出会えるならば一生離さなかっただろう。
よろしくお願いします。
キャラクター、という存在がある事に気づいたのは学園に入学した後だった。
桜としか見えない樹木。
柔らかな風に混じる、白い花弁。
それが正門から玄関迄の道を彩っている。
赤煉瓦敷のそれを、皆が入学への思いを胸に歩いている、そんな中で。
学園SRPG、という形態の育成を兼ねた乙女ゲー。
ここはその主人公とヒロイン達の出会いの場。
の、はずだった。
入学式はたしかに入学のタイミングだったはずだが、主人公の仲間になるはずの、ほとんどが入学して来なかった。いや、むしろ主人公達が入学して、こなかった。
主人公は男女が選べ、メインヒーローとヒロインは各3人。主要及び補助のキャラクターが20人。
『私』たるミランダは補助キャラクターの、戦闘では吟遊詩人にあたる。学園では音楽科で、歌だけしかない落ちこぼれな平民の、主人公に励まされて頑張る、よくある大器晩成タイプ。
主人公は魔力を見込まれて養女になった子爵令嬢という事は調べられたのだけど、私自身は普通の平民でそれ以上は調べられなかった。入学してきてしまったのは身分を隠している隣国の王子とその護衛の騎士見習い1人、うちの国の騎士見習い1人、魔術師の男女何人か。後は薬師1人。
10人くらいしか、いない。
私自身は補助キャラクターという事で、主人公から働きかけられなければ仲間にならないタイプだったので、出来るだけ人当たりの良いようにしているけれど。
この学園はこの斜陽の国にあって唯一開かれた貴族と平民にとっての最高学府にあたる。貴族達は保守的社会に慣れ切って肥え太り、他国が前に踏み出した事から目を逸らし、そして今やかつての大国は脂肪過多でありながら栄養失調という状況。贅を尽くした学園もそのデザインは時代を失して最早田舎臭く、国を2つばかり越えた帝国から見れば、それが最先端とはとても言えないものに成り下がっていた。
入学して分かったのは、今回のキャラクター達の内貴族のほとんどが交換留学という形で隣国の学園に行ってしまったいた事だった。他には魔法使いが既に魔法相へスカウトされていたり、生産職はそれぞれの師匠の元で研鑽を積んでいるとかだったり。
登場人物達の記憶がなければ王子の事も騎士の子も、私には交流のカケラもないので分かるはずがない。
聞こえてくる噂からだけの推測は、どうやら幼い頃からこのゲームの記憶があった誰かが長い時間を割いてこの学園の名簿を作り替えたという事だった。それも私よりずっと高い身分の、誰かが。
数年前起きた物質革命は魔法使い達の魔力の根本である異界から、魔力とは対極の『機械』が襲ってきたという報告から始まった。実際にはただの反乱で、今来ている王子の国とは反対に位置する隣国とその後ろ盾の国が企てたものだったみたいだけど、私達平民がそんな事を聞かされているわけもなく、父さんは徴兵されたし、沢山のギルドはそれに巻き込まれた。でも幸いな事にその反乱は早期発覚早期解決で、訓練中だった父さん達を出兵させる戦闘なんてなくて、こちらに完全優位な和平条約で落ち着いた。
でも、本来ならこの戦争こそが、このゲームの主眼だった。
戦争の真っ只中、少年少女は苦難の中学園で力をつけて革命軍という強大な機械たちを異界へと追い返す、その物語。
その筈なのに。
『機械』なんてほとんど現れなかった。
革命軍はひたすら貧弱で、装備を整えられておらず、結束も弱かった。
敵のボス達はまだ『そこ』に至っていなかった。その、時を得ていなかった。
全て。
全てが未完成。
誰も死なない、誰も知らない、幻の話。
私は父を、それどころか街の全てを失った少女の筈で、歌う事だけでここに入学することになった筈で。
いつのまにか誰かに救われていたのだ。
□□□
私は自分がどうすれば伸びるかもう知っているので、何度も外で、居るはずの精霊へ歌って聴かせた。見えないけど居るはずの彼らへ案内してくれる筈の主人公は居ないから、とにかく端から出かけて。
春には若葉の萌え立つ森を。
夏には溢れる光の海を。
秋には実りの喜びに沸き立ちながら別れの予感を。
冬には氷の中で眠る生命の芽生えを。
勿論それらだけではなくて、沢山の歌を捧げた。
うちの国の騎士見習いが私に声を掛けて来たのは、そうして2年が過ぎたある秋の日の事だった。
「ミランダ、君は」
記憶があるんだね。
そう、溜息を吐きながら。
その時歌っていたのは、馬鹿な事に、ゲームの劇中歌。クライマックスに流れる、私の歌だった。
騎士見習いが記憶を得たのはつい最近なのだという。
きっかけは。
「王子が、君を見ていたから」
「はあぁぁぁぁ?!」
私はすごくマイナーキャラなんだけど? 本当仲間加入も後半過ぎで、主役の合唱に加わってこの歌歌うだけで、後何にも良い所ない、超絶不人気ヨワヨワキャラなんだけど? フルコンプしたくてもカンスト迄に周回5回はしないといけないプレイヤー泣かせのキャラなんですけど? そもそもどの王子とも絡む場面ひとつもないキャラなんですけど!
その上そもそも王子って、あの王子って事を隠してる、あの王子だよね?
今ここにいない留学中の王子、じゃないよね?
「王子は俺とも接触がない筈だけど、会う度話しかけられて。思い出して初めて合点が行った」
苦々しく吐き捨てるように。
彼は語りたくて仕方がなかったみたいで、小一時間ばかりゲームのやり込み具合だとかどれだけ主人公を使いこんだだとか、ホントもうどうしようもない事を語った後、自分の言葉に落ち込んだまま帰って行った。
まあ、つまり王子は私を知っている。それだけなんだと思う。何せ騎士見習いと違い、私に接触して来た事なんてないから。
でもそれから彼は2、3日おきに私の練習場所に頭を突っ込んで来た。その度会える筈だった主人公と私を引き比べ貶したり、主人公への愛着を滔々と語ったり。邪魔だと遠回しに伝えても、薄情だと罵ってくる。
私は平穏に卒業して普通に結婚して、スローライフ万歳したいだけなのに。そこに王子も主人公も要らなくて、そのために出来るだけ生活力をつけておくために頑張っている。
それを、こんな平民の女子を、騎士見習いみたいな貴族同然なヤツが上から見下ろして、ヒロインならそんなふうにしないだとかヒロインを見習えだとか。
私は貴族でもなんでもないのに。
「そんなに主人公に会いたいなら今からでも追いかけて行けば良いのに」
目を見開き、騎士見習いが私を見つめた。
「あ、そ、そう、そうだよ!よし、じゃあ俺は行く!」
旅立った騎士見習い。
多分あちらだってわかっているだろう。
ヒロインはゲームの世界のその人ではないし、騎士見習いの事を置いていった時点で歯牙にもかけられていないだろうこと。
私の事も、あの王子の事も、ゲームを打ち壊していっただけで、多分恋愛とかそういうモノを考慮してこんな状態になっているわけがない、そのはず。
ロマネスクラブだとかなんだとか、そんな煽りのハーレムものが繰り広げられる筈だった学園内は静かなもので、私は何とか優秀卒業生として、吟遊詩人ギルドで派遣員として登録できることになっていた。派遣員になると、各所を回る時に公務として給与が出る。護衛も付けてくれる。派遣先を指定されるけどそこに行くのに期日を守ればそれでいい。歌を歌えさえすれば、私は満足だから、その歌をある程度指定されても、それはそれだった。
卒業式。
私の前にあの騎士見習いがうずくまっている。
ざわざわと私達を囲む生徒たち。
「ミランダ、僕達の婚約は破棄させてくれ!」
訳がわからない。
「彼女と会ってわかったんだ! 彼女を愛してるって!」
何があったんだろう。
婚約も何も、付き合ってもないのに。
熱に浮かされている彼は、世迷い事を呟いて、立ち上がると懐の何かよくわからないモノを大事そうに抱えて出て行く。
まだ在校していたんだなと彼を見送り、私は振り返った。
「良いのか、アレは」
目の前にいたのは、王子だった。
初めての会話。
「いいんです、アレをこなさないと、彼、大好きな方に会えないって多分思い出しただけだと思うので」
「あ。あれ、そういうことか」
いつまでもゲームだと思っている彼が、本当に哀れだと思う。
私と王子は会話は無くてもお互い記憶持ちだと確信していた。だが、今、別れる前の、最後だから。
「やっと自由、ですよ。ありがとうございました」
こんな私でも、この3年間、強制力というものに何度も潰されそうで。
ヒロインがいないのに、幾つもイベントが起こる。
例えば火事、盗賊、生没、小さいものでは、ひったくりも、落とし物も、誰かが躓いて転ぶというイベントも、居ないからこそ垂れ流される。
私はレベル上げに忙しくて、そうしなければ将来が不安で。幾つものイベントを見て見ぬふりをした。そうして。
この王国は今、戦争間近だった。
機械ではない、人との戦争。
この王子の母国で、彼は切り捨てられてしまっていた。
「俺たちは間違っていたんだと思うか? せめて、戦争に、なる前に」
「いいえ。たられば、なんて、私は」
卒業式だけはと許された彼の手には、封魔枷が付いている。
「私達が動かないから起こったら、そもそも逃げたヒロインのせいになりますよ」
彼は逃げられず、私は違う道で自由になろうとしている。私を逃す、彼には感謝しかない。
騎士見習いの彼はもうヒロインの元に戻れないだろうし、私はこれから未知の未来へと向かう。それがどんな道か、もう誰にも分からない。
「未来は、分からないのが当たり前だった。私達の私達なりの生き方は誰の意志の元でもなかった。だから、王子、私は私の、思いに忠実に生きれたら良いと思っています」
やがて歌が響く。
エンディング曲の、そのテーマはーーー
ありがとうございました。