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5 問題発生でも、婚約する事になりました

「今日もジェスター様がご無事でお帰りになりますように」


 相変わらず彼についての情報収集をやめられなかったミリアだが、吸血鬼に関わる物事にだけは気を遣った。

 ジェスターがハンターの任務に出掛ける日は、いつもはらはらとして教会で彼の無事を祈って一晩過ごす事もあった。幸い夜歩きには怒った両親もそれは快く許してくれた。


 どんなに辛辣な言葉を向けられようと、やっぱりミリアはジェスター一筋でしかいられない。


 しかしいくら努力を重ねても一向に進展しない日々が続いていたが、とうとうある日、根気が功を奏したのか、何とジェスターと婚約する運びとなった。


 ジェスターの両親は彼本人には予想外にも、息子に熱烈求愛するミリアに好感を持っていたのだ。


 妻として危険な激務と言って差し支えないハンター業の夫を支えるのなら、それくらいの熱意と愛情が必要だと思ったらしい。そんな両親の方針でミリアの家に婚約の話が舞い込んだというわけだ。

 ミリアは言わずもがな。

 彼女の両親はミリアが喜ぶ様子を見てすんなり承諾した。


 ただ一人、ジェスターだけが苦々しい思いでその決定を受けたものだった。


 吸血鬼に対する対抗力も専門知識もほとんどない単なる無力な一令嬢を花嫁にするなど、彼は到底望んではいなかったのだ。

 昔からハンターの身内は吸血鬼に狙われ易い。万一があれば徒に犠牲者を増やすだけだと彼はそう思っている。


 しかしとりわけ吸血鬼ハンター一族にとって家長の決定は絶対で、ジェスターに拒否権はなかった。


 ミリアは容姿だけで言えば可憐な娘であり、人も羨む輝くような銀の髪に薄紫色の綺麗な瞳の持ち主だ。


 顔立ちも美人の類でしかなく、二人で並んだ時の釣り合いは取れる。


 そこはジェスター自身も認めるが、それと結婚とは別だ。


 基本的にハンターの伴侶に求められるのは外見よりもハンターに準じる戦闘能力なのだ。ミリアは例外的に過ぎた。


 今日も押し掛けミリアが居座る自室の窓辺に立つジェスターは、ふと振り返って婚約予定の少女を見やった。

 彼女はいつもよくするように彼の執務机に両肘を突いてうっとりとした乙女全開の目で彼を見つめている。

 振り返った直後にばっちり目が合って、ジェスターは僅かに眉を動かした。


「……君はそんなにも俺が好きか?」

「当然です!」

「危険を承知で結婚したい程?」

「勿論です!」

「しかし俺は君と結婚などしたくはない」


 直接的な拒絶に、一瞬ミリアは息を呑むものの、気を取り直した。


「けっ結婚してからが本番です。最初は望まずの政略結婚をしても、その後少しずつ相互理解を深め愛を育んでいく夫婦もいますもの! きっと私たちもそうなれます。良き妻としてジェスター様を公私にわたって満足させてみせます!」


 実はこのミリア、どこに出しても恥ずかしくないレベルで淑女教育はバッチリだった。

 ただ残念にも、ジェスターの前だとそれは跡形もなく崩壊するので、彼は彼女のその自信にあからさまな猜疑の目を向けた。

 そんな目にも負けないミリアだ。


「明日はやっと念願の婚約式ですし、ジェスター様待っていて下さいね。とびっきりの婚約者になってみせます!」

「……ふっ、精々やってみろ。じゃあな、勝手に寛いでいってくれ。俺はこれから用事がある」


 対するジェスターは、婚約など端からどうでもいいのか冷淡な態度で退室した。

 これから彼はまたハンター仲間と人知れずの吸血鬼狩りに出るので、そのための段取りなどを詰める会議があるのだ。

 彼が居なくてはいくら本人から寛ぐように言われてもこの部屋に留まる意味もないので、ミリアもマスタード家の屋敷を後にした。






「はあ~もう今が明日なら良かったですのに。今夜はちゃんと眠れるでしょうか。ああけれど目の下にクマでも出来たら大変ですよね。婚約者としてみっともない姿はお見せできませんし、寝る前には必ず温かいミルクでも飲んで安眠しましょう!」


 まだ明るいうちに自宅に戻り、今夜の算段を付け一人浮き浮きと、それでいて落ち着きなく自室の中を歩き回っていたミリアの耳に、急いたようなノック音が届いた。


 その音はある種の予感のように妙に彼女の耳朶を叩き、その奥に入り込む。


 ノック一つでらしくなく緊張したミリアが近付いて行って扉を開ければ、そこに立っていたのは自分の所の執事で、白髪を後ろに撫でつけた老齢の彼は今まで一度も見た事のない取り乱した様子で蒼白な顔をしていた。


 いつもほつれ毛一本なくきっちり丁寧に撫でつけられている頭髪も、今は幾本も下へと垂れて惨めさに拍車を掛けているし、いつも清潔を心掛けている彼のお仕着せにも土や汚れが付いたままだ。


 もう一つ、血も。


 一目見てビックリしたというのがミリアの正直な感想だった。


 一体彼に何があったのか。


「どうしたのですか!? ですが、あれ? お父様たちと一緒に出掛けたはずじゃ……? もしかしてお二人ももうお帰りに? まだ昼間ですし、今夜帰るという予定よりも早かったのですね」

「お嬢様……っ」

「ええと、あら違った?」


 執事はふるふると首を横に振って、言葉がすぐに形にならないもどかしさを訴えるようにした。


「お嬢様……誠に、誠に申し訳ございません……ッ」

「え、ちょっと本当に何があったのですか!?」

「旦那様方が、旦那様方が……、――吸血鬼にっ!」


 その場でくず折れる執事からの報せに、ミリアまでが顔色を失った。


 そうしてろくな支度もしないまま、彼女は執事に伴われてすぐさま屋敷を出たのだった。





 ミリアへと冷たい応対を続けてきたジェスターだったが、彼はやはりいくら考えてもこの婚約ですら気が進まないでいる。


 結婚などもっと無理だ。


 そうだというのに、現状を打開する策を思い付かないまま婚約パーティー当日になってしまっていた。

 募る苛立ちに任せて任務に当たった結果、昨晩はより頭が冴えて吸血鬼たちを多く仕留められたのは良かったと言えばそうかもしれない。

 ミリアはきっと意気揚々と婚約パーティーの会場であるマスタード家に来るだろうと、彼は苦々しさ半分憂欝さ半分に思った。


 彼は所帯を持つ気がないのだ。


 それは少年時代、トラウマとでも言うべき光景が未だに脳裏から離れないからだ。


 今は亡きジェスターの叔父夫婦の最後の瞬間を目撃してしまったからだ。


 今でもたまに夢に見る。

 それはある面から見れば儚くも美しい愛の光景と言えばそうかもしれないが、ジェスターにとってはどこまで行っても、とても悲しき愛の滅びにしか見えなかった。


 彼の叔父夫婦は一族の例に漏れず、揃ってハンターだった。

 しかし、ある時叔母が吸血鬼となってしまい、厳格なハンター意識を持っていた叔母はそれを受け入れられずに自ら銀の弾丸で心臓を打ち抜こうとしたのだ。


 それを止めたのは叔父で、彼は啜り泣く妻を抱き寄せ、自分の妻ごと自らの心臓を撃った。


 それで、ジ・エンドだ。


 一族のハンター名簿から二人の名が消えた。

 ジェスターは当時師事していた叔父に銃の扱いで訊きたい事があり、彼らの住まいへと赴いていた。

 だから見てしまったのだ。

 その最上の愛に塗れた美しくも痛ましい、最悪な場面を。


 ――叔父さん!


 倒れ伏す叔父の傍に駆け付けた時には、既に叔母は塵となってこの世にいなかった。

 現実味がなく、悪夢でも見ているのかという思いが絶えず込み上げ、それでも叔父の血の赤を目にすれば正気に戻って、これが現実なのだと思い直した。残酷だった。


 ――お前は大事な人を死なせるなよ、ジェスター。


 事切れる直前で、掠れて途切れそうな声で叔父は最後にそう言って泣き笑いを浮かべた。

 そのままの表情で彼は弛緩して、二度と動く事はなかった。

 あれは、ジェスターに強くなれと激励を送ったつもりだったのだろうとは理解している。


 だから、我武者羅に訓練して強くなった。


 環境が整えば百いや三百メートルの長距離からでも正確に被弾させられるように技術も磨いた。


 その結果若くして討伐時の責任者を任される身にもなった。

 しかし、力を付ければ付ける程、ジェスターは関係のない人間を遠ざけるようになっていた。


 家庭など……最愛の妻など持てば、彼らのような悲劇が起きかねない。


 自分は叔父と血を同じくする一族の男だ。一度最愛を得てしまえば、そのマスタード家の血故に愛情に振り回されるかもしれないと恐れている。親子程近しくはなくとも時に血は似るものだから。

 もうそんな悲劇は見たくないのだ。

 だから誰も自分の隣には立たせないと、彼はそう決めている。

 たとえ強制的に決められた婚約だろうとも。


「今夜必ず破談にしなければな……」


 不穏な台詞を口にするジェスターは一瞬どこか翳ったような笑みも浮かべ、婚約式開始前に会場入りした友人でありハンター仲間でもある青年たちの方へと挨拶を口に近付いていった。

 彼らには一つ大事な頼み事をしていたので、その確認の必要があったのだ。


 そうして彼の予想通り、予定時間に少し遅れたものの、ミリア・フォースターはとても嬉しそうにマスタード家にやってきた。


「ご両親はどうした? 一緒に来なかったのか?」

「あ……ええと、実は……急な予定が入ってしまって開始に間に合わないかもしれません」


 ジェスターがそう問えば、ミリアは少し困ったように笑った。

 彼女にしては少々珍しい表情にジェスターは内心違和感を覚えたが、態度がおかしいのは彼女の常、いや念願の婚約当日だからだろうと結論付けて気にしなかった。


「まあ当人の俺たち二人さえ揃っていれば然して差し障りはないだろう」

「ですよね……」


 その時更に彼は気付いたが、ホッとした様子を見せるミリアはちょっと疲れたような様子だった。薄らとクマが出来ている。

 どうせ昨晩ははしゃいでろくに眠りもしなかったのだろうと彼はこれもそう決めつけた。


「……少し顔色が悪いようだが、体調が優れないなら延期も出来るぞ」

「いいえ! 念願のこの日なのです。これだけは……今日だけは外せません! 昨夜はちょっと眠れなかったもので……。でもご迷惑はかけませんから!」


 ミリアが延期を望むなら即座に応じる用意のあったジェスターだったが、彼女のいつにないくらいの熱心さにさすがにちょっと気圧された。しかしこれも気が高ぶっているだけだろうと気にしなかった。


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