フィラメント
「部屋の明かりぐらい点けたら?」
その声が聞こえてきたのと同時に、周りが明るくなる。
俺は小さくため息を吐いて、拡大鏡から視線をあげ、後ろを振り向く。
そこにはいたのは、幼馴染のアンリだった。
「暗いところで細かい作業してたら目が悪くなっちゃうよ?」
余計なお世話だという言葉を飲み込んで、俺はもう一度ため息を吐いた。
「平気だよ。机にはスタンドもあるし」
彼女の視線が俺から作業台に移る。
「電球を直す仕事だよね?」
「そう。くだらない仕事だよ」
俺はため息交じりにそう答えるが、彼女はそんなことないよと笑顔を浮かべた。
「リンクのおじいちゃんの代から続く仕事でしょ? 素敵じゃない」
「そんなことないよ」
本心からの言葉。
俺の仕事は、電球を直すことだ。黒ずんだガラスを磨いたり、焼き切れたフィラメントを交換する仕事。アンリは素敵な仕事だと言ってくれるが、どうしても俺にはそう思えなかった。こんな仕事は誰でも出来る。その思いがぬぐえなかった。
「今日はどうしたんだ? 夜ごはんならもう食べたぞ?」
俺の言葉に、アンリは静かに笑う。
「私が食いしん坊みたいに言わないで。今日はただリンクの仕事を見に来ただけだよ」
「仕事を見に来たって……。お前はたまにそうやって俺の仕事を見に来るけど、何も面白くないだろ」
「そんなことないよ。リンクの仕事は凄く丁寧で、電球のフィラメントを変えるときなんか、すごく優しい手つきをしてて好きなの」
「……勝手にしろ」
――好きなの。
自分に向けられた言葉ではないと分かってはいても、気恥ずかしくて俺は思わず視線を作業台に戻す。
そこからどれくらいの時間がたっただろう。
黙々と電球を磨き、フィラメントを変えていく俺と、それを黙って見続けるアンリ。
静かな時間がゆっくりと流れていく。
彼女はたまにこうして俺の仕事を見に来る。
何が楽しいのか俺には分からなかったが、それでも彼女が来てくれることで、この仕事にも意味があるような気がした。
俺はこのゆっくりと流れる時間が好きだった。
それからさらに数十分時間が過ぎ、俺は静かに息を吐く。
「少し疲れたな。お茶でも入れるけど、アンリも飲むか?」
「うん、ありがとう」
俺は彼女の言葉を聞いて立ち上がり、電気ポットに水を入れる。
その時、彼女がまだ上着を着ていることに気が付いた。
「あれ? まだ上脱いでなかったの?」
「う、うん」
「疲れるでしょ? 俺の前では遠慮しなくていいから脱ぎなよ」
「……ありがとう」
彼女はそう言うと、ゆっくりと上着を脱ぎ始める。
あまりじろじろ見るのも悪いと思い、懸命に視線を逸らすが、電気ポットをセットしたところで思わず視線を彼女に戻してしまった。
自分の意志とは関係なく息が漏れる。
白く細い首に綺麗な鎖骨、そしてその背中から生える半透明の四つの羽。
そう、彼女の背中には妖精のようなきれいな羽が生えていた。
「……リンク、あまり見ないでよ。恥ずかしいじゃない」
彼女の言葉で我に返った俺は、すかさず視線を逸らす。
「ご、ごめん」
「…………」
「…………」
思わず流れる沈黙。
俺は彼女の羽が好きだ。薄くて綺麗で、電球の光も羽が反射したら月光のように幻想的になる。もちろん、彼女の羽が見たいから上着を脱がせたわけではない。彼女はあまり人に見せたがらないため、いつもは常に羽の上から上着を着ているが、相当に疲れるらしい。俺は人に見せるのを恥ずかしがる必要はないと思っているのだが、彼女は嫌らしく、常に人の目を気にしていた。だから俺の前ぐらいでは人目を気にせず自由でいて欲しいと思っていたのだが、本当に俺はどうしようもなくダメらしい。
俺はもう一度謝ろうと、アンリに向き直ったその時、彼女が口を開いた。
「私ね、自分の羽が嫌い」
突然の告白だった。
「私は、この羽が嫌い。四枚あるところも、半透明なところも。全部が嫌い。私ね、普通になりたいの」
彼女は静かに涙を流していた。
「どうして私には羽が生えてるの? どうして私は普通じゃないの。これじゃまるで……」
「俺は好きだよ」
彼女の言葉を遮るように、気づいた時にはそう叫んでいた。
「えっ……?」
突然の出来事に、驚きの瞳を向ける彼女。
その視線に思わずしり込みしてしまいそうになるものの、俺は意を決して一歩踏み出す。
ここで踏み出さなければ一生後悔すると思ったから。
「俺は、お前の羽好きだよ。四枚あるところも、半透明なところも。全部が綺麗で、全部が好きだ」
深呼吸し、意を決して俺はその言葉を口にする。
「俺はお前が……、アンリが好きだ」
ずっと胸に抱えていた思い。
その言葉にアンリが大きく目を見開くが、俺はそれを無視しして話を続ける。
「俺は、自分の仕事が嫌いだ。こんな仕事は誰でも出来るし、意味がない。今の時代、電球は切れたら買い替えるのが普通で、誰も修理に出したりなんかしない。俺なんていなくてもいい存在なんだ」
「そんなこと……」
「でも、お前が来てくれたとき、この仕事をしていて本当に良かったって思うんだ。この仕事を誇りに思えるんだ」
俺はそこまでを一気に話し終わると、少し乱れた呼吸を整えるように一度ゆっくりと息を吐きだし、作業台の引き出しから一つの物を取り出した。
「受け取って欲しい」
「これって…………」
「フィラメントで作ったピアスだよ。俺が作ったから不格好だけどな」
ずっと渡そうか迷っていた。仕事に誇りを持てない自分が渡していいのか分からなかった。
でも。
「気づいたんだ。羽を君が好きになれないなら、俺が好きになればいい。俺が仕事を誇れないのなら、その仕事を好きでいてくれる君を誇ればいいって」
だから。
「君は君のままでいいんだよ。無理に好きになる必要はないんだ。その代わり、俺が君の分まで、君を好きでいるよ」
「…………ありがとう」
電気ポットのお湯が沸いた音がした。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
今回も小説の練習で三題噺を書かせていただきました。題材は「電球」「羽」「ピアス」です。
書いていても、自分の実力不足を痛感しております。
もしこの話を読んで少しでも作品に興味を持ってくださった方がいらっしゃいましたら、連載している小説も読んでくださると嬉しいです。またTwitterには、この作品のPVも載せているので、もしよろしければそちらも見ていただけると、より世界観を楽しむことが出来ると思います。
「呪術師の弟子」
https://ncode.syosetu.com/n5988es/
「悲しくも美しいこの世界で」
https://ncode.syosetu.com/n9689fy/