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第十エリア


「魔女の軟膏なんこうねぇ。これってあれでしょ。狼男の奴」


 片肘をついた椎名は徐に魔女の軟膏を摘まみ上げる。

 見掛け上は市販の軟膏薬と変わらない。


「あぁ、塗れば人狼になれるっていう地下の魔道具」

「たしか用法を守らないと人に戻れなくなるとかで使用禁止になっていますよね」

「みたいだな、俺もさっき調べて知ったけど。久々に歴史の教科書引っ張り出したよ」

「そんな年代物の魔道具を地上の高校生が持っていたってわけね。うーわ、きな臭。誰かが地上に魔道具を横流ししてるってことでしょ、それって」

「それ以外に考えられないな。まぁ、それを問い詰めるのは俺たちの仕事じゃないけど」


 アイスコーヒーから結露した水滴がコルクコースターに染みる。


「仕事の話をしましょう。指名ですよ」

「第十エリアに魔物の群れ。またリポップ? 次は第二東京のはずでしょ?」

「でも実際、いるってよ。小規模みたいだけど」

「仕留め損なった魔物が第十エリアに逃げ込んだのかも知れません。一応、蛇塚家の領地ですから伊織さんが指名されたようですね」

「そんな気を回さなくてもいいのにな。今じゃ仇橋家と桜坂家の共同管理だし」

「その両家の了解を取るのが面倒だからあんたにお鉢が回って来てんでしょ。腐っても当主なんだからフリーパスだし」

「共同管理してる二人もな」


 グラスを手に取り、アイスコーヒーを口に流し込む。

 濡れた指先を紙おしぼりに押しつけた。


「では、早速向かいましょう。カフェで長居をするのも気が引けます」

「ま、ここは魔法協会の系列だし、コーヒー一杯で数時間粘っても文句は言われないけどねー」

「迷惑な学生かよ」


 席を立って会計を済まし、裏口からダンジョンへ。

 魔法協会で出勤証明をし、発着上から龍と獅子が飛び立った。


「あ、そう言えばあいつまだあたしのところに来るんだけど」

「あいつ? どいつ?」

「あんたに決闘申し込んだ奴」

「あぁ、あいつか。あいつ、名前はなんて言うんだ?」

「知らない」

「お前……」

「しようがないでしょ! あいつが一方的にあたしのこと知ってるだけなんだから。出会い頭に名前も知らない奴から告白されてオッケーする奴いる? いないでしょ!」

「まぁ、それはそうだけど」


 結局、名前は謎のままか。


「あれ? でも、鞍替えしたんじゃなかったっけ? あいつ。椎名から新葉に」

「私のところにも来ましたよ」

「はぁああぁああああああ!?」


 椎名がキレた。


「舐められてんの!? あたし! ねぇ! あたし舐められてる!? 片手間で落とせる女だと思われてんの!?」

「落ちつけ。そう言う性分なんだろ。二兎を追って一兎も得られないよくいるタイプだ」

「そうですよ。いくら重婚が可能な地下でも通すべき筋はあります。気にしないほうが精神衛生上、よいですよ」

「でも納得いかない! 滅茶苦茶ムカつくんだけど! なんなのあいつ!」


 怒り狂う椎名をなだめていると目的地上空にまで辿り着く。

 一面に広がる木々は大地に布いた深緑の絨毯のようで森林の広大さを現している。

 第十エリアは森林に覆われた土地であり蛇塚家の領地だ。


「相変わらず鬱蒼としてるわねー。あ、丸太運んでる」

「良質な木材や果物。そして何より肥沃な土が第十エリアの資源でしたね」

「みたいだな。俺も数回しか来たことないからなぁ」


 自分の所の領地なのにな。


「ここの土って植物の生長が極端に早くなるって有名よねぇ。うちの人間がぼやいてたわ、土泥棒が後を絶たないって」

「あぁ、私のところでも似たようなことを言っていましたね。だからこその探知結界ですが」

「苦労してんなぁ」

「そこ。当主が他人事みたいに言わない」


 眼下に伐採場が移り、高度を落とす。

 力強い羽ばたきで減速し、地上に降り立つ。

 するとすぐに作業着を着た人が近寄ってきた。


「ご苦労様です。仇橋さん、桜坂さん、そして蛇塚様」

「魔物が出たんだって? ここには居ないみたいだけど」

「えぇ、先日リポップした魔物の生き残りでしょう。我々でなんとか追い払えましたが、作業がストップしてしまいまして。今し方やっと再開できたところです」

「魔物を殲滅しなければ作業に深刻な遅延が発生してしまいますね」

「その魔物の群れはどこへ逃げたんだ?」

「詳しいことはわかりませんが。方角で言えばあちらです」


 作業員の指差した方角に釣られて目が動く。


「あっちは……たしかこのエリアの端っこね。第七エリアから一番近い位置だし、そこに棲みついてんのかもね」

「わかった。俺たちで始末しておく」

「よろしくお願いします。それとお三方とも無事に戻られますように祈っていますので」

「ありがとうございます。それでは」


 再び龍と獅子が飛び立ち、伐採場から空へと舞台を移す。


「あんただけ様付けだったってことは、まだ蛇塚家への忠義は続いてるってわけね」

「よかったですね、伊織さん」

「あぁ……ありがたい話だよ、本当に」


 彼らの雇い主はもう蛇塚家ではなく仇橋家と桜坂家だ。

 本来なら様を付けるのは二人のほうなのに。

 十五年も経つのにまだ忘れられていなかった。

 今度の墓参りにでも家族に伝えておかないと。

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