ケモ耳メイドは『悪役令嬢の裏設定』を知らない①
現国王であるランベール・フォール・クラヴァギア陛下は、遠い昔の初代国王と同じアッシュブルーの髪色と澄んだ紫色の瞳を持って生まれた。
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今から約300年前―――。
国民は、当時の王国の腐乱しきった王侯貴族の理不尽な要求に苦しめられていた。
そんな中、帝国と王国の国境を守護する一族【クラヴァギア辺境伯】は国の行く末を憂い、国王達に進言するも一蹴された。
このままでは国の民達が生きる事に絶望してしまうと考えた辺境伯は、志を共にする者たちと一緒に立ち上がる事を決意。
サミル・フォール・クラヴァギア辺境伯は、王国が膿んでいく中でも常に帝国や近隣諸国の動向を読み、いつ何時攻め入られようとも対処出来る様に辺境伯領の騎士達を鍛えていた。
首都に詰める騎士など束になっても相手にならない程に。
民を『宝』だという当主を崇拝する辺境伯領騎士達の心は一つとなり、領民だけでなく王国を愛する者達が立ち上がった。
王国は新たな王を頂に平和を築いた。
その傍らには常に親友でもあるボルク侯爵家の後継者の姿があったという。
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王国に生まれた者ならば様々な媒体で知られる建国の伝記。絵本、舞台、そして若者達の学舎である学園の授業の教科でも学ばれる。
つまり、知らない者はいない初代国王の偉業は、そのまま現国王ランベールへの期待となっていった。
重すぎる期待は、王太子の頃からあったが、ランベール王太子はその重責を重責と思わず、見事にこなしていった。
あとは、この王太子と並び立ち、王国を導く王太子妃を選出するのみ。そう王国中の者に思われていた。
その陰では、ランベール王太子の二つ年下の異母妹が抱いてはいけない想いを寄せ、王族に近しい者達だけに留められたとはいえ醜聞を起こしていた。
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生まれた時から体が弱く、離宮で大切に大切にされながら過ごす異母妹は、所謂、頭がお花畑様だった。
長くは生きられないだろうと王族の抱える医師に宣告された当時の国王陛下は、寵愛する側妃に似た王女を可哀想だと嘆き、短い命ならばと溺愛した。
そんな王女が、幼い頃から憧れていたのは初代国王。
自分が連なる血の源である、この国の英雄であり偉大な統治者。見目麗しいともなれば心惹かれてもおかしくはない。
その初代国王を彷彿させる男性が身近にいた。
ランベール王太子だ。
離宮のメイドや侍女の噂話を聞くことを王女は喜んだ。それに、初代国王の生まれ変わりと噂されるランベール王太子の事は、異母妹が聞かなくても周囲が勝手に話してくれる。
『王太子殿下は、まだ十にも満たないですのに帝王学を学び終えられたそうです』『先日、騎士団の訓練に初めて参加されたそうですが、その剣筋は初代国王陛下様を思わせるものだったそうです!』
話を聞く度に胸をときめかせ、兄妹とはいえ会った事のない王太子に想いは募り、いつしか憧れは恋慕へと変わっていった。
『王太子様の好みは?』
常に口のする王女を、周囲は中々会えない兄に好かれようと頑張っている可愛らしい妹君、だと思っていた。
だが、お花畑であった王女の頭の中は思った以上にヤバかったのである。
『王太子様と寄り添えるのは私以外にいないわ』
倫理観も道徳観も、常に春満開の王女様には無かった。
これで本当に、先がなければそこまで問題にはならなかったかも知れない。
幼い少女の戯言として。
奇跡的に王女は回復し、社交界に姿を現せる程になっていたのだ。
そして事は起こった。
それは、王太子妃を選出する為の見合いの場である茶会。
王国内から相応しいと選ばれた令嬢達の中でも、最も有力であるとされた貴族令嬢を招待しての茶会で毒が盛られた。
犯人は、王女殿下、だった。
『どうして私が閉じ込められなくちゃいけないの?!』
離宮、王女の部屋で喚き散らす女の声に耳を傾ける者はいない。
国王陛下は頭を痛めていた。まさか娘がこの様な………と。
周囲も、ただ兄に好かれたいと思う家族愛なのだと思っていた。それが、思慕を募らせての犯行とは―――と。
王族のプライベートエリアで行われていた茶会だった事もあり、事件を知る者は少数。すぐ様、箝口令がひかれた。
信頼できる使用人のみが茶会の準備等を行なっていたのだ。毒を盛る事は考えられなかった。
だからすぐに誰の犯行か分かったのだ。
『今日のお茶会の茶葉なんだけど、私のお気に入りを飲んでいただきたくて』
そう言って、使用人に渡した人物。
王族は常に毒に慣らされている為に王太子は無事だった。だが、お相手であるレイラ・ヴォル・アーフォイル侯爵令嬢は毒の後遺症として左足に少しの麻痺が残ってしまった。
レイラ侯爵令嬢は、王太子とは学園で一、二を争う成績優秀者であり、王太子の想い人として有名だった。家柄もよく皆に好かれる人柄で、誰もが王太子妃に相応しい令嬢だと褒め称えていた。
その令嬢が思う様に動けなければ、王太子妃、ひいては王妃としての公務は難しいだろう、とお花畑の頭の割には考えられた犯行を実施した。
お花畑だから、その後の自分の事は都合よく考えていた様だが……。
王女が社交界にデビューしていたことから、今更、病弱を理由に軟禁することも難しく、かといって、事件を公にする事を拒んだ国王陛下は一人の貴族に王女の降嫁の受け入れを頼んだ。
この国内で貴族派の侯爵家であるキンディラン家の長男は、王女のデビュタントの際、その愛らしさに一目惚れした。
年回りも良く、まだ婚約者のいなかったヴォーデルは機会がある毎に王女に愛を囁いていた。
自分以外にも王女を狙う令息がいた為、少々、目に余る行動が見られていたが、ヴォーデルが王女を心から愛している事は誰の目から見ても明らかだった。
国王陛下は、キンディラン家に王女の降嫁を打診する。この際、貴族派を王制派に取り込もうという算段である。
この案は王太子が進言したのでは、という噂もあったが真相は分からない。
キンディラン侯爵家を公爵へと陞爵するという餌をちらつかせたところ、当主はすぐに飛びついた。
また、王太子から内密にこの婚姻の経緯を聞かされたヴォーデルは、しかし、この提案に歓喜した。理由などどうでも良いのだ、王女が手に入るなら、と。王太子はヴォーデルの性格を見抜いていた。
そうして、王女の婚姻だというのに準備期間は殆ど無く、式も質素なものだった。
結婚式後、ヴォーデルは自分以外の男が王女を目にすることが無いように邸に、部屋に閉じ込めた。
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