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地底のロマンサーガ  作者: 凪常サツキ
9/12

9 ジャックの蘇生

〈そんな……〉

全ての予測に反して、体の痛みは今までのものに比べれば仄かなものだった。目を向けると、爪ほどの小さな注射器が皮膚に突き刺さっている。抜くには抜けたが、中に入っていただろう何らかの液体は、一滴も見当たらない。

「そこにはドミネーターを異常活性化させる薬品が含まれていた。筋組織が発する筋音、中でも特に頚部の発声筋に由来するそれがトリガーだ。」

その間にも、ジャックを取り巻く管やアームが稼働し、落ちている。

止めろ、死なせておけ!

「つまりだ……、言葉を発したり、少しの間体を激しく動かしたりしただけで、その体はベクターとなる。おやおや、その銃は確か、声帯認証でセーフティが解除されるのだったな。宿主《host》となることで、アンダー世界を意図せずとも喪失《lost》する存在になるか、私を撃つか、だ」

〈大丈夫かい?クイーン!〉

ジャック……、ケビンを生き返らせるな。これ以上、死者の命を弄ぶな。その一心で、心から叫び続けた。そう、私たちは生きている。生きている者がいる限り、セトの計画は目的を持ち、瓦解する可能性がある。

ならば……。

「見ておくがいい、ここにあるボックスが、地上の人間をもこの手中に収める鍵となる全脳情報だ。そしてこれが、地上へと繋がる唯一の方法。核融合炉の冷却放水口からこのボックスと、私のクローン、そして助手のファイとオメガを打ち上げる」

〈あれは、ミュー?〉

〈私も、一人じゃないの。私はμ(12)として、十二番目にセトに造られた。そして彼女たちは私の改良版〉

セトが水門を開く。足下を、夥しい量の水が行く。ボックスが凄まじい速度で海中へと放出され、次いで轟音と共に三体のポッドがカタパルトで放出される。

足元の冷たい感覚とは打って変わって、体も、頭も、そして思考も熱を帯びていた。次はジャックだ、そんなおぞましい宣告が今にも聞こえてきそうだ。させるか、英雄は望まれずに死するだけだ。

「ジャックに……、触れるなぁっ!」

セトはその一言で、「私が一言を発したという事実とそれが何を意味するかの答え」を脳で弾き出した。とにかくその奇妙な表情は、何をするよりも先に放たれていた弾丸を直に受止め、今や原型を留めていない。

〈そんな……、クイーン、君は〉

〈いま、無闇に帰ったりしたら、だめ、セトの言うことがブラフじゃないとしたら、ここは滅亡する〉

「ジャック」

「久しぶりだな、姉者」

姿を見てしまって、息をのんだ。外されなかった器具は、クラージュと同じく強化スーツの類だろうか。しかしなぜ、ケビンが。そしてセトの死体のそばにある入力装置に赤黒い血が付着しているのを見る。セトが倒れた先がそこだったのか、彼の死がトリガーなのか。一つだけ明らかなことは、ケビンがジャックとして、この世に再召喚されたことだ。

〈彼まで、嘘だろ……。クイーン、セトが開けた水門から放出される水量がかなり上がってきてる。一旦、発電所上層部に避難したほうがいい。ぼくたちはスカウトで水を止める!〉

サージュとミュー率いるスカウトが、第三の足をバネのようにして上の金網まで跳ねる。ならば私に用意された役は、この身一つで伝説の英雄、ジャックと闘うこと。ひたすらに、渾身で、だ。セトは死んだのに、また新たに一つ二つと難関が立ちはだかる。これが仕組まれたものだとしたら、奴はキングを超える存在。大口を開けた混沌は、核が滅したときすらすべてを喰らい尽くさんとする。紛れもなく、奴は「ジョーカー」だ。

均整の取れた最大の緊張感、人が死の直前に大きく息を吸うように、最大の硬質感をピークとして、結晶化した空気は勢い余って再度時を刻み始めた。

ジャックはまず、二本の脚とパワーアシスト機器の最大合力をもって恐るべき勢いで距離を詰める。軌跡には遅れて水しぶきが上がり、無数の波紋を水面に作り出す。ナイフとナイフ、力と力が重なったのはほんの僅かな時間でしかなかったのに、右手から伝わる激震が全身の骨からほとばしった。すかさず右、左、上と斬撃を繰り出すが尽く避けられ、防がれ、カウンターを食らうことになる。

「俺の心技体、全ての源流をもつ姉者を倒せば、もはや、全てがちっぽけに……、見えるだろうな!」

諸手をありえないほどの速度と力で動かしながら、尚も語りかける。私はと言えば、猛攻を防ぐのに手一杯だ。それこそが、もしやこのジャックはジャックでも、「ケビン」ではないのではないかという仮説へ至らしめた。技術的に押されているからではない。そもそも技術の根本が同じなのだから、それに彼は「死んでいた」のだから、裸の実力に伯仲があるはずがなかった。途切れ途切れのぎこちない思考は、そしてようやく彼の攻撃が止んだ理由を知った。

〈クラージュ!〉

〈今だ!〉

煙のように現れたクラージュ。彼の投げナイフが深々と刺さった肩部のアシスト機器から、生々しい煙が立ち上る。逆手に持ったナイフを胸に入れようとするが、叶わない。なら下だ。もし本当のジャックでないなら――やはり、足払いをかけるとかなり有効だったらしく、バランスを崩した。低くなった頭を狙って拳の一撃を叩き込むが、ジャックの反応速度が一足早かったために虚しく水面が弾ける。

「クラージュ……」

「来るぞ!」

 突如参戦したクラージュ。行方をくらませたのに、この期に及んで助太刀をする意図は何だろうか。戦い続けなければいけないのに、どうしても驚きが勝って、集中が途切れてしまう。腹に蹴りを入れられ後ずさると、いつの間にか、ジャックとクラージュの一騎打ちになっている。

〈クイーン、大丈夫だよね……。私たちも苦戦してる〉

〈だめだ、理論はできてるんだけど、スカウトでは理想値の力が出ない! これ以上海水が流れたら、下層にあるクラブやハートの土地大半はじきに水没する!〉

 ケビンを見ると、まだ全面的に圧されてはいない。アイコンタクトを取り、戦闘は任せる。コンテナを乗り越え、はしごを一段一段登るごとにジャックから離れ、見捨てたように思えてしまう。この手で始末をしなければならないのに、使命から卑怯にも逃げている感覚が残る。それを防ぐために、私たちが一丸となって一つの心を成しているという思考をもう一度巡らせてみた。私は、サージュで、クラージュで、ミューで、アンダーテイカーであり、セトは完全な死者で、ジャックも半ば死者である。クラージュがジャックに殴られれば、私たちの未来が殴られる。私がサージュとスカウトを助け水流を止めなければ、未来が水に埋もれる。

やるしかない。



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