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地底のロマンサーガ  作者: 凪常サツキ
2/12

2 待ち伏せ

 西暦二〇五〇年代、人類は火星進出に目を付けた。仮想現実技術の発展がもたらした物理シミュレーションの進化やナノ医療技術の発展、および深海から密林の秘境に至るまで、地球全てを踏破し知り尽くしてしまったことが表立った理由となっているのだろう。しかし、結局これも、人口爆発のもたらす世界規模の食糧・資源不足にとうとう手を打てなくなった先進国が、我先にと月面、そして火星に醜い願望を照射しただけのことだった。宇宙資源戦争に利用された私たちは、火星をテラフォーミングするために地球から火星の地下へと派遣され「パイオニア」と言われた。大規模な次世代原子炉やゲノム編集によって大幅な品種改良がなされた動植物を地球から数多く輸入する代わりに、火星資源とデータを提供する移住民。

 そんな中、大手IT企業の利権を巡る小競り合いと各地で勃発する紛争が複雑に融合、さらにそこへ民間軍事会社が介入し、世界情勢は混乱。経済が疲弊してか、こちらへの資源支給や通信すら途絶えてしまった。その当時には火星人口が億を突破していた為に、助けが来たとして、船員が帰れるなどと言ったうまい話はないと、誰もが明白に思っていた。そんな情勢にあってか、私たちも、その時期から火星に住むことに誇りを持ち始めていた。第二世代パイオニアが産まれ、地球への帰還という言葉に羨望が見いだせなくなると、火星でも資源戦争が始まった。

 考えてみれば当然のことだ。私たちパイオニアは所詮地球人と同じ人間であるだけでなく、食料や資源が枯渇した環境下にいる。無法地帯色に染まった戦場は、そんなところから際限なく湧き起こる。この状況下で、私たちは大規模な戦いを避ける道へと進んだ。そこで生を受けたのが「|世の下層に手を染める者たち《アンダーテイカー》」なのだ。反戦思想に生きるなら、ここではどんな戦いでも手を染める必要があった。


〈こちらクラージュ。クイーン、そろそろ集落跡地ホットゾーンだ。ビークルから降りて、徒歩で向かってくれ。万が一、敵に見つかっても離脱できるようにしてくれ〉

 今回の任務は過去に例のない奇妙な現地調査だ。異常事態であることやその規模が小さいことから、集落には手馴れの兵が単身で潜入することに決まった。そこで白羽の矢が立ったのが、当然ではあるが――私だった。

先の無線からの助言に習い、ちょうどビークル一台がおさまる程度の洞穴に停めて、その入り口に立体カモフラージュ加工を施す。即席のシェルターを去って、クラージュの的確な指示に聞き耳を立てながら歩を進めていく。手元の端末と無線通信からすれば、あと少しで例の集落につく。その時だ。

〈ねえ、さっきはその、申し訳ないことをした〉

「いいさ、悪気はなかったのだろう?」

 二回目はないからな、と釘を刺すと、無線越しにサージュの落胆具合が見て取れる。今さっき乗ってきたビークルやカモフラ技術などは、すべてサージュがいてこその代物だ。そのことを考えても、彼の腕は確かなのだが……、そのほかの面に、難がありすぎる。歯がゆさを感じていると、小屋の屋根や壁が見えてきた。

〈町が、死んでいる〉

 それはクラージュの言葉だ。あちら側には音声とソナー計測による地形・建造物の大まかな形しか伝わっていないはず。つまり、命の炎を消さんとどこからともなく吹く風や、不自然な静けさの織り成す怪奇さは、聴覚だけでも感じ取れてしまうということだろう。

 死体には、相変わらず目立った外傷がない。眠っているだけかもしれないと、そんな幼稚な考えが頭をよぎる。「眠れる死体」から肉と血液のサンプルを摂取するのも何だか気が退けるが、この行為によって原因がわかるかもしれないのなら、そうすべきだ。それに、私たちはアンダーテイカー。目的達成のための手段は問わない。

〈そうだ、周りに、雑草は? 人間以外の生命は、何か見えるかい?〉

「細々とだが、ある。……苔というか、菌類なんかはいくらか壁にへばりついてるぞ」

〈やっぱり――〉

〈クイーン! 隠れろ。何かが来る〉

 無線が切れた同時に、目の前にあったはずのコンテナが爆音をあげて宙に舞った。考えるよりも先に体が動き、回避前の位置には大きな鉄板が散乱していた。

「なぜここへ来た。立ち去れ。」

 突如として、発作のように心臓が疼いた。眩暈に合わせて耳鳴りもひどくなる。すべきことは分かっていても、物陰に隠れる以上のことが出来ない。

だって、あの声は紛れもなく、私の弟の肉声。体に鞭を打って、血流の一時的な減少によってモノクロになった世界を不安定な立場で見てみる。すると、何者かが発砲した。簡単に死を招く音を耳にして、ようやくまともな意識が戻ってきた。

「発砲されている!敵の人数は不明だが、現時点では対処可能だろう。ただ、ロボットが厄介だ」

ロボット?無線が聞き返す。物陰からわかる限りのこと――二足歩行をしており、剛力の持ち主という情報だけ――を伝えると、すぐさまサージュの返答が帰ってきた。

〈ウォーカー……!いやまさか、完成したというのか〉

以前サージュから聞いたことがある。彼はアンダーテイカーに加入する前、大規模なロボティクス開発研究に関わっていたという。その時作成していたのが、ウォーカーと言うやつなのか。

「立ち去れ!この地に生体反応があってはならない」

戦場に不要な思考はケビンの声と、ウォーカーの機銃掃射がかき消した。銃弾に穿たれて、住居の壁はスポンジに似た柔らかさを感じさせる。数と火力ではこちらが圧倒的に不利ではあるものの、相手の発砲位置はおおよそ把握している。あとは気配さえ読み取れば――

闇の向こうに二発はなたれた弾丸は、どうやら一人を無力化したらしい。調子を保ちつつ、ウォーカーの脅威をかい潜っては、脱出経路を塞ぐ敵兵を倒していく。

集落を抜けた頃、自分の脚に血が流れていることを知る。閃光地雷や対人地雷クレイモアを仕掛けておいた。まだ時間はあるだろう。湿り気を帯びた壁に背を預けてから、止血帯と包帯による荒療治を施す。予想通り、未だに追っ手の気配はない。かと言って油断はできないため、隠密行動の姿勢は崩さず進んでいく。

 ビークルが、見えた。一歩進むごとに皮膚が裂け、足の包帯は血でしっとりと濡れている。たまらず警戒状態を解き、無我夢中で駆け寄る。エンジンをかけ……、ミッション達成だ。

 私的な探究心から言えば、やはり突然死した住民たちよりも「彼が生き返ったという事実」が気になる。彼は、私の全てを理解して、この地底世界の王に登りつめたただ一人の人物。私が育て、私が殺した、私にとってのもうひとつの私だったから。

ぬめり気のある鮮血が靴に入ってくることで不快感を覚えた時、味方の医療班の姿が見えた。




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