02
程よい苦味の中に、コーヒー豆の香りがぶわっと口に広がる。先程までの苦味が、今度はアクセントに変わっていた。角砂糖ひとつでここまで変わるものなのか?
「いかがですか?」
「うますぎますよこれ……砂糖ひとつでなんでここまで」
「企業秘密です」
店主は柔らかな笑みを浮かべてカウンターに戻った。
そこからは特に会話もなく客もまばらで、優しく流れるジャズを聞き流しながら勉強に取り組んだ。
「そろそろ閉店ですよ」
店主に言われてハッと顔を上げる。随分と集中していたらしい、気付けばもう夕方を過ぎて外は暗くなっていた。
「すみません、今出ます」
「ゆっくりで良いですよ」
私はシャーペンを筆箱に押し込み、ノートと参考書を鞄に仕舞う。
「ご馳走様でした! 来週の土日にまた来ます!」
幸い平日は図書室が開いている。うちの学校の図書室は人がほとんど来ない穴場なのだ。
私は今日新しく見つけた穴場に心を躍らせながら家に帰った。
「いらっしゃいませ」
カランコロンと鳴る扉を開けて店内に入る。
「どうも」
「今日はよろしくお願いしますね。前と同じ席で良かったですか?」
「あの子は、この前の?」
この前座った席に目を向けると、不貞腐れた態度でガラスのコップに刺されたストローを弄る子供が座っていた。
あ、こっちに気が付いた。
ツンツンと重力に反した赤い髪に鋭く尖った目が私を鋭く見つめていた。
「えっと……こんにちは?」
「勉強なんてやんないからな!」
開口一番拒否されてしまった……。チラリと横に立つ店主を見るも、ニコニコと穏やかに笑っているだけだ。
「今日もコーヒーで宜しかったですか?」
「あ、はい」
とりあえず向かい合って座ったが、私を見る目は非常に鋭いままだ。
「えっと、どうして勉強したくないの?」
というか、勉強したくないなら最初から来なければいいのに。
「喫茶店やるから! 理科とか社会とか算数とか、使わないじゃん!」
なるほど、そういうタイプか。勉強はしたくないけど、喫茶店は好きだから来たわけだ。
「勉強は無駄じゃないよ」
「みんなそう言うけど、じゃあ実際どこで使うのさ!」
「そうだなぁ。じゃあ君は敬語は話せる? さっきからずっとタメ口だけど」
「話せ、ますけど!」
「漢字は書ける? もし喫茶店をやるならメニューの漢字は書けるようにならなきゃだし、お客さんの対応をするときに間違えた敬語を使ったら客足は遠のくよ?」
「じ、じゃあ他はどうなんだよ!」
「敬語」
「ほ、他はどうなん、ですか?」




