Blue Skeyes
「空はね、神様の目なんだ」
高架下でうずくまっていると隣に男の人がやって来た。だぼだぼのパジャマ姿で、たばこをふかせて僕の横に立った。
「こんなところで休憩か? 少年。それともかくれんぼか?」
「かくれんぼなんて、する相手がいないよ」
僕は体操座りのまま、顔を新品のランドセルの間にうずめて話した。
「一匹オオカミというやつか」
「そんなかっこいいもんじゃないよ。僕の目が変だから。みんなと違うから誰も話かけてくれないんだ」
僕は顔を上げて彼に目を見せた。真っ青な、まるでエイリアンの皮膚みたいな目。
「ほぅ」
僕は他の人みたいな黒い目をしていない。理由はわかんない。お母さんは遺伝? とか言ってた気がするけど、詳しくは知らない。
僕の目を見たのに、男の人は特に驚きもせずに僕の目を見ている。なんなら最初より興味深そうに顎に手を当てて僕の目をじっと見ていた。
「なんだ。そこまで言うから一つ目なのか、のっぺらぼうなのかと期待したが、良い目じゃないか」
男の人は僕の目をじっと見たまま淡々と言った。
「良い? ……変だと、思わないの? おかしいって」
「おかしい……それが、か?」
それは不思議そうな、驚いた顔で言った。
「むしろ素晴らしいものじゃないか少年。自然にある青いものを想像してみたまえよ」
「自然にある青? あ、海とか?」
「半分正解だ少年。地球の7割を占める海。母なる海とも呼ばれる海。生命の大半は海を起源に持つ素晴らしいものだな。もう一つ。わかるか?」
「うーん……あっ空! 空も青いよ!」
「素晴らしい! 大正解だ! 空はね、神様の目なんだ」
灰皿代わりに置かれたドラム缶にタバコを落として僕の横に座った。熱のこもった目線が僕の目を貫く。
「神様はね。あの青い目を通して世界を見ているんだ。嬉しいときは日光を出して、悲しいときは涙を流して、その涙は雨となって海になる」
僕の手がガシッとつかまれる。若干鼻息も荒い。
「君の目は、神様と同じ目をしてるんだ。変? みんなと違う? おおいに結構!」
声が高架下に響く。僕の手をつかんだまま立ち上がって、そのまま持ち上げられた。
「ちょっちょっと! 危ないよ!」
「ノープログレム! たとえ誰がなんと言おうと君は特別なんだ。もっと自信を持ちたまえ! な〜に、仮に友人が居なくとも学校に行かなくたっていい。人生、自身を持てば案外どうにかなる。君は神様に見られているのだからな」
宙に持ち上げられたままその場をぐるぐると回る。あまりにも子供騙しな詭弁だ。だが、彼の話は、このときの僕を騙すには十分な自信に満ち溢れていた。
「もし失敗しても気にするな。そういうときは空を見るんだ。神が少年を見ているって気付けるだろうさ。少なくとも、こんなところでうずくまってるよか全然良い」
ひらひらと手を振る男の人に見送られて僕は家に帰った。パジャマ姿でだらしがない男の人だったが、その声には芯があって、不思議と疑う気持ちは出てこなかった。
翌日、クラスの席に座る。やっぱり周りはそれぞれグループが出来ていて、僕は怖気付いてしまう。
ふと太陽がキラリと光って僕を照らした。窓の方を見ると、窓の外一面が青空だ。隣の席の男子が目に入る。眼鏡をかけて一人本を読んでいる真面目そうな子だ。ここしかない。僕はもう一度青空を見て意を決して口を開いた。
「ねぇ、それ。なに読んでるの?」
あの日から何度か、お礼を言おうと高架下に何度か行ったけどあの男の人に会うことはなかった。
今日もまたふらりと立ち寄るも、そこにはあの男の人も、ドラム缶もなにもない。あるのは青空だけ。もしかしたらあの男の人は神様の使いで、悲しんでいた僕の前に現れたのかもしれない。
高架下を出ると、日差しが僕を照らす。荒唐無稽な話だというのは分かっている。でも、信じるのは僕の自由だ。
「おーい、早くしないと遅刻するぞ」
坂の上から僕に手を振る眼鏡をかけた友人。もうあれから六年経った。今日から中学生だ。『人生、自身を持てば案外どうにかなる』あのときの男の人の言葉が今でも僕の胸に刻まれている。あの男の人が誰であろうと、あの話が嘘でも関係ない。僕の心に出来た自信は紛れもない本物だから。
僕はもう一度高架下を振り返ると、友だちの元へ向かった。きっと今日も良い日になる。




