03
「えっ?」
転ぶようにして僕の身体は不良たちの前に押し出された。
目の前には、手に持った武器をいつでも振り下ろせる状態の不良。僕は全身から血の気が引くのを感じながら彼を見た。
「戦え」
変わらずの無表情で、彼は僕にそれだけ言った。
「はっ! あんた見捨てられちまったなぁ!」
不良が僕に向けて釘バットを振り下ろした。
「ひっうわあああああぁ!」
僕は情けなく泣き叫び、四つん這いでその場から逃げ出した。涙と鼻水に塗れた顔、声は裏返っており、あまりに無様だ。
後ろから不良たちの笑い声が聞こえる。逃げる途中で彼と目が合った。
その目は初めて、無表情ではなかった。軽蔑の目。
怒りでも悲しみでも哀れみでもない。一見無表情に見えるその目は、僕を確かに軽蔑していた。
這々の体で街の中まで逃げ出した僕の心に安心する余裕はなかった。心に灰色の薄暗い霧が掛かったようで、今すぐこの場で胸を切り裂いて掻き出したい気持ちに駆られる。
切れた息のままその場に蹲る。網膜に焼き付いたあの軽蔑が取れない。かといって今から戻って不良と戦う? 無理だ。考えるだけで僕の心は鼓動を速めて否定する。僕に出来るのは路上で無力に四肢を投げ出して、仰向けに倒れることだけだ。
そもそもあんな場所でいきなり人を殴ったこともない僕が戦えと言われて、逃げたら軽蔑されるのが理不尽だ。
頭の中で何度言葉を並べても、心に広がった靄は晴れない。
僕はゆっくりと立ち上がる。結局郊外に戻ることはせず、重い足を持ち上げて家に帰った。
翌日、僕はおもちゃ屋に来ていた。今日発売のフィギュアを買うためだ。
買い物を終えて自動ドアを通って外に出ると、熱気が全身を包み一瞬で汗が吹き出す。
気持ちは浮き上がる予定だったのだが、僕の心にはまだ靄が掛かったままだ。
僕は買ってすぐのフィギュアをビニール袋から取り出した。透明なプラケースに入った女の子のフィギュア。
精巧に作られたフィギュアを見て、気持ちを無理矢理にでも盛り上げるためだ。
決してあのときの判断が間違っていたとは思わない。もし何度時間を繰り返したとしても、僕は逃げるという選択肢を取るだろう。
ほんの数時間一緒に居ただけ。会話も一言二言しかしてないというのに、僕の心には彼の軽蔑の目がくっきりと焼き付いていた。
今更後悔してても仕方ない。僕はフィギュアを持って帰り道を歩く。フィギュアを眺めていると、段々と曇った気持ちの中に楽しさの光が差し込んでくる。
こうやって悪いことは忘れていくんだ。そう思いながら歩いていると、進行方向の曲がり角の先から声が聞こえてきた。
その声は僕にとって、嫌になるくらい聞き馴染みのある声で、慌てて脇にあった茂みに飛び込んだ。




