04
「――でさぁ! 俺は言ってやったんよ。頭、壊れてるんじゃないですか? って」
下衆な笑い声。曲がり角から現れた三人の男は赤、茶、金と全員が髪を染めており、服装は売れないホストのように全身を悪趣味な小物やピアスで光らせている。
顔は中の下。絶妙にバランスの崩れたパーツが声の不快感を高める。
奴らは……僕を学校でいじめるいじめっ子だ。
三人は会話を止め、僕の隠れた茂みの前で止まった。
どうしてここで?
心臓が破裂しそうなほど大きく跳ねる。
「おい、見ろよこれ」
金髪の男がその場にしゃがむ。立ち上がったその手に持っていたのは、四角い箱に入れられた僕のフィギュアだった。
僕はなんて愚かなのだろう。慌てて茂みに入ったときに落としたんだ。
「うわ、なにそれ。キッショ!」
「あのオタクが筆箱に付けてたキャラだろこれ、ムカつくしぶっ壊そうぜ」
「良いね。やろうやろう」
最悪だ。かといって僕がこの場から出て行ったところでなにが出来る?
『やめろ! それに何かしたら許さないぞ!』
とでも言って彼らを殴り飛ばしてフィギュアを奪うってか?
……また、フィギュアは買える。僕はこっそりと茂みを抜けてその場を去ろうとするも、足が動かない。
足に枝が引っかかっているわけでも、蔦が巻き付いているわけでもない。
僕の心が、この場から逃げるのを拒否している……?
思い出したように頭の中で昨日のワンシーンが再生される。不良を前に逃げ出す僕。彼の軽蔑の目。頭の中の映像を振り切って逃げ出そうとしても、身体が動かない。
逃げたいと思う反面。僕の心はここで出なければ一生後悔すると、僕の逃げようとする心をその場に縛りつける。
「そんじゃ、いっきまーす!」
地面にフィギュアが置かれ、いじめっ子の一人がその足を振りかぶった。
逃げ出す僕、軽蔑の目、蹴り上げられそうなフィギュア。僕の頭の中をぐるぐるとその三つが回る。
もう、どうなっても良い。
足がフィギュアに当たる直前、僕は茂みから飛び出して、フィギュアに覆い被さった。
「うぐっ!」
瞬間、脇腹に激痛が走った。
僕の身体は吹き飛ばされる。数回のバウンスの後、ぶつかって止まった。胸に抱えたフィギュアを見る。
良かった。無傷だ。
僕はぶつかったそれを見上げた。
彼だ。
相変わらずの無表情で僕を見下ろしていた。
「なんだ、あんた。オタクの仲間……って訳じゃねぇよな?」
いじめっ子たちも、彼の異質さに気付いたのか、突然現れた僕に追撃することなく、その場に留まっていた。
「あ、あの……」
「助けて欲しいのか?」
「は――」
助かった。僕はそう思って、口を開いたが、その先の言葉が出ない。
ここで、もし僕が助けを求めたら……きっとまたあの軽蔑の目を向けられる。僕はまた変われないのか……?
「いえ、大丈夫です。すみません。このフィギュアだけ、お願いします」
僕は彼の足元にフィギュアを置いて立ち上がった。
「う、後ろの人は関係ない! ぼ、僕が相手だ!」
もう逃げるのはおしまいだ。僕はいじめっ子三人に向かって叫んだ。




