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地底のロマンサーガ  作者: 凪常サツキ
7/12

7 決意

 あれからというもの、クラージュはさっぱり姿を見せなくなっていた。アンダーテイカーから身を引いたのだろう。どういった感情が彼を失踪へと追いやったのか、安易な想像ならたくさん思い浮かぶが、何の役に立つわけでもない。今必要なのは、セトがどこにいるかの情報と、この紙巻きたばこだけだ。

 そう、どんなに困難な任務を全うしているときも、またどれだけ美味なフルコース料理を堪能しているときすらも、こいつの存在が頭にこびりついている。コーヒーに匹敵するレベルの気高き香りがあるというわけではないのに、こうして甘くて重い煙をくゆらせていくだけでも、途轍もない安心感を享受できる。

「ケビン」

 言葉を煙としてくゆらせて、亡き弟、英雄性をもつカリスマに思いを馳せる。もし生きていたら、あなたがアンダーテイカーを主導していたら、今頃何をしてくれていただろう? 私は遺伝的に、彼に最も近しい存在なのに、常に凡人の域を出ない。凡人ゆえ、ケビンが何を思って殺せなどと頼んだのか、理解に苦しんできた。そう、今の今までカリスマの心理など到底分析不可能だと思っていたのだ。しかし、ミューとセトが明かした計画が、少なくとも私には彼の真意を告げてくれた。彼は決して「ジャックであること」が重圧で、それから逃げ出したくなったのではない。ヘイル、セトが理想郷とした「個人と他人の境目がなくなる世界」、更にいえば「戦争を排除した最も効率主義」の世界、”素晴らしい新世界”のグラウンドゼロとなることを恐れたのだ。爆心地のない爆発はない。同じこと。ケビンがジャックとして生きながらえることがなければ、ここに反楽園的新世界は到来しない。だからこそ、彼は世界で最も早くその危険を知って、沈黙のまま死んでいったのではないか。

 洗練された、まさしく英雄としての死に様だ。改めて認識すると、気が遠くなる。弟の偉大さに思わず突き放されたような感覚がして、自らの吐く息に目をやった。そのおかげで視野が著しく狭まっていることがわかった。サージュがいつの間にか傍らで機械いじりをしている。

「やっと気づいた」

「それは?」

 彼の細い指が、金属特有の光沢を放つミニチュアを力強く握っている。

「見ての通り、小さなウォーカーだよ。以後何かと役に立つと思ってさ。ミューがその軽量化設計図の改善アイデアを出してくれた」

薄く、小さなブラウン管テレビのような端末に足が生えたような外観だ。その足先には車輪が付いており、またトカゲのしっぽを想起させる三本目の足が後ろを向いている。調整を終えたかサージュがミニウォーカーから手を離すと、それは勢いよく両手の拘束から抜け出した。彼の素っ頓狂な声を受け流し、ミューが姿を現す。

「スカウトさ。これの名前」

 サージュとミューと私の前で、スカウトが回り、踊り、第三の足でノミさながらに跳躍する。ミューの操作は無機物に命を刻み込む。顔を上げてサージュを見ると、彼の表情は一変して闇にまみれていた。

「クイーン、聞いて。あの日、ウォーカーを撃破した後から今日までの間に、ますます突然死の報告が増えてる。それに伴って、ジャックの目撃情報も」

 ジャックの声紋が脳を支配する鍵なのだ。そうなるのは当然のように思えたが、彼によるとその目撃数が異常なのだという。

「伝説の戦士の再来だ。それだけ話題性がある。根のない噂だって含まれてるんじゃないのか」

「それもあるかもしれない。だけれども、僕が懸念してるのは……、ジャックの思考がセトによって甦らされたのだとしたら、作られたものだとしたら、彼の思考回路を複製できてしまうかもしれないってことなんだよ!」

 鼓動が早くなっていた。いつの間にか眉間にしわが寄るほど額に力を入れていることをはたと気づいて顔をもむ。「あくまで憶測だよ」と付け加えられる言葉。わかっている。その憶測が正しいと少しでも悟ってしまったからうんざりしているのだ。

「クイーン」

 か細い声が意識を呼び起こす。スカウトを操作して、ミューが何か細々としたものを手渡す。

「アンプルの先を割って。もうみんな打ってる、B2システムに対抗する唯一の手段。ファージを遺伝子組み換えして、人工ウイルスのドミネーターに寄生するウイルスに仕立て上げたの」

 言われた通りに割ると、針が飛び出す。打てば少しでも心の靄が晴れるかもしれない。アンプルと注射器の一体化した装置らしいそれを、首筋に突き立てる。

「まさかファージセラピーもお手の物とはね。天才としか言いようがない」

「これで、ひとまずは、安心だと?」

「いや、ファージが宿主にする生物個体はとても限定的……、ファージは選択性が極端に高いから、もしドミネーターが突然変異を起こしたら効果はなくなる」

サージュが何かを付け足したようだが、もうこの両耳は受け付けない。できるだけ早くセトを倒す、それがこの悪夢を終焉の淵へ導く唯一の方法。でないと、今のように突破口がひとつ、またひとつと閉ざされていく。運命の扉なら一方が閉ざされる度にほかの扉が開くのに……、ここは、閉ざされた広い世界だ。

 そして気づいた時に握っていたのは、たばこではなく銃だった。


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