04
指差したメニューはサンドイッチ。文字だけの簡素なメニュー表だが、偶に頼んでいるお客さんの方を見るとたしかに美味しそうな見た目をしていた。
「ね! 美味しそうでしょ!? いつか絶対頼んでよね!」
「分かった分かった。君が大人になって喫茶店を開いたら、コーヒーと一緒に頼むよ」
「言ったね!? 約束だよ?」
私を見上げるその笑顔に哀れみや同情は一切なかった。私はそれが妙に嬉しくて、つんつんとした赤髪をわしゃわしゃと撫でた。
「うんうん。今のうちに予約しとくよ。喫茶店開けるように勉強頑張んなね」
「分かった!」
メニューを仕舞い勉強に戻る。
今日からは六年生の内容に突入する。勉強方法を覚えさせた成果もあって、このまま行けば今年中には六年生までの内容は完璧になるだろうし、場合によっては中学の内容にも入れるだろう。
喫茶店での時間は一瞬で過ぎていった。ノートを捲る音、店内に流れるジャズ。目の前で勉強に励む小さな友人。その全てが愛おしく儚い日々だった。
そしてその優しい記憶のそばには、いつもあのコーヒーがあった。
――風が冷たく吹く中、私は自身の志望する大学に来ていた。
受験番号の書かれた紙を握りしめて掲示板の前に立つ。受験番号は三十番。
来た。
大学の教師が合格者を貼り出した。どっと押し寄せる人集り、その中をジリジリと進んで掲示板の前に立つ。周囲では歓喜と悲痛な声が入り混じって轟く。
二十から飛んで二十五、二十六、二十八、二十九。
――――三十。
あった――あった!
何度見返しても確かに私の受験番号である三十番が書かれていた。
「っやったぞ!」
受験票をくしゃくしゃに握りしめて両拳を空に振り上げて叫んだ。
ひとしきり喜び勇むと大学を後にした。向かうのはもちろんあの喫茶店だ。今日が合格発表日というのは事前に伝えていた。
私は二人の待つ喫茶店へと急いで向かった。この気持ちを共有したい。あのコーヒーを飲みながら、
今日くらいは奮発してもいいだろう。そうだサンドイッチを頼もう。あの子があんなに言うんだ。美味しいに決まってる。
県外の大学からの帰路は決して少なくはない時間を要した。それでも向かった。郵送での通知など待てない。今日すぐにでも二人に伝えたかったのだ。
寂れた商店街の中に建つ喫茶店に着いたが……どこかいつもと違う。しかし、その違和感の正体にすぐに気付くことは出来なかった。




