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地下大迷宮EX級ダンジョン

 目が覚めるとそこは湖だった。

 何時間経過したのかはわからない。凪は湖の沖に打ち上げられていた。大穴に落ちたものの、下は湖だったようで奇跡的に命を失わずにすんだ。


「……助かったのか」


 安堵するも束の間、起き上がろうとすると全身が軋み、凪はうめき声を漏らす。どうやら骨は折れていないようだが、ところどころ打撲しているようだった。記憶が曖昧でぼーっとするが、少しずつ意識が鮮明になっていく。意識がハッキリとしていくと共に、凪はふつふつと湧き上がる怒りに侵されていった。

 烏龍(ウーロン)ギルドに捨てられ、二階堂 龍騎(にかいどう りゅうき)と山田にも、裏切られた。その事実に、精神が侵されて全身の痛みを勝る。


「くそっ……!! くそおおぉぉおおおおぉぉぉおおお!!」


 思わず叫び、行きどころのない拳を地面に叩きつける。しかし沖で水が、ぱちゃぱちゃと飛沫を上げるだけで、凪の悲鳴はどこまでも続く洞窟の闇に吸い込まれていった。怒りで我を忘れそうになる。何もない音もない、この謎の空間で冷静さを取り戻すことに努めた。


「そうだ、早く戻らないと。海未(うみ)が危ない……」


 兄妹に保険金をかけ、凪をダンジョンに置き去りにした龍騎は、間違いなく妹を殺し、さらなる保険金を手にしようとするはずだ。海未が危険だ。

 再び怒りが湧き上がる。裏切った人たち。そして凪を嘲笑った人たちへの底知れない怒り。

 海未を失ったら全てが終わりだ。

 凪の生きる理由は、家族を養うためだけだったのだから。


 何もかも捨てて、楽になりたいという衝動にかられそうになるが、ギリギリのところで押し留まる。黄昏騎士団(トワイライト)ギルドから追放され、マスコミに追われ、今日まで他人から嘲笑われて生きてきた。

 裏切られることも、捨てられることも今に始まったことではない。

 自分の目が淀んでいくのがわかる。顔を上げ虚空を見つめる。


『お兄ちゃん、いつでもハンター辞めてもいいんだからね……無理しないで』


 頭に思いつくのは海未のことだけだ。このまま烏龍(ウーロン)の手に掛かるなんて不憫すぎる。


「どうして、俺はこんなところで……なんでこんなにも力がないんだ……」


 怒りの矛先は、徐々に自分へと向いていく。

 自身の無力さを嘆き、涙が止めどなく溢れてきた。


「くそっ……くそぉ……なにが固有職業(ユニークジョブ)だよ……何がレア職業だよ……なんで、俺はなんにも出来ないんだ……」


『えっと、君は、良い人だ。それに、才能もある』


 ふと神崎に言われた言葉を思い出し、ハッとした。


『どうして自分だけが、そうならないと確信していた?』


 そして、山田に言われた言葉も思い出した。


「そうだ……俺は何もかも見ないフリをしていた」


 他人からの評価を真に受けて、自らの可能性を見ないフリしていた。そして、平穏で停滞した日常が続けばいいと思っていた。しかし、それら全て間違いだ。


 ハンターとは狩る者。しかし、弱ければ狩られる。


「…………」


 凪は立ち上がり、決意した。

 必ずここから這い上がる事を。自分と海未と……大事な人を守る。そのために必ず強くなる。誰に何と言われようと自分の可能性を信じる。せめて凪自身だけは自分の可能性を信じる。

 そして……もし、地上に戻ることが出来て、海未が殺されていたら。


 ――必ず、復讐する。

 ――俺が、狩ってやる。


■■■


 冷静さを取り戻してきた。凪は状況を整理する。

 もしここが、元いたC級ダンジョンであれば、眠っている間にダンジョンは消えるはずだった。攻略されたダンジョンは一定時間経過すると元の建造物に戻るからだ。つまり、凪がいる大穴の底。謎の空間は、元のC級ダンジョンとは別のダンジョンである可能性が高い。

 C級ダンジョンの下に、別のダンジョンが存在していた事になる。

 そんな事例は聞いたことがない。何にせよ、まずはダンジョンの全体像を把握する必要がある。


 ――スキル発動、<探知>


 ダンジョンの全体像が凪の頭に流れ込んでくる。手を触れた床を伝って、壁、天井。それらの明確なダンジョンの構造を把握していく。そして構造だけでなく、モンスターや採集できるものまで、事細かく把握していった。


「っ痛!!」


 だが、途中で限界を迎えた。凪の頭に直接流れ込んでくる莫大な情報量に脳がパンクしてしまいそうになったのだ。無理に<探知>する範囲を広げようとすると鼻血が垂れてきた。

 ダンジョンの全体像を把握できないなんて、久しぶりのことだった。半径二キロメートルほどを把握した瞬間に限界を迎えた。把握した範囲に、地上へと繋がる階段のようなものは確認できなかった。


 ――スキル発動、<探知>


 今度は床だけに絞って<探知>を繰り返す。ダンジョンの構造の全てを把握すると情報量が多すぎてパンクしてしまうため、まずは床のみ。つまり”道”だけに絞って<探知>してみることにした。壁や天井、モンスターやアイテムの情報を除外することによって、より広範囲を<探知>することができる。まだ駆け出しのハンターで、<探知>スキルの熟練度が低かった頃に編み出した方法だった。

 凪の思惑通り、ダンジョンの全体像だけ把握することに成功した。そしてここは、半径十キロメートルにも及ぶ広大なダンジョンだった。


 こんなに広いダンジョンはいまだかつて体験したことがないどころか、聞いたことすらない。凪は愕然として身震いした。<探知>がなかったら永遠に彷徨うことになったのかもしれない。凪は初めて自分のスキルに感謝した。


 <探知>の結果、上へと繋がる階段は存在しておらず、下には行けるようだった。地下大迷宮といったところだろうか。全てが初めての事だらけで困惑するが、事実を信じる他はない。事例など考えるだけ無駄だ。凪は事実だけに向き合うことにした。


 ――スキル発動、<探知>


 再びスキルを発動する。今度は下へと続く階段までの”道”だけに絞って、ダンジョンの詳細な情報を把握する。最短で五キロメートルほどの距離。幸いモンスターはいないようだった。ただ道の途中に隠し部屋のような空間が確認できた。何かアイテムがあるのかもしれない。


「……進むしかない」


 凪は自分に言い聞かせるように呟いた。地上へと続く階段がない限り、下へ下へと進むしかない。他に道がないのだ。そして地上に戻るには、最下層で待ち構えるダンジョンキーパーを倒すしかない。ダンジョンキーパーを倒すことができれば、ダンジョンの外に繋がる転移ポートが開かれる。


 いや無理だ……と絶望しそうになるが、ぶんぶんと首を振った。


 違う。そうじゃない。誓ったはずだ。自分の可能性を信じると。

 必ず地上へと戻る。そのためにこの地下大迷宮で強くなり、攻略を果たす。


 生き残る道は他にはない。自分自身の可能性を信じるしかないんだ。

★ここまで読んで下さった方へのお願い★


いつも連載を読んで下さって、ありがとうございます!!


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