一ノ瀬綾香の一日Ⅲ
「だから言ってるだろう!私と、綾香は親友なんだって!」
「あぁわかったわかった。あの稀代のサイコロジストさんが、いうならそうなんだろうねぇ」
「なんだって?貴様こそよくこんなところでうつつを抜かせていられるな?撮影はどうした?絶壁の?」
「褐色の麗人だ!誰が貧乳じゃぼけぇ!」
ちなみにうちの二代美女はそれぞれに二つ名が浸透しており、緑さんには褐色の麗人と、水月には白磁の魔女と呼ばれていたりする。
水月に至ってはその名前より人の感情を読むことができるという能力のせいで、稀代のサイコロジストと呼ばれることの方が多いのだが。
そして水月の言った絶壁というのもあながち間違いでもなく、緑先輩は褐色のスレンダーなモデル体型をしているため、そこまで胸が大きくない。
多分私でも察することはできるが、緑さんは水月のこういうところにいちいち反応してしまうせいで仲が悪く見えてしまっているのだと思う。
なんて言ったって水月は緑さんと同じくらいの身長があるのに、胸は普通より大きいから。
緑さんからしたら面白くないのだろう。
それに私の高校時代の時にも、胸が膨らみ始めた私にかなりぐちぐちと胸の必要性について語っていたことから、胸に対する異常なコンプレックスがあるのだ。
「事実だろう?まぁ、でもそんな貴様と綾香が並んでしまっては悲しいとはなんとやら。凹凸が激しいもんな」
「……ミィヅーキィー!?」
まるで般若のような形相になっていた隣の緑さんは、もう手のつけようもないくらいに水月を睨んでいる。
そういう水月はどこ吹く風といった風にお茶を手にしているのだから、余計緑さんの腹は治らない。
ギィギィ、とした歯軋りが伝わってくるほどまでだ。
そんなやりとりがありながら、私と水月のスマホから同時に通知音が鳴った。
それに私は緑さんをどうどう、とおさめるようにしながらスマホを開かせてもらう。
そこに映し出されていたメッセージは、約一週間ぶりに連絡が入った千代ちゃんからのものだった。
千代ちゃんは結構な連絡魔だから、一週間もラインが来ないのはすっごい稀だったのだが、ようやく浮上してきたらしい。
その証拠に私と水月のいるライングループにかなりのスピードで連投してきていて、目で追うのすら大変なレベルだ。
そこに書かれていたのは、はじめに水月のおかげで幼なじみとの誤解も解け、晴れて彼氏彼女の関係というのを再認識できたよ、ということだった。
まだ圭くんを男の子として接するのに不安や迷いもあるけど、当の本人が悩みを打ち明けてくれたことで、少しでも変わっていきたいと思ったらしい。
そのことを水月にも伝えると、その凛々しい顔つきが少し和やかに微笑んだように思えた。
対面に座っているから表情は雰囲気でしか伝わってこないのがもどかしい。ちゃんと表情が見えていればそんな姿に可愛いと言ってあげられるのに。
そしてそういったやりとりを水月としていたものだから、隣にいた緑さんがふてくされたように私のスマホを覗くようにして乗り上げてきた。
するとふと思い出したかのように彼女は声を上げる。
「もしかしてこれ、千代ちゃん?」
「はい、そうですよ。よくわかりましたね?」
「まぁね。一年だけだったけど結構強烈だったのは覚えてるからかな……」
そういえば緑さんも千代ちゃんの被害者だったな。
私がいっつも緑さんと一緒にいたからよく千代ちゃんとも会う機会があったし。
「でもこの子彼氏なんていたの?ずっと綾香のことが好きなのかと思ってたけど」
「それが最近幼なじみの子と彼氏彼女の関係になったらしいんです。まあ、その彼氏君は女の子顔負けの可愛さのある子なんですけどね」
「なるほど。そういうことね。それで綾香がその悩みを解決してあげたわけだ」
「解決してくれたのは水月なんですけどね」
「あいつはいいんだよ。お得意の感情を読めるとやらの能力で全部お見通しなんだ。だから千代ちゃんを救ってあげたのは綾香なの。それに綾香は自分が思っている以上に頼れる人になっていると思うよ?私は」
「貴様と意見がかぶるのはとても不愉快ではあるが、私もそれは思っているよ?私はまぁ実際に相談されただけでも経験があるからたいていのことはわかるんだけど、実際には人の弱みを指摘しているだけだから。だから弱みをさらけ出してもらえるほどの信頼なんて築けたことはないんだ。でも君は違うだろ?それができる」
「なんだ。君でも後輩のことはちゃんと見てあげられてるんだね」
「そりゃ親友だからね」
「嘘こけ」
そんな減らず口を叩き合っていた二人は、さっきより少しだけ柔らかい雰囲気を醸し出しているように感じた。
多分最初っからいがみ合っていた人たちではないのだろう。
だからきっとこういう姿が本来彼女たちのあるべき姿なのだと思う。
そして再度通知が来たかと思うと今度は千代ちゃんの愚痴らしきものが始まった。
この時間は多分高校も休み時間なのだろう。
あの高校は特にスマホの制限とかなかったし、昼頃になるとみんなスマホをもって何かしらしていたから。
その愚痴の内容といえば、仲直りはしたものの、根本的に一緒に遊びに行く機会が増えたわけではないとのことらしい。
最初はなんで誘いを断ってくるのかという悩みを解決しようと動いていたはずなのに、結局それ自体は解決されることがなかったそうな。
そんな中で千代ちゃんは私たち三人のいるグループラインで一つの質問をしてきていた。
『先輩がたってバーチャルユーチューバーって知ってます?』
と短く一文が送られてきていた。
その質問に私は知らないという反応を示すと、千代ちゃんが一人でに説明しだしてくれた。
なんでも最近有名になってきたもので、ユーチューバーみたいなものがより二次元的なものになったものらしい。
「水月ってバーチャルユーチューバーっていうの知ってる?」
「ユーチューバーなら知ってるぞ?なんかコーラにメントス入れる動画とってる奴だろう?」
「なんかすごい偏見混じってる気がするけど……。なんかそれのバーチャル?版みたいなものらしいよ?」
「へぇ――」
「すっごい興味なさそう……」
そんな会話があるとも知らずに千代ちゃんは話を進めていた。
どうやらこのバーチャルユーチューバーというものに彼氏の圭くんがはまってしまったせいで、休日とかは特に外に出なくなってしまっていたらしい。
千代ちゃんとのわだかまりをほかの何かで発散させるために見始めたものらしいが、この一か月で本格的にはまってしまったらしく、彼女そっちのけでパソコンとにらめっこしているらしい。
まぁそのおかげで圭くんの家に行く口実が立てやすくなったと千代ちゃん自身が言っていた時には背筋が凍るかと思った。
ついに一緒にいられないとなったら家にまで押し入るあたり、変わらないなとも思う。
「私は興味あるよ?そのバーチキユーチバー?とやらに」
「待て、私も今、とても興味がわいてきたぞ。そのバーチョグユーチューバーに」
「いや二人とも違いますからね!?水月なんて自信満々だけどバーチャルユーチューバーだから!まったく聞いてないのわかっちゃったから!」
「いやそんなわけないじゃないか!ちゃんと聞いてるぞ?バーチャルをメントスにコーラするんだろう?それを略してバーチャルユーチューバーだ」
「なんかいろいろ混ざってる!?ヤッパリ聞いてないじゃん!」
「私はちゃんと覚えているよ?いわゆるユーチバーのバーチキ版のことなんだろう?」
「あれ?聞いてました?ユーチューバーのバーチャル版です!何ですかユーチバ―って!」
「あぁそうそう、そうともいうね」
「いや絶対そんな言い方ないでしょう!?」
そうしてごめんごめん、とあしらわれたがこの二人、やっぱり似た者同士だ。
なんていったって私を見る目つきがもう全然いつもと違うもん。
こうして楽しがっているのがその証拠である。
「私も今聞いたからよく知らないんですよ水月は知ってるかなって思っただけで。緑さん……も知らないようでしたし」
「ユーチューバーっていうならなんか動画とかあるんじゃないの?それを見せてもらえばきっと私も解れるわ」
「いや私のほうがこいつよりいち早く理解して綾香に説明してやろう」
「何を争ってるんですか……。それにちゃんと聞いてたならボケないでくださいよ……」
そんな声を無視するように彼女らはまたもや言い合いを始める。
よくもまぁいろんなことで言い合いができるものだと感心しながら、私は未だ愚痴をこぼす千代ちゃんに何かおすすめの動画がないか聞いていた。
この一週間の間に、圭くんのことをもっと理解するために千代ちゃんも人に説明できてしまうほどにはバーチャルユーチューバーを見ているらしく、その動画も素早く送ってもらった。
なんでも彼女がバーチャルユーチューバーを見始めようと思った頃からちょうどデビューしたというそのバーチャルライバーがいるらしい。
バーチャルライバーとバーチャルユーチューバーの違いは定かではないが。
そのバーチャルライバーが一緒にその界隈に入ったという意味でも、世間的な注目度においても今絶好調の人物らしく、その人のデビューの動画、あらため配信を紹介された。
少し見てみればその動画のサムネイルに男の人の影が映っているため、なんだかそこに突っかかってしまう。
彼女が文章越しにも伝わってくるほど、この人を好きと言っているあたり、こう言う二次元的な男なら問題ないのだろうか、と考えてしまうが、こういった疑問は直接会ったときにすればいいかとも思い、彼女にお礼を言ってからスマホで動画を開く。
私たちはそのスマホを机の中心において、水月がこっち側に席を移動させてから始めようとする。
その時の席にもひと悶着はあったが、私が間に挟まることによって解決した。
ただ、スマホを自分の手から離したことで、改めて私が今裸眼だということに気づきスマホの画面がぼやけて見えることに気づいた。
そんなことに気持ちを憤らせていながら、ふと左側にいる人の気配が険しくなったような気がした。
私の左側には水月がいて、椅子を移動させてきたから本来のスペースより一人分のスペースは小さい。
そのため肩と肩がぶつかるくらいの距離であるからわかった。
ふと私が彼女のほうへ視界を向けると、どこかスマホの画面を見ながら驚いたような顔をしている。
私は視界がぼやけているせいで何が映し出されているか認識できていないが、そこまで驚くようなことが起こっているのだろうか。
そうして私が視界をもとに戻そうと首をひねると、ふとか細げな声が水月のほうから聞こえる。
それは私たちを結んでいるもので、私たちにとってとても大切な人の名前。
「雫君……?」
片桐君の名前だった。




