#2 決意
家族と友達からの何気ないメールに紛れ、一通の差出人不明のメールが送られていた。興味本位にそれを開くと突然目の前が真っ暗になり身動きが取れなくなってしまった。数分の間、状況を打破しようともがいていると頭の中に直接誰かの声が聞こえてきた。電脳世界に対するその問に、次第に僕は自分自身が今何者なのか、現実世界では既に死んでいる。ならばこの世界で生きている自分は一体何なのか?AIなのか?人間なのか?自問自答にたどり着いたとき、視界が開け、目の前で見知らぬ男が僕を見下ろしていた。
背景は明らかに自分の部屋。しかし見ている光景の中に見知らぬ男が見下ろす形で僕を見ていた。この男が先程頭の中に直接聞こえていた声の正体なのだろうか?僕はこの異様な状況下、電脳世界において初めて混乱していた。この男は一体何者なのだろうか?僕を見下ろすも未だ黙ったままこちらを見つめる男に混乱を通り過ぎ困惑していた。
「あ、あなたは一体誰なんですか?」恐る恐る男に問いかけるも、ただ延々と僕を見つめるだけで問に答える様子すらない。というより、石像のように全くの動きがない。まるでこの男の時だけが静止してしまっているのではないのかと錯覚するほどに止まったままだった。現実時間にして凡そ数分の間、見知らぬ男とともに部屋の中で時間を過ごした。この数分間の間に逃げればよかったものの何故かこの時の僕は男から目が離せずにいた。何もそういうケがあるわけではない。ただ何か男から放たれるオーラが目を離すことを許さなかった。数分間男の様子を伺っていると突然男の身体を覆う電磁波のようなものが現れ、部屋全体にノイズに似た不協和音が走った。電脳世界の管理システムが異常を察知し、瞬く間にノイズ処理を行い、すぐに正常に戻った。すると先程まで完全に静止していた見知らぬ男が指先から徐々に動き出し、大きな眠気混じりの声を部屋中に響かせながら完全に自由を取り戻した。男は動き出すやいなや辺りを見回すと、大きなため息を一つつき、手首につけた時計型の端末で誰かに連絡を取り始めた。
「ターゲットの自宅に到着。数分間のシステムの邪魔が入ったが、問題ない。これから作戦に移る」
男は誰かに連絡を取ると、目の前で横たわる僕に対し再び目を合わせた。その目はどこか機械的で青い瞳を宿していた。男はその青い瞳と腕時計型の端末で何やら照合を取っている様子だった。そしてものの数秒を経て男は再びため息をつきながらパソコンの前に設置された椅子に腰を降ろし頬杖をついた。僕を見つめる表情は、まるで三流のつまらない映画を見ている映画評論家のような視線と似た表情でいたが、それは途端に変わることになる。僕は思わず危険も顧みず立ち上がり、声を荒げて男に聞いた。
「なんだ、正常に動くではないか」
「ターゲットとかシステムとか一体何なんだよ?あんた一体何なんだよ?」
「私達は・・・」目の前の男が話そうとした瞬間、別の男らしき声が突然割り込んできた。今までの聞いていた口調とは雰囲気を変え、どこか落ち着いた優しいさを感じるような声だった。脳に直接訴えかける声はやがて鮮明に現実味を帯びた声へと昇華していき、ついには目の前の男の口からその優しげな声が聞こえるようになっていた。
「私達はこの電脳世界を破壊するために生まれてきた、いわゆる電脳テロリストである」
「電脳テロリスト?この完全に管理された世界で?しかもなんで俺の家に?」
「それは君が、この電脳世界に対して疑問を持ち始めているからだ」
「疑問なんてそんな・・・」そう言われ何も思わなかったわけではない。確かにここの世界に来てまだ日が浅いにも関わらずこの世界の不自由さに確かに薄々気づき始めていた。
現実世界と何ら変わらないはずなのにシステムにすべてを監視され、電子の身体はそのシステムが以上を致せばたちまち動かなくなってしまう。人間なのか、はたまたAIなのか。そう考えるようになってからは頭の片隅でいつも自問自答してる。しかし、この世界に着たばかりの人間が自問自答したところでなにか回答にたどり着くわけでもなく、延々と回答のない問いだけの無限ループに陥ってしまっていた。そんなところに現れたこの謎の男は答えを知っているのか?否、していたとしても僕の世界になにか変化があるわけでもない。
「いや、変化が起きることを待つだけがすべてではない。自分自身で変化を起こすこともまた世界を動かす理のひとつなのだ」
まるで僕の心を読んだかのような三流の名言集に載っていそうなセリフだが、どうしてか今の僕の心には何故かその言葉が深く突き刺さった。テロリストの言葉が心に刺さるなんてどうかしている。だが、ここ電脳の世界。なんでもできる自由な世界。そんな世界に着てまで管理、監視されるならこの世界の自由なんて幻想だ。ちょっと手を加えれば簡単に壊れてしまう世界なんて、むしろ壊してしまったほうが世の中おためになるのではないか?なんてこんな思想を思い描いてしまうなんて影響され過ぎだな。
「否、それが本来のあるべき人間の正しい思考なのだ。死してなお幻想を甘んじて受け入れてしまっているこの世界こそまやかし以外の何もでもない。人間とは死して世界を生きることは出来ないのだ」
では僕は一帯何者なんだ?人間か?それともこの世界を管理するシステムと同じ機械、AIなのか?
「私達とともに来れば君の求める答えが見つかるかもしれない。見つからなかったとしても世界が消える共にその悩みも消え去る」
あんたらと一緒に来ればそれが出来るのか?
「出来る出来ないではない。君がやるかやらないかだ。全ては君自身の意思のもとにある」
・・・・わかった。
僕は、いや俺は、俺なりの答えを見つける。
俺はこうして自分なりの答えを見つけるために、この訳のわからない電脳世界を終わらせるためにテロリストの仲間になった。
「歓迎しよう、私達は反電脳世界集団、名を[リアリティ]という」