03
約束の日まで、彼女は一度も部室に来なかった。
きっと学校にも来ていないだろう。
僕は一度家に帰って、夕食を食べてから出掛けた。
風呂は悩んだが入らずに出た。
服装に少し悩んだのは内緒だ。
親にはコンビニ行くと誤魔化した。
帰りになにか買って帰らなきゃな。
明日は土曜日。多少遅くなっても大丈夫だ。
ボールペンも財布もポケットに仕舞った。
忘れ物はない。
玄関を開けると、いつもの街なのに夜というだけで別世界に来たみたいだ。
心から無性に湧き出たワクワク感。
軽快な足音を立てて僕は歩き出した。
夜の冷たい空気が肺を満たした。
所々にある街灯に誘われるように進む。
偶に車が走り去るばかりで、人の気配は一切なかった。
真っ暗な世界に一人残されたような孤独感。
僕は開放感に酔っていた。
茂みから聞こえる虫の鳴き声が、そんな孤独感を優しく解してくれる。
気付けば、山の下公園に着いていた。
時間はまだ十一時半。
すこし早いが、遅刻するよりはいいだろう。
彼女はまだ来ていなかった。
細かな砂利が敷かれた広場。
公園に一つだけ、ポツンと置かれたベンチに座って待つ。
夏ももう終わるからか、山から吹き下ろす風は肌寒い。
夜の街を歩くという冒険から、途端に現実に気持ちが引き戻された。
今、僕は彼女を待っている。
待ち合わせをしているだけなのに、どうしてこんなに鼓動が速まるのだろうか。
ベンチと風がが僕の熱を少しずつ奪う。
上着でも着て来れば良かったな。
なんてぼーっと考えていると、公園の前に車が停まった。
白のミニバンだ。こんな時間にこんなところに?
僕は警戒してじっと見つめた。
椅子から腰を軽く浮かす。
これで最悪いつでも逃げられる。
後部座席のスライド式の扉が開いた。
中から降りてきた人の姿を見て、僕は驚いた。
緊張がほどけて、力なくベンチに身体を寄せた。
「お待たせ」
「……車で来たんですね」
降りて公園まで来たのは制服姿の彼女。
ストンと車から彼女が下りた瞬間。
僕はこの待ち合わせが、僕の思っていたものじゃないと、直感的に理解できた。
「いこっか」
そういって、固まった僕の手を引いた。
その手はずっと外にいた僕より冷たかった。
力をちょっと込めればちぎれてしまうのではないかと思うほど、柔らかかった。
なされるがままに僕は手を引かれた。
向かう先は山の中。
アスファルトで舗装されてはいるが、夜中に山登りはごめんだ。
しかし、僕は結局なされるがままに着いて行ってしまった。
「着いたよ」
彼女の手が離れた。
思わず握り直してしまいたくなる気持ちを抑えて辺りに視線を向かわした。
そこは芝生の絨毯が敷かれた展望台。
開けた芝生の先が鉄柵で区切られており、そこからこの町が一望できた。
この町唯一の観光スポットだ。
今は誰もいない。貸切状態だ。
「先輩、それで用事ってのは……」
「見て、綺麗な満月」
白樺の枝の様な指が空を指す。
流れるような動作に誘導されて空を見上げた。
それはそれは綺麗で、大きな満月が浮かんでいた。




