03
ギリギリと歯軋りしながらこちらを睨む。
「算数なんて、一番使うでしょ、料金計算に売上、税金、純利益の求め方とか、全て計算だよ。そして、計算は大体繋がってる。今をおろそかにしたらその時また一から覚えるのは大変だよ」
「じゃあ国語と算数はやる……ます」
案外素直だ。言われたこともすぐに改善する姿勢も私好みだ。
最初はまったくやる気が出なかったが、この時点で私はこの子どもの面倒を見ることに前向きとなっていた。
「そもそも、コーヒーに限らず料理は化学だよ」
「え?」
「コーヒーの抽出とか、詳しくなればなるほど料理の細かな知恵は深くなるよ」
「わ、分かったよ……でも社会はいらないです、よね? 歴史とか、要らないじゃん……です」
「コーヒー豆の原産地だったり、そもそも営業するにあたっての法律を勉強しないとでしょ」
「むぅ……」
「まぁ、ごちゃごちゃいったけどさ、結局のとこ――」
私は一応店主に聞こえないよう小声で話す。
「頭悪い喫茶店の店主ってクソダサいよ?」
息を飲む音が聞こえる。前を見るとこれが一番効いたのか、目も口も開いて深刻そうに頷いた。
「……勉強、教えてくれ、さい」
「いいでしょう」
ここまでくるとかわいいものだ。やんちゃな割に妙に素直で憎めない愛らしさとイジらしさに、私は完全に心を掴まれていた。
「お待たせしました」
話がひと段落したところで、ことりとコーヒーカップとひとかけの角砂糖が置かれた。私は角砂糖をぽちゃんと入れ、香り高いそのコーヒーをゆっくりと楽しんだ。
「ねぇ、これってどういう意味、です?」
一度納得したら後は素直なもので、ぶきっちょなペンの持ち方でノートを取りつつ、分からないところはすぐに聞いて改善していく。
どうやら地頭は良いらしい。むしろ地頭が良いからこそ、勉強の意義を見出せなかっただけなのだろう。
喫茶店での勉強会はその日限りで終わることなく、毎週土日祝日になると必ず行われた。
子供とは単純なもので、最初はあれほど敵意を剥き出しにしていたというのに、一ヶ月もすれば「テスト返ってきたした!」とニコニコで満点のテストを見せるようになった。
その頃は私も子どもで、人に教えるのは初めてのことだった。
そのテスト用紙を見て「やった! すごい! 天才!」とあの子以上に喜んでハイタッチした。
「なんでいつもコーヒーしか頼まないの?」
「え?」
ある休みの日、突然そう聞かれた。説明するまでもないことなのだが。
そのキリッとした目は、純粋に疑問に思ったという目で私をじっと見据える。
「簡単な話だよ。お金が無いの。勉強して奨学金貰って、いい大学に行って、いい会社に就職して、少しでも兄弟に楽させたいの」
「そっか、じゃあお金持ちになったときはいっぱい注文してよね! ほら、これとか美味しいんだよ」




