやめて下さい!」


 駆け寄っていき仲裁に入れば、男たちは不機嫌な様子を隠しもせず彼女を睨んだ。


「何だあんた? 一緒に殴られてえのか?」

「おい止めとけよ、見た所上流の娘だ。下手に手を出すと後が怖いって」

「ちっ……! 関係ない奴はすっこんでろ!」


 二人はミリアの方に唾を吐くと再び少年を蹴り出した。


「なっ……!」


 瞠目するミリアは、男たちの粗野な振る舞いへの憤り、自分よりも弱い者に手を上げる卑劣な性根にカチンと来ていた。

 小さく呻く少年の痛々しさが余計に怒りのボルテージを上げる。


「申し訳ありませんが看過できません。もしもこの子が悪さをしたなら謝らせて反省させるべきです。その機会も与えないのですか? それとも落ち度もないのにこんな風な酷い事を? だとしたら許せません」


 いつもなら誰か人を呼んでいたかもしれないが、今は彼女自身だけで立ち向かった。

 湧き上がる怒りと共に自棄になっていたのは否めない。


「ははは、威勢がいいな。どうするってんだ?」

「おいやめとけよっ」


 もう一人が止めたが、短気なのかいきり立つ男はミリアの胸倉を掴んだ。


「うっ……!」


 爪先が浮きそうになってもがいたが、体格差から男の腕はビクともしない。酔いも入っているのか酒臭く、男はミリアへと拳を振り上げた。


(殴られたっていい。きっと物理的な痛みは心の痛みには及ばないはずです。何より吸血鬼よりは怖くありませんし)


 殴るなら殴れと挑むように睨み据えていると、男はようやくミリアの服装だけではなく容貌にも気付いたらしく、口笛を吹いて両眉をくいっと上げた。街灯の光は細く暗がりが多い路地裏だったので、近くでよくよく見なければわからなかったのだ。


「良く見りゃ別嬪さんじゃねえか~」


 それまでの嘲笑を下卑た男の笑みへとシフトさせ、男はミリアの胸倉から手を離して腰を抱こうとしてきた。彼女は相手の胸を押す力を利用して咄嗟に後ろに逃れるも、まだ効果の残る薬のせいで足が縺れて強かに尻もちをつく。

 そこに男が覆い被さってきた。


「なっ……!?」

「とんだ拾いもんだぜ」


 鼻先に掛けられた酒臭い息に生理的な嫌悪が湧くが、両腕を押さえ付けられて身動きが取れない。


「おいマジで止めとけって。悲鳴でも上げられちゃやべえだろ」

「うるせえ! そんなもん上げさせなきゃいいだろ」


 そう言った男はミリアの両手首を片手で一纏めに押さえ付け、空いた方の手で口を押さえ込んできた。


(力強っ……苦しい……ッ)


 酔った勢いで加減できないのか、鼻と口を一緒に圧迫されて呼吸が儘ならない。

 貞操というよりも生命の危機に直面してじたばたと暴れた。

 されど、マスタード家でのように運よく逃れられるという事もなく、薬の抜けない体では上手く力も入らない。基本的な体格差もあって効果がないうちに、とうとう息が続かず意識が薄れ力が抜けていく。


(いや……です、意識…が……)


 今日二度目のこんな事態に、ミリアは悔しさと苦々しさと共に男性へと嫌気が差した。


(男なんて皆、結局は下半身の生き物なのですね。本当に、最低です……!)


 憧れの相手から幻想を打ち砕かれ、輪を掛けて男性に幻滅した。


 でも一番最低なのは、恋などそんなものに踊らされていた自分自身だ。


 だからここで最終的に何をどうされようと貞操などもうどうでもいいとも薄ら思った。

 それでも意識のあるうちにどこかに噛みついて一矢くらい報いてやると最後の根気を奮い立たせれば、


「――その子を放せ」


 すぐ近くで女性か子供のような声が低くそう言った。


「はあ? 何…」


 威嚇するように声の方を向いた男が急に飛び上がってミリアの上から離れ、慄いたように仲間の男と後ずさる。


「ひっ、ななな何だお前、お前あれか? 化け物だったのか!?」

「おっおい早く逃げろ! 血を啜られるって!」


 負荷が消え咳き込みながら上体を起こしたミリアも、恐怖に震える大の男たちに倣って彼らと同じものを見る。


「え……?」


 そこには、暴行されて倒れていた少年がいつの間にか起き上がって佇んでいて、彼の俯きがちな面の奥には赤い二つの光点が湛えられている。


 赤い光とは、人間では有り得ない赤く底光りする一対の魔物の瞳だった。


 見慣れるとまではいかないそれにミリアも息を呑む。


「吸血鬼……?」


 驚きと共に大きく目を瞠っていた。


(先程までは彼の目の色は茶色か黒かで、赤くはなかったはず……。今まで襲ってきた吸血鬼たちは最初から目が赤かったですし、どういうこと?)


 ミリアの吸血鬼という単語に一際恐怖を増幅させたのか、男たちは「ひいいいっ」と裏声のような悲鳴を上げて、競争するように連れ立って逃げて行く。


 ミリアは強張るままに黙って少年を見つめた。


 逃げなければ襲われるかもしれない。


(ああ、ですが、もう無理みたいです。吸血鬼の身体能力には敵いませんもの)


 今は唐辛子の粉のような怯ませるアイテム一つだって持ってはいないのだ。危機感を募らせる反面、どこの馬の骨とも知れない男たちに襲われるよりは吸血鬼に食われた方がマシなのかもしれないと、今夜の弱り切った心は諦観を抱いた。


 少年吸血鬼が一歩ミリアへと踏み出した。


「血が欲しいのでしたら、お好きにどうぞ」


 虚勢と言えば虚勢。投げ槍と言えば投げ槍。ミリアがそんなどちらとも付かない態度で迎えようとしていると、予想外の展開が起こった。


 何と吸血鬼の少年はけほりと咳をすると、次にはふらりと体を傾がせたのだ。


(へ?)


 彼は見ている先でどさりと地面に倒れ、また咳き込んだ。


「あ……え、ええっ!? 大丈夫ですか!?」


 病弱な吸血鬼など初めて見たミリアが思わず近寄って様子を見れば、吸血鬼特有の赤い瞳が見上げてくる。

 生存本能的に鼓動が跳ね上がったが、少年は「たぶん大丈夫じゃないかも」と腫れた頬を緩めようとして「いててて」と痛みに顔をしかめた。

 その様が今まで遭遇したどの吸血鬼とも違っていて、妙に人間染みていて、ミリアは意外感を胸にする。


「おねーさん、助けに入ってくれてどうもありがとう」


 挙句はお礼まで言ってきた。


「……い、いいえ。私こそあなたに助けられたのですし、お礼は要りません」

「あはっ、何かお堅いね」


 普通に会話が出来ているのにも些か驚いた。


(そうでした。吸血鬼の中にはそういう知性を持つ個体もいるのですよね)


 初めて遭遇した吸血鬼がそうだったのを思い出す。

 ただその吸血鬼は知性はあったが、品性はなかった。

 人間を単に羊や山羊のように扱う野蛮な輩だった。

 元来吸血鬼とはそんなものだと思っていたのに、目の前の少年は明らかに異なるように見える。


 改めて考えてみれば、少年は吸血鬼だと明かせば先のように男たちを撃退できたのにそうしなかった。


 怪我をして倒れているとはいえ、吸血鬼なのだしきっと人間を肉体的に凌駕しているのに、反撃一つしなかった。


 不可解に過ぎる。


 しかしその推測はミリアに警戒心を薄れさせた。


「どうして反撃しなかったのですか? できたのでしょう?」


 率直に問い掛ければ、少年吸血鬼は軽く首を横に振る。


「人間を傷付けたくなかったから。あとバレて嫌われるのもね」

「え、まさか、吸血鬼なのに……?」

「ふふっ、そう、吸血鬼なのに」


 ちょっと驚いていると、少年吸血鬼は憂うように半目を伏せる。


「人間のおねーさん、吸血鬼だって色々だよ。僕は吸血鬼の中でも人間と共存して行こうと考える親人派なんだ。だから基本的に人を襲ったりしない」

「親人派? そんなものがあるのですか?」

「人間たちにだって様々なグループがあるだろう? それと一緒さ」


 彼らへのそこまでの知識はなかったとはいえ、ミリアは確かにそうかもしれないと思った。


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