夏場の雪男
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うーん、もうお休みも終わりか〜。休みに昼まで寝ちゃうとさ、ものすごくもったいない気がして仕方なくなるんだよね、最近。
休みの前の日って、夜更かししたいじゃん? 明日がオフって決まっているときほど、心洗われるときなんて、ないでしょ? やりたいことやって、翌日に響こうが問題なし!
……と、その時間では幸福たっぷりなんだけどね。いざ目を覚まして、昼を指している時計を見て、午後をダラダラ過ごしていると思うのさ。「ああ、一日ムダにしちまったなあ……」って。
だけれど、実際にはムダな一日なんてない。僕がこうしている間にも、世界のどこかじゃまだ誰も知らない大発見が成されているかもしれないし、それは昨日までちゃんと生きていなきゃ、できなかった偉業さ。
その偉業のための、生きるための一日。君は信じることができるかな?
だいぶ前に僕が体験した不思議なことなんだけど、聞いてみないかい?
一日の疲れを取る方法。
こう書いただけでも、人によってたくさんあるだろうけど、僕の方法は長く風呂に浸かることだ。
部活とかで帰りが遅くなると、たいてい風呂に入るのが最後になる。うちはみんな日が暮れるころには帰ってくるからね。早めにお風呂をもらっちゃうのさ。
後の人を気にせず、入浴を楽しめるのはいいもんだ。出るときにボイラーをちゃんと切っておけとは言われるが、それさえ守れば迷惑はかからない。
その日も僕は最後に風呂へ入った。ざっとかけ湯をして、追い炊き。温度は43度と熱め。部活がきつい日には、熱々の湯に浸かっていないとやってられない。ここ数日、みぞおちのあたりに、いやにだるさを感じるし、それをごまかしたくもあったんだ。
熱い湯に浸かるとき、一番身体がぶるっちまうのが臀部。尻から駆け上がるもどかしさならぬ「もぞかしさ」。あの熱とあぶくの攻勢に耐えられるかが肝心だ。
我慢しきれず立ってしまえば、湯船の極楽を味わえないまま。またあの「もぞかしさ」と戦う羽目になる。だが、そこを通り越してからは一気に楽になってくる。
いわば、長距離におけるセカンドウインド、ランナーズハイといったところかな。あの臀部のデッドポイントを抜けられるかが、高温風呂を楽しめるか否かの境目だ。
僕はそれを越え、思い切り肩まで浸かる。
目の前を立ち昇る湯気が塞ぐ、視界に気力を回さずに済むと分かると、とたんに体は別の方向へエネルギーの舵をきるものだ。つまりは、睡眠。
身体が暖まるにつれて、僕はついうとうとしてしまう。
これまでも何度かあったことだ。そして、この状態は危ないと聞くけど、僕はこれまで溺れたことはない。
もっとも溺れていたなら、いまこうしてここにいやしないけどね。ははは……。
と、その日も眠気に任せて、重くなるまぶたのまま眠りについてしまったんだ。
はっと目覚める。手足が、いや首から下がすっかり冷たくなっていたんだ。
単に湯がぬるくなったとか、そのような次元じゃなかった。あわてて立ち上がる僕は、湯船に浮かぶ小さな氷。カタマリだけでなく顔近くの水面に薄く張ったものがあることに気づいたんだ。
先ほどまでの心地よさはどこへやら、夏場だというのに刺すような痛みに震え、いまだ歯の音が合わないほど。
誰かがいたずらをしたのだろうか。しかし、万一に備えて浴室内の施錠をしていないとはいえ、家族の誰かが足音その他を一切悟らせないまま、風呂の中に入り、用意していた氷を放り込む……そんなことが、本当にできるのか?
これ以上、風呂に入るのも怖く、僕はシャワーから出るお湯で身体を洗うと、さっさと布団の中へ潜り込んだ。
翌日。起きた僕の枕、および一枚だけかけた布団のふちには、かすかだが霜がおりていたんだ。
身体を起こすと、それらはたちまち溶けて水となり、枕カバーと布団の生地を濡らすのみ。はた目には汗をかいたのと大差ない。
だがその日から、僕の周りに何かと「凍結」が付いて回るようになったんだ。夏場にもかかわらずさ。
これだけ聞いたら、涼しくてありがたいことかもしれないだろうけど、当人としては気持ち悪い限り。自分は普段通りに過ごし、少しも「涼」を覚えることなんかないのに。
食べ物は口にしたその瞬間からずぶ濡れになり、水物は暖かいスープであっても、次の瞬間には冷凍庫から出してきたばかりのような、まずさに大化けする。
不幸中の幸いというか、僕はそれが吐息だけによるものだと分かった。四肢で触った部分に関して同じような現象は見られなかったからだ。
――もしかして、雪女ならぬ雪男とか? 冗談じゃないぞ。
雪男なら、山の奥地などにいるといわれる毛むくじゃらの巨躯を持つと、相場が決まっている。
そうして解決策のないまま、またも風呂に入る時間。
あれ以来、眠ることはしないでひたすら口をお湯ですすぐようになった僕。少しでも口を含めば、そこには冷水が姿を見せるんだけど、その日は違った。
洗面台の流しに、凍り付いた状態で次々と落ちるのは、小石。もちろん石を食べた記憶なぞないけれど、それからみぞおちのだるさや痛みは感じなくなったんだ。
のちに、僕は胆石が作られやすい身体だと診断される。男にしてはずいぶん珍しいケースで、だいぶ若いうちからだ。
そしてあのときに感じたみぞおちの痛みは、胆石の症状に見られるもののひとつだという。
あのとき、身体が石を凍り付かせて吐き出す準備をしてくれたおかげで、僕は早死にせずに済んだんだろうか。
そのために熱い湯の中、反発することを重ねてあれだけの力を蓄えたのかなあ、と漠然と考えてしまうんだ。




